60.セイレーンのあがき
ゼドは真っ直ぐ水槽へと近づき、迷わず中に手を突っ込んだ。
「ァァア!?」
自分の場所を侵され、怒り狂ったセイレーンはゼドを睨むと、その手に噛みつこうとする。
しかしなぜかギリギリのところでセイレーンの体は跳ね返され、セイレーンの歯はゼドの手に届かなかった。
「無駄だ。お前から俺に触れることはできない」
ゼドは静かに告げてから、セイレーンの髪を鷲掴みにした。
無茶苦茶にセイレーンが暴れて水が跳ね上がる中、ゼドはもう片方の手でセイレーンを抑えた。
「オリヴァーさん、頼む!」
ぽかんとゼドの様子を見ていたオリヴァーだったが、声をかけられ表情を引き締めると頷き立ち上がった。
そしてオリヴァーは背中に刺した何本かの剣のひとつを引き抜いた。
リコが初めて見る、青色で染まった剣身だった。
オリヴァーが身動きの取れなくなったセイレーンへ、その剣を突き立てようとした、そのとき。
「ァアアアア!!!」
セイレーンは叫び、そして3度目の停灯が起こった。
リコは思わず手探りで、近くの体を掴んだ。すぐ斜め前にゼドがいたはずだ。
どうか、彼が消えませんように。
リコは強く体を握りしめてギュッと目を瞑り、祈り続けた。
「……おい。……おい、大丈夫か」
声が聞こえるのと同時に、小さな温かい温もりを感じた。
目を開けるとライターを灯したゼドの顔が、すぐそこにあった。
「良かった……」
「何も良くないんだが」
目を細め、不貞腐れたような表情をしたゼドは、リコから離れる気配がない。
キスでもできてしまいそうな距離だとリコは考え、顔が熱くなった。
「良くないって、な、んっ!?」
ゼドに悟られないよう、リコは慌てて離れようとしたが、後ろに下がった瞬間、すぐ背中が壁にぶつかった。
「え、え……?」
横へ進もうとしても、斜め前に足を踏み出しても同じだった。
すぐ壁にぶち当たる。
リコは改めて腕を伸ばし、今いる空間の狭さに気がつくと、すっ、と熱が引いていくのを感じた。
「かなり狭いところに閉じ込められたみたいだ。セイレーンの姿も見えないし……おそらく、殺そうとしたせいだな」
壁に肘を突きながら、うんざりした様子でゼドは首を横に振った。
つまり今は、狭い空間に……。
「ゼドさんと、ふたりきり……ってことですか? 他のみんなは……」
「ん? 他……」
「はいはーい! アタシはいますよっ」
ぴょんっ、とリコとゼドの間からロッテが飛び出してきた。
「うわっ」
仰け反りリコは思い切り壁へ背中をぶつけてしまった。
「なんで隠れてたんだ?」
「いやー、なんかお二人が深刻そうに話してたんで出てきづらくて〜」
ロッテを見てリコは、一気に気だるさを感じたが、その場に座ることすらもできなかった。