35、残されたもの
「すみません、ご足労頂いて。もう少しだけ、お待ちくださいね」
到着するなり、店主は息切れしながら店の奥へと消えていった。
おそらく商談スペースの丸テーブルへ、リコたちは座り、店主を待った。
「だいぶ古……老舗のお店ですねぇ」
店内を見渡し、欠伸を漏らしながらレイナが呟く。
レイナの言うとおり、かなり年季が入っているのだろう。木製の棚も、窓枠も、座っているテーブルも、色褪せて光沢が出ている。
レトロで雰囲気がいいと言えばいいのだが、よく見ると厚く埃が積もっていたり、隅にカビが生えていたりと汚れも目立つ。
店に愛着を持っていたゼドは、面倒くさがりだったけど、きっちり掃除だけはしていたな。
アクセサリー屋の内装を眺めつつも、リコはついゼドのことを思い出してしまうのだった。
「お待たせしました。……ところでレイナさんはどなたですかな?」
小さな箱を大事そうに両手で持ち、店主が戻ってきた。
いきなり名前を呼ばれ驚きながら、レイナは店主の方を向く。
「あの、私ですけど」
「そうですか、貴女が……恋人が亡くなって、さぞお辛いでしょうね」
ワザとらしく店主は鼻を啜ったが、涙は全く浮いていない。
「恋人って?」
「もちろん、トーリスさんです」
「と、トーリスさんが、私の!? 違いますけど!」
「えっ」
強く否定するレイナへ、店主は気まずそうに苦笑を浮かべた。
黙って箱をテーブルの上に置く。
「それは何なんですか?」
痺れを切らしたオリヴァーが、箱を指さした。
「あの、これ……トーリスさんに頼まれたものでして」
「トーリスに?」
「レイナさんにプロポーズするって。婚約指輪なんですけど」
店主が箱を開けると、ふたつの対になった指輪が出てきた。ひとつには割と大きめの、薄ピンク色をした宝石がついている。
「長く付き合っていて、そろそろ結婚を急かされているからプロポーズを……なんてことを、トーリスさん話していたんですけどねぇ」
店主は目を逸らしたまま、言い訳をするように話を続けた。
トーリスなら見栄を張ってそう言いそうだ。店主が嘘を言っているわけではないと、リコはすぐに分かった。
オリヴァーとレイナも同じことを考えていたようで、顔を見合わせ複雑な表情を浮かべている。
「とりあえず、それ引き取ります」
店主が引っ込めようとした指輪を見て、オリヴァーが声を絞り出した。
「まだ金貨を頂いていないんですが……」
「いくらですか?」
オリヴァーは手持ちの金貨を全部テーブルに置くと、足りない分は後日でとツケにして、小箱を片手にしたのだった。
「すんませんねぇ、ありがとうございます」
店の外まで見送りに出た店主を横目に、オリヴァー、レイナ、リコは元の道を歩いた。