2、軽くパワハラ
「そろそろ行かないと、オリヴァーさんお待ちかねですよ」
レイナの呼びかけで、リコは慌てて両手を上げた。
「どうかしましたか、リコさん?」
「あ、いや、虫が……ね」
そして行き場のない手を振ってみたが、余計に怪しいだけだった。
衝動的だったとはいえ、仲間に闇魔法を使いそうだったとは口が裂けても言えない。リコは手をぶらぶらさせながら、置きっ放しの宝箱へと向かった。
「それにしても、さっき倒したヤツといい……ここはヒトガタばっかだなぁ」
トーリスが気怠そうに、大きめの独り言を呟く。
お前は倒していないだろ、とリコは心の中で突っ込んだ。
「ヒトガタってさぁ、ギリヤれそうな気すんだよね、ギリ。あ、女の子に言ってもわかんないか?」
下卑た笑いを漏らし、トーリスは続ける。その視線は完全にレイナへ向いていた。
何も答えられず、困った笑みを浮かべているレイナを哀れに思いながら……しかし助ける方法が思い浮かばず、リコは先へと進んだ。
一刻も早く暗くて淀んだダンジョンから脱出して、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込みたかった。
地上へと続く階段を上るほど、視界は明るくなっていく。
後少しで外に出られる……宝箱を抱えたリコの両腕は重みで千切れそうだったが、高揚感から足取りが軽くなった。
しかし出口の真ん中で、太陽を背に仁王立ちしているオリヴァーが見えてくると、一気にリコのテンションは急転直下した。
「……遅い。宝箱ひとつに、何時間かかってるんだ?」
そして成り行きとはいえ、リコは先頭を歩いていたことを後悔した。
オリヴァーの苛立ちは、真っ先にリコへと向けられたのだ。
「こいつのせいですよ。まーたモンスター確認せずに、突き進んじまうもんだから……死にかけて」
トーリスは魔導書の角で、ちょいちょいとリコを突いた。
「はぁ!? 死にかけた? 誰が?」
「だから、こいつ。リコ」
オリヴァーは肩を震わせ、怒りに満ちた表情でリコを見下ろした。
今すぐ消えたい。そんなことを思いながらリコはただただ、オリヴァーの前で身を縮めるしかなかった。
「大げさですよ、トーリスさん! モンスターにちょっと足を取られただけじゃないですか」
レイナが間に入ってくると、オリヴァーは鼻を鳴らしてリコから目を逸らした。
「……後でメロウィを確認する」
今日はレイナに助けられてばかりだな。
そのことを申し訳なく思いつつも安堵すると、リコはオリヴァーへ手持ちのメロウィを差し出した。
魔法石であるメロウィは、持ち歩いた者の映像を俯瞰で記録する。
ダンジョンに入る冒険者は皆、このメロウィを持ち歩くことを義務付けられていたのだった。
「もう帰っていいですか? 俺疲れちゃいましたよ」
続けてトーリスも、オリヴァーへメロウィを投げ渡した。
「他に宝箱は?」
「ないない。いっちばん奥の地下まで行ったけど3つだけ。なぁ?」
リコとレイナは顔を見合わせ、頷いた。
本当はまだダンジョンには奥行きがありそうだったが、壁しかないと断言するトーリスを信じて……というよりは否定するのが面倒くさく、引き返したのだった。
「わかった。それじゃ、今日は解散」
オリヴァーはトーリスの言葉を疑うこともなく、さっさと6つの宝箱を台車に乗せると、酒場へ向かっていった。クエストを終えたことを報告するのは、いつもパーティリーダーであるオリヴァーの役目だった。
「細っかいよな、あいつ。どうせいくつ宝箱運んだって大して報酬は変わんねぇのに」
オリヴァーが見えなくなってから、トーリスは吐き捨てた。