33、まとわりつくもの
腹の中が空っぽになり、息絶えた大蜘蛛の体は、乾いて消えていった。
残ったのは灰色の砂だけだ。
「レイナ」
ビクッ、とレイナが肩を揺らす。
「は、はい?」
「もしもモンスターが人を食っていた場合、食われていた人間の体は……モンスターの死後、どうなる?」
「ええと、人間の体は灰化しないので、未消化なら残ると思います。骨くらいは」
「そうだよな」
オリヴァーは一握りだけ砂を掬い、指の間で滑り落とした後、立ち上がった。
「トーリスはまだ生きてる。行こう」
オリヴァーの呟きは、淡々として静かだ。
少し前まで取り乱していた男と、同一人物だとリコは思えなかった。
もうトーリスの血痕なのか、大蜘蛛の血痕なのかわからなかったが、オリヴァーが進むままにまた黙々と痕を追った。
地下からまた地上へと登り、見覚えのある道を歩く頃になってやっと、リコはあることに気がついた。
しかしそれを口にすることに迷っている間に、リコの考えは現実となったのだった。
視界が開け、夜空が見える。
血痕の辿り着いた先は、ダンジョンの入り口だったのだ。
それまで続いていた大粒の血痕が嘘のように、ダンジョンから外には何も残されていないのだった。
「くそっ、馬鹿にしてるのかっ!?」
オリヴァーは地面へ強く剣を叩きつけた。
「トーリス! おい、いるなら出てこいっ」
「オリヴァーさんっ、トーリスさんは、街に戻っているかもしれません。だからっ!」
それまで疲労で朦朧としていたレイナだったが、すぐさまオリヴァーへ駆け寄ると腕を掴んだ。
振り返るオリヴァーの顔は、涙に濡れている。
「また救えなかった。また俺のせいで」
「違いますっ! オリヴァーさんのせいじゃないからっ!」
レイナに腕を掴まれてもなお、首を振り続けるオリヴァーは、まるで幼い子どもだった。
何もできずにリコだけは、ダンジョンと外の狭間で、ぼんやりとふたりを見ていた。
ドサッ
すぐ後ろで何かが落ちる音がした。
リコの足に生暖かいものが付着している。
なぜか体が震えて、リコは振り返ることができなかった。
「オリヴァーさんっ! レイナさんっ!」
気がつくとリコは叫んでいた。
オリヴァーとレイナはほとんど同時に振り返り、全く同じ方向へと視線を向けている。
ふたりは裂けるのではないかというほど、両目を見開いていた。
ぶに、とこんどは柔らかな物体を、リコは足首に感じた。
視線を落とすとリコの開いた足の間に、何かがまとわりついている。
それは半分頭の潰れた、トーリスの生首だった。