7、消えたヒトガタ
「ふざけてるのか?」
話の腰を折られ、オリヴァーは完全に機嫌を損ねている。
半泣きでリコは懸命に首を横に振ったが、オリヴァーの表情は険しいままだ。
「とにかく、明日からはもう少し集中してくれよ。命がかかってるんだ。……部屋の乱れは心の乱れだぞ」
リコが外に出たことで、丸見えになった部屋を覗き、オリヴァーは笑った。
……え、散らかってるのバレた!?
最悪最悪最悪最悪最悪最悪!!!
カァッと顔が熱くなり、リコは何か言い返そうとしたが、口だけはぱくぱく動くものの、声を出すことができない。
オリヴァーはどこか勝ち誇ったような笑みをたたえたまま、去っていったのだった。
「あー、嫌い嫌い。最悪!」
リコはベッドへ倒れ込むと、枕を抱えて足をバタバタさせた。
「部屋に引き摺り込んじゃえば良かったのに。そしたら、ボクが」
「もうその話はいい!」
リコはキッ、とニセモモを睨みつけた。
ニセモモが黙り込むと、じわじわ足の先から冷たくなり、恐怖が競り上がってきた。
「……黙らないでよ」
「ワン?」
「ねぇ、見たよね……いたよね、ヒトガタ」
「くぅーん……。ごめんね、リコ。ボクからそっちは見えないから」
一筋の希望がへし折られたようで、リコはさらに深く深くベッドへ沈み込んだ。
「疲れてたのかな、見間違えかな」
「ボクは見てないからなんとも言えないけど」
街の周りは警備が厳しく、よほどのことがない限り、モンスターが入り込むことはない。
警備を潜り抜けてくるモンスターや、悪ふざけでモンスターを連れ込む人間がいないこともないが、見つかれば大騒ぎになる。
宿の中までモンスターが入り込んできたなんて話は聞いたことがないし、そもそも一瞬で姿を消したり、逃げられるわけがない。
「もういいや。知らない。寝る」
リコはつぶやくと、ぎゅっ、と強くまぶたを閉じた。
「リコ、お風呂は?」
「今日はもういいや」
「えぇ……ヒトガタのゲロ被ったって言ってなかったっけ……ワン」
リコはニセモモの声を遠くに聞きながら、ヒトガタの顔を……空洞の目と口が、半月型になり、笑って見えたようなあの顔を、無理やり頭からかき消し眠りに落ちたのだった。