1、VSヒトガタ
暗くて狭い、まるで洞窟のようなダンジョンの深部には、3人の冒険者が宝箱を抱えて一列になって歩いている。
先頭には槍使い、そして二番目に聖職者、最後尾には闇魔法使いのリコがいた。
それぞれがヘルメットに装着した、懐中電灯だけが唯一の光源で、ほんの数メートル先ですら何があるのかわからない。
だからいつモンスターが襲ってきても戦えるように、気を引き締める必要がある。しかし昨日のことがあり、まともに眠ることのできなかったリコは、ぼんやりと左右に体をふらつかせていた。
「リコ、しっかりついてこいよ。置いてくぞ!」
聖職者らしからぬ荒い口調で、リコのすぐ前にいる男……トーリス・バトラーが振り返った。
「あ、大丈夫……です」
はっ、としてリコは顔を上げ、トーリスに答えたものの、既に彼はリコの方を見てはいなかった。
……あぁ、さっさと帰りたい。
リコは心の中で呟きながら、トーリスの背中を睨みつけた。
しゅるっ
ふと何かに足を取られ、リコは立ち止まった。
顔を下げ、光を地面に向けてみる。足首に枯れたツタが絡まっていた。
瞬間。
ツタはギュルン、とものすごい力で足首を締め上げ、リコを引きずり闇の中へと引きずっていった。
「あ……!」
宝箱を落とし、声を上げる間もなく、仲間2人の背中が遠ざかる。
ツタはいつのまにか全身に絡まり、ギリギリ締め上げてきた。
肉が盛り上がり、骨の軋む音がする。
リコは血の気が引いていくのを感じながら、顔を上げた。
ヘルメットの明かりが、何か凹凸のあるものを捉える。
土気色をした人の顔だ。
それは薄らと笑い、窪んで黒いだけの目をギラつかせ、リコを見つめている。
かろうじて人間らしいのは顔だけで、髪も首もまばらな太さの枯れツタでできていた。
出た……ヒトガタ……。
リコは声を絞り出そうとしたが、音にもならずに吐息へと変わって、消えた。
声が出せなければ、魔法も使えない。
このまま絞め殺されてしまうのだろうか。
そう思うと、ぶわっ、と鳥肌が立ち、下腹部がザワザワし始めた。
嫌だ、死にたくない!
ザッ!
「ヒィィィィギィァァァァ」
風を切って、頭上に何かが飛び込んできたそのとき、リコを締め上げていたヒトガタは、人ともケモノとも取れないしゃがれた叫びを上げた。
ビチャ、と緑色の体液を、口からリコの体に浴びせかける。
体が軽くなり、よろけながらも何とか体制を整え、リコは振り返った。
額の真ん中に槍を刺されたヒトガタは、目と口を空洞にして、乾いた砂へと変わっていった。
「大丈夫ですか、リコさんっ」
先頭を歩いていた槍使い……リコよりも年下だが、豊富な戦闘経験を持つレイラ・アンジュが駆け寄ってきた。
その後ろをゆったりとした足取りで、トーリスも歩いてきている。
「はいっ! だだだだ、大丈夫、ですっ!」
救われた安堵感と、申し訳なさに声を震わせ、リコは無駄に背筋を伸ばして直立不動になった。
クスクスとレイラは、ポーチから取り出した真新しいタオルでリコを拭きながら笑う。
「無事なら良かったです。びっくりしましたね。いきなりモンスターが襲ってくるなんて」
「ボーッとしてんなよ、危ねぇだろ!」
レイナの声に被せるようにして、トーリスが怒声を上げた。
「すみません!?」
「お前何のために最後歩いてたんだ? 道音痴で、近距離攻撃も苦手、だからせめて後ろで近付いてくるモンスターに気ぃつけてろって言ったよな? なぁ、レイナ!」
レイナは苦笑を浮かべ、首を傾げて否定も肯定もしなかった。
怒られている当のリコは、俯いていたが、それはトーリスへの畏怖というよりもレイナに対する申し訳なさだった。
リコは知っていた。トーリスはレイナの前でだけ、やたらと偉そうぶるのだ。
助けてくれたわけでもない、ただ文句を言って、レイナの前で自分を大きく見せたいだけの、トーリスに対する怒りでリコの体は小刻みに震えた。
「あー、あー、泣くなよ? お前は泣けば許されると思ってんだろ。あーめんどくせぇ」
こいつ、絶対いつか呪ってやる。
リコは腰にさした魔法の杖を、そっと握りしめた。