20、乱れるメロウィ
血まみれになった剣士の顔が、生々しいほどリコの頭に浮かぶ。
「いやあああああっ!」
気がつくとリコは、頭を抱えて叫び出していた。
「何かあったか、ノア!?」
扉を開けて、ハリーが戻ってきた。
慌ててノアが、顔の前で両手を振る。
「いや、あの、ネズミが、出て!」
「あぁ……すみませんねぇ、汚いところで。ちょっと待っててね」
ハリーは壁に立てかけていた三叉の農具を片手に、足をゆっくり滑らせて近づいてきた。
あれでネズミを叩くのか、それとも、刺すのか!?
ただ不思議に思うだけでぼんやりしているリコの隣で、レイナが立ち上がった。
「だ、大丈夫です。こっちで退治しておくんで! ハリーさんは書類のほう、お願いします!」
「いや、そういうわけには……あ、じゃ、ノア。頼んだぞ」
ハリーはノアは農具をぽーんと投げた。
わっ!? と驚きながらも、ノアは座って体を半回転させた姿勢で、器用に農具を受け止める。
「危ねぇな! この距離なんだから、ちゃんと渡せよ!」
ノアの声には答えずに、ハリーは片手を軽く振って、また扉の奥へと消えていった。
「はー……焦った。お前ビビりすぎ」
弁解の余地もなく、縮こまったリコはごめんなさい、と小さく呟く。
「ノアも悪いですよ! あんな風にリコさんを怖がらせて」
「俺は事実を話しただけだぜ」
「言い方が悪いですよ。そりゃあ、その、悲しい事件があったのは事実ですけど、どのダンジョンでも事故はつきものじゃないですか」
口を尖らせるレイナとへらへら笑うノアのふたりは、どう見ても痴話喧嘩をしている仲の良いカップルだ。ふたりを見ていると、リコの頭に浮かんだ凄惨な光景が、少しずつ薄れていくようだった。
「いや、あのダンジョンは異常だぜ。パーティリーダーがメンバー全員殺すなんて話、他に聞いたことねぇもん。メロウィ所持の義務化も、Dランクパーティ惨殺事件がきっかけだって噂だし」
「ただの噂でしょ?」
「それにあの事件から、ダンジョンの中で血まみれの女を見たとか、紫の肌の男が地下からジッと覗いてたとか、パーティ全員が持ってた電灯が一度に突然全部消えたとか、そういい話だってあるんだぜ。心霊ダンジョンに違いねぇよ」
「電灯が、消える……」
リコはノアの言葉を繰り返し、はっとした。
「あの! 私もあのダンジョンに入ってて、変だなって思ったこと、あります!」
「え、マジで? なになに?」
「あのダンジョンの中を歩いていると、メロウィが時々、ジー、ジー、って音を立てるんです。映像も乱れたりして……それももしかして」
「あぁ、それか。それは完全に霊の」
「や、やっぱり!?」
「仕業じゃなくて、仕様だ」
「え?」
リコがきょとんとしている隣で、ノアは机にメロウィを置いた。
ジージー音を立てて、中にぼんやりと俯瞰で机を囲み座るリコたちを映し出しているが、その映像は乱れている。
「あ、これです! こんなかんじです!」
「宝箱が近くにあると、どのダンジョンでもこうなるんだよ。知らなかったのか?」
「え……知りませんでした」
ちらりとレイナを見てみる。苦笑しているところを見ると、レイナも既に知っていたようだ。
「あ、じゃあ、これも知らない? 宝箱開けてる間は、メロウィの映像途切れるって」
「えっ!? 知りません。何でですか?」
「さぁな。それも仕様。けどそれ利用したら、色々捗るらしいぜ。ダンジョン内でヤりたいとき宝箱開けっぱにしとくとかさ」
「もー、やめてくださいよ、ノア!」
レイナはパシッ、と平手でノアの背中を叩いた。しかしその表情は嬉しそうだ。
トーリスも同じようなことを言っていたにも関わらず、こうも反応が違うのは、恋は盲目だからか、イケメン無罪なのか。
イチャつくふたりが微笑ましいのを通り越して、リコは恥ずかしく感じ始めたのだった。




