29、ファイト一発
本当にトーリスなのだろうか。
レイナのことを半ば信じられないリコだったが、黙ってついて歩いた。
ゴオオオオオオオ
音はだんだん激しくなり、確実に近づいている。
どう考えても、人間のものとは思えない。
「あ、あの。オリヴァーさんを呼んできたほうがいいんじゃ……」
ガクガク膝が震えて、リコは次の一歩が踏み出せなくなった。
しかしレイナは、人ひとりがようやく通れる狭い通路を、さっさと歩いて先に行ってしまったのだった。
「あ、やっぱりトーリスさん! おーい、リコさん。トーリスさんいましたよー!」
レイナの明るい声に少しだけ体が軽くなると、リコは壁伝いに歩いて、そっと道が開けているほうを覗いた。
レイナが指さす大岩の上に、トーリスがぽっこり突き出たお腹を天井に向け、寝転がっている。
トーリスが丸鼻を震わせ、口を開けるたびに、ズオオオ、ゴオオオオ、ともの凄い音が響いた。
「イビキだったんですね……」
「ね。こっちは必死で探してたのに、まさか寝てたなんて」
呆れたように笑いながら、レイナはまた「トーリスさーん」と岩の上に声をかけた。
けれどトーリスは全く起きる気配がなく、ひたすらイビキをかき続けていた。
「困りましたね。このままじゃ、トーリスさんのイビキに反応してモンスターが集まってきちゃうかも」
「え、そんなことがあるんですか?」
「ランクの低いダンジョンなんで、ほとんどのモンスターは逃げていくと思いますけど……何かあってからじゃ遅いですし、さっさと起こしますか!」
よしっ、とレイナは腕をストレッチしてから岩肌を掴んだ。
「レイナさん、登るんですか!?」
「それ以外に上へ行く方法なさそうなので。すみませんが、少し待っていてください」
「はぁ……」
大岩にもたれ掛かり生返事をしたところで、リコははっとした。
この間と同じ状況だ。
レイナが宝箱を探しに行って、ひとりで待っている間に、あいつが。
細くて暗い通路から、誰かがまた歩いてきそうな気がして、リコは慌てて岩肌にしがみついた。
「あれ!? リコさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですっ! ふたりで起こしたほうが、いいかなって、はは……」
「はい、ありがとうございます!」
岩は遠目に見るよりもゴツゴツしており、手や足をかける場所はたくさんあった。
とはいえ運動音痴のリコにとって、無謀な挑戦であることに変わりはなく、擦り傷を作りながら必死に岩へ縋った。
「リコさん!」
先に岩を登り切ったレイナが、リコに手を伸ばす。
ファイト一発、とリコは心の中で気合を入れながら、レイナの手を掴みなんとか岩の頂上へと到着したのだった。
「はぁ、はぁ……」
「お疲れさまです、リコさん。……あれ?」
レイナは立ち上がると、キョロキョロあたりを見渡した。
「トーリスさんがいない」
「えぇっ!?」
寝転んでいたリコも、上半身を起こし岩の上を眺めた。
確かに寝ていたはずのトーリスがいない。
「きゃああああああああっ!!!」
レイナの叫び声に、リコは慌てて立ち上がった。
「どうかしましたか!?」
「し、下っ!」
その場からリコは振り返った。
ついさっきまで自分が登ってきた岩肌のふもとでは、トーリスが頭から血を流して倒れていたのだった。




