62.ふたりの世界
リコは驚いて声を上げることもできなかった。
確実に死ぬ。
恐怖も痛みもなく、ただそう思っただけだった。
なぜゼドに殺されるのだろうか。
思い当たる節はありすぎた。
ゼドのそばにいてもなんの役にも立たなかったから、文句ばかり言っていたから、勝手にゼドのもとを去ってしまったから……。
あぁ、でもこんなことになるなら……きちんとゼドに気持ちを伝えておくんだった。
リコは薄れゆく意識の中で、後悔していた。
「おい、リコ。……リコ?」
ゼドに体を揺さぶられ、リコははっとして目を開けた。
天井が遠くにある。
「ここ……天国ですか?」
リコは声の主に確かめようとした。
「何馬鹿なことを言ってんだ。起きろ」
リコを覗き込んだのは、呆れ顔のゼドだった。
リコは訳がわからないまま、差し出されたゼドの手を掴んだ。
「え、私、刺されましたよね? 何で生きてるんですか?」
「馬鹿だな。刺したのはペンダントだ。お前を刺したってどうしようもないだろ」
ゼドの言うとおり、リコの周りには粉々になったペンダントの宝石が散らばっていた。
「どうしてこんなことを?」
「宝石の特性だ。砕くことで一度だけ、幻覚を払うことができる」
「なるほど……?」
リコは念のため胸のあたりを触りながら立ち上がった。
「私、自分が刺されたのかと思いました。なんで謝ったんですか?」
「ペンダント、気に入ってただろ? だから壊すのは申し訳ないなと思って」
「いや、気に入ってないし……ただただ紛らわしいです」
周りを見ると、ダンジョンは元の広さに戻ってはいたものの、ゼド以外誰もいなかった。
だだっ広いフィールドの真ん中に、ぽつんと水槽があるだけだ。
「幻覚……払えてないですけど」
「払えてない……? 元の広さに戻ったじゃないか」
「ロッテのことも忘れたんですか?」
「ロッテ? 誰だ?」
ゼドはぽかんとしていた。ぴちゃぴちゃ水の跳ねる音だけが、辺りに響いている。
セイレーンを除けば、本当の本当に、リコとゼドは今ふたりきりだった。
「私以外誰もいないこと、変だと思わないんですか? 私にだけ依頼するなんて、おかしいじゃないですか」
「弟子に手伝いを頼むのは普通のことだろ」
「もう私、弟子じゃないし」
リコが呟くとそれきり、ゼドは何も言わなくなった。
誰もおらず、静かすぎるフィールドで、居心地の悪くなったリコは、つい水槽のほうへと歩みを進めた。
そのときだった。
「待て!」
ゼドは叫ぶのと同時に、リコの腕を掴んだ。