10、待ち人
笑いながらニーアが、ぴょんぴょん跳ねるたび、腰のあたりからカチャカチャ音が聞こえてきた。ニーアのベルトには革のナイフケースが取り付けられていたのだ。
思わずリコはケースへ目を凝らした。
ケースには烙印がある。Zに2匹の蛇が絡まった、見たことのあるマークだ。
リコはまさかと思いつつも、興奮が抑えきれず、しゃがんでケースへ顔を近づけてしまった。
「にゃっ!? どうかしました!?」
「あの、これ……このナイフ、もしかしてゼドから買いました?」
「あぁ、はい! よく知ってますね!? リコさんも、ゼドブランドのファンですかにゃ?」
リコは首を横に振った。
「ファン……というより、前一緒に働いてたんで」
弟子だったとはなんとなく言いづらく、リコは誤魔化す。そもそも途中で投げ出した自分に、弟子を名乗る資格はないと思った。
「えええー! すごいですねっ。ニーアはめーっちゃファンなんで、羨ましいですっ」
苦笑を浮かべてリコはまた首を振った。堂々とファンだと言えるニーアのほうが、リコは羨ましかった。
「ゼド、どうしてます? 相変わらず無愛想ですか? 新しい従業員の人、困らせてなかったですか?」
つい矢継ぎ早に質問を投げかけてしまい、リコは慌てて口をつぐんだ。
そんなリコにニーアはまた、大きな口を開けて笑う。
「リコさん、ゼドさんのことめーっちゃ心配なんですねっ」
「へっ!? いや、そういうわけじゃ」
「でもでも、ゼドさんのお店、従業員さん、いないですよ」
「そうなんですか……? それじゃあ、ゼドひとりで?」
「はい、ニーアもそれ、気になって聞いてみたんですよ。結構お客さん来るのに、武器作りも、お掃除も全部ひとりでしてて大変じゃないのかなーって。あわよくばニーアが、お手伝いに立候補しよっかなって、思ったんですけどね。そしたらー……」
ニーアはニヤニヤと、含みのある笑い方をした。
意味がわからずにリコがきょとん、としているのをまた満足げに見つめると、ニーアは唇を開いた。
「ゼドさん、今は誰も雇わない。待ってる人がいるから……って、言ってました」
ぼっ、とニーアは全身が熱くなるのを感じた。
熱を冷まそうと、ぶんぶん首を横に振る。
「ニーアさん、からかってるでしょ」
「本当に言ってましたって! ゼドさん、リコさんのこと待ってるんですね」
ニーアから肘で脇腹を突かれても、リコは本当のことだと思えなかった。
無愛想で、無感情で、武器に関することだけは厳しくて。
そんな男から、誰かを待つ、なんて言葉が出てくるなんて到底信じられなかったのだ。