24、真夜中のダンジョン
オリヴァーは荒く息を吐き、血走った目でリコを見下ろしていた。
「オリヴァーさん? えーと……私また何かやっちゃいましたか?」
思わぬ来客に気の抜けたリコは、ぼんやりと尋ねる。
昨日ならもっと恐ろしかったかもしれないが、ハリーが来るよりはずっとマシだとリコは思った。
オリヴァーはしばらく苦しそうに呼吸してから、胸を押さえて唇を開き、掠れた声でつぶやいた。
「トーリスが……いなくなった」
いなくなった?
クエストを放棄して帰ってしまったということか? ついにトーリスも、オリヴァーのパワハラに耐えられなくなったのか。
「すみません。トーリスさんから、私のほうにも連絡とかきてないんで……ちょっとわからないです。それでは」
リコは食い気味に閉めようとしたが、またもやオリヴァーは躊躇なく扉を掴んで抑えた。やはり力では敵わず、リコはすぐに諦めて手を離した。
「そういうことじゃないんだ」
「ど、どういうことですか?」
「あいつは突然、ダンジョン内でいなくなったんだ! ずっと一緒に探索をして、モンスターの気配もなかったのに、あいつだけがいつの間にかいなくなっていた。ダンジョンの中をいくら探しても見つからなかったし、ダンジョン番も誰も出てきてはいないと言うんだ!」
息継ぎもせずに、オリヴァーは一気に捲し立てる。かなり焦っているのが伝わってきたが、リコはことの深刻さを理解できなかった。
「メロウィーを見ればいいんじゃないですか?」
「もう確認した。しかしトーリスのいなくなった前後だけ、何故かちょうど画面が乱れていて何も……」
そこまで話したところで、オリヴァーはようやく息を吸い込んだ。
画面が乱れると聞いて、リコはノアの話を思い出していた。
宝箱を近くで開いている間は、メロウィーが作動しなくなる。
もしその話が本当ならば、トーリスはワザとどこかで宝箱を開き、オリヴァーの隙をついて逃げたのではないかと思えた。
やっぱりパワハラに耐えられなくなって……。
「休んでいたところすまないが、一緒に来てもらえないか?」
「えっ、わ、私が、ですか!?」
「レイナにはもう来てもらっている。怪我をしている彼女だけだと心許なくて……」
レイナの怪我を引き合いに出されたら、どうしようもないじゃないか……。リコは自分の意思に反して頷いた。
ちょうど杖は手にしているし、すぐに家を出られる状態ではある。
「いってきます」
「……誰に言ってるんだ?」
「いや、く、癖で」
まだ痛むこめかみを抑えながら、リコはオリヴァーの後ろをついて歩いた。
夜のダンジョンは入り口前にあかりが灯されていたものの、普段よりも不気味で……ノアの話を聞いたせいもあったかもしれないが、リコの足はすくんだ。
あかりの下でレイナは、つまらなさそうに槍の先を乾いた布で磨いていたが、リコたちに気がつくと笑顔で手を振ってきた。
しかしそのレイナの後ろでぽっかりと開いた灯りの届いていない濃い暗闇は、まるで巨大生物の口の中のようで、リコは笑顔を返す気にはなれなかった。