6、時間外パワハラ
コンコン。
扉からノック音が聞こえ、リコは枕を抱えたまま振り返った。
時間はもう深夜に近い。まさか、ストーカーの類だろうか。
リコは静かに扉まで近づき、ドアスコープを覗き込んだ。
「げっ」
「誰だったの、リコ?」
リコに尋ねるニセモモの声も、心なしか怯えているようだった。
「オリヴァー……さん」
扉の前のオリヴァーは、なかなかリコが出てこないことに首を傾げ、もう一度扉をノックした。
寝たふりを決め込もうか。そんな考えがリコの頭を掠めたが、明日会うまで何の用だったのか、持ち越すのも気持ちが悪い。
「は、はぁーい……あれっ、オリヴァーさん?」
リコは扉を開きながら、白々しく笑みを浮かべた。
それは誰の目から見ても明らかに、引き攣った笑みだったのだが。
「遅くにすまないな。クエスト内容、渡してなかっただろ」
なんだ、そんなことかとリコは表情を緩めた。
「いえ、レイナさんから聞いてますので、大丈夫です」
「えっ? あぁ、そうだったのか」
「はい、だから……大丈夫なんで。わざわざありがとうございました」
リコは食い気味に閉めようとしたが、オリヴァーは躊躇なく扉を掴んで抑えた。もちろん力でリコが敵うはずもなく、ひっ、と小さく声を上げる。
「疲れているところ悪いが、もう少しだけいいか」
えぇ……。思わず出てしまいそうになるため息を、リコはギリギリのところで飲み込んだ。
それなら部屋へどうぞ、とでも言うべきなのだろうか。しかし部屋にはローブやら杖やらが散らばり、ほとんど足の踏み場もない。
堕落した生活を送っていることを、オリヴァーに知られたくはなかった。
考えた結果、部屋を招き入れることはせずに扉を開け放すことにした。
「ひとまず、これを返しておく」
リコの葛藤とは関係なく、オリヴァーはメロウィを差し出しながら、無遠慮に部屋の中へ視線を向けていた。
いやいや、人の部屋が気になるのはわかるけど……普通、見るか!?
リコはイライラして仕方がなかった。
「あぁ。ありがとうございます」
「中身は見せてもらった」
「あ……」
足にツタが絡む感覚を、リコは思い出した。死にかけたところで、レイナが助けてくれた。
「注意力散漫だったな。宝箱を運びながら、別のことを考えていただろう」
オリヴァーの目に力が篭り、鋭くなった。
苦手なその視線から、リコはそっと顔を背けた。
「そういうわけじゃないんですけど、その、暗くてなんていうか」
「言い訳はいい。集中していれば、あのくらいの攻撃は避けられていたはずだ。それができなかったんだから、お前は何も周りが見えていなかったということだ」
「はぁ……」
止まらない説教に、リコは項垂れずにはいられなかった。
真夜中、部屋まで来ていうことなのだろうか。他のメンバーの前で注意しないのは、彼なりに気を使った結果なのだろうか。
ともかくリコにとって、ただただ苦痛でしかなかった。
「俺はお前に期待しているんだ。魔力の持続性だって、高いしな。ただもう少し体力をつけたほうがいいかもしれんな。あの程度のヒトガタなら、闇魔法使いだって振り解けるはずだぞ。普段、どういった体力づくりを……」
下げて上げて下げるパターンですね。とにかく粗を探したいんですね。リコは胸の中で刺々しく答えながら、はいはいと相槌をうった。
「いや、はいじゃなくて、俺は体力づくりのことを聞いてるんだが」
スッ、とリコの目の端に何かがうつった。
オリヴァーの後ろを、誰かが通ったのだ。
別の宿泊者……なわけがない。ここは角部屋で、先には何もないのだ。
「聞いてるか、リコ」
今のは誰だ? 何をしているんだろう?
「うぁっ!?」
考えようとした瞬間、リコは叫んだ。
「どうした、リコ?」
「う、後ろ」
なぜなら、さっき通り過ぎたはずの人影が、扉の外から顔をちょうど半分だけ覗かせて、リコを見ていたのだ。
その顔は、枯れたツタの髪をはやし、目と口が空洞の、ダンジョン内で見たヒトガタにそっくりだった。
「オリヴァーさん、危ないっ! モンスターです!」
「はぁ?」
オリヴァーが振り返ると、顔はひょこっと引っ込んでいった。
「何もいないが?」
「あ、あ、あ、あっちにっ、行きました!」
オリヴァーは上半身を傾け、リコの指さす方を見た。首を傾げている。
「いや、いないぞ」
そんな、バカな。
リコは気がつくとオリヴァーを押し退け、扉の外に出ていた。
しかし、いくら見ても突き当たりの壁があるばかりで、反対側の廊下にも誰かがいた形跡はなく、静まりかえっていた。