草原の異変
「マイヤー君、バルツァー君の事怖くないの?」
「怖い?」
数分黙々と歩き続けて沈黙に耐えかねたのか、ビアンカが囁く様に話しかけて来た。薄水色の長い髪の中々の美人だ。文官志望という事だがどれくらい魔法が使えるのかは不明だが、スタークや魔道具っぽいものではなく、短剣を持っているという事は魔力自体はさほどないのかもしれない。その隣のヨハンも一緒に頷いた。緑色の髪をしているところを見ると、先祖にエルフの血でも混ざっているのかも知れない。
首を捻って考えるルドルフ。怖い…怖い?
「そう…でもないかな?特に。」
「「へぇ~…」」
『りーりえになんかしたときのるどるふのがこわいぞ。』
なんか便乗した小さい奴に言われているが、演習中なので無視する。
「生産職はメルダース君とマイヤー君だな。何か集める素材はあるか?」
少し離れて先頭を歩いていたイーリスが突然振り返って大きめの声で言ったので二人は飛び上って驚いた。
「名前の方で呼んで貰っていいかな。僕は鉱石だからここらでの採取はないかな?」
「あ!あぁ!僕も名前で!僕はホーンラビットかワイルドボアくらいで。」
「…じゃあ、それを中心に狩ろうか…」
イーリス先生は初心者級のモンスターに何やらご不満のようであるが、草原にそうそうすごいモンスターは出ないものなのだ。ワイルドウルフが群れで出たら死ねそうなメンバーなのだからしょうがない。
他のメンバーも『ホーンラビット』と『ワイルドボア』と聞いてあからさまにホッとした顔をした。
再び黙々と歩く事数十分、今日はホーンラビットすら居ない草原に違和感を感じ始めた所、同じ事を考えていたのだろうか?イーリスが振り返って皆を見回して口を開く。ちなみにイーリス以外は名前で呼び合う様にと言う事だ。
「今日は何かおかしい。ここまで何も居ないなんて今まで見た事がない。」
「そうだね。どうする?帰る?」
「…いや、もう少し様子を見よう。」
リーダーの決定で再び歩き出す。しかし、今度は極力固まって歩く様にしている。
「索敵をしてみるから少し速度を緩めてくれ。」
「あぁ。少し止まる。」
トラウゴットが索敵を始めると、他の4人は辺りを警戒をする。生産職でもそれくらいの連携は取れるよう、訓練はしているのだ。
「…特に気になる獣もいないみたいだが…1キロ圏内にはとにかく何もいない…」
「…わたし、帰りたい…」
ビアンカが消え入りそうな声で言う。
「そうだな。無理をする必要もあるまい。警戒しつつ戻るか…」
「あーあ。今日は収穫無し…」
「何か来る!森の方向、南東…900、800…早い‼︎群れだ!15秒‼︎」
索敵を続けていたらしいトラウゴットが叫ぶ。イーリスは南東に移動し『群れ』とパーティの間に立ち、赤く炎を纏わせた剣を構えた。そのすぐ後ろにヨハンとルドルフ、最後尾に治癒の使えるトラウゴットと怯えるビアンカ。一瞬で移動する。
「ファングドールだ!数18‼︎」
赤い目を光らせて唸り声をあげて突っ込んで来る犬型の魔獣。群れで狩りをし、人間も襲うやつだ。
イーリスは左右に切り倒しながらその位置から動かないようにしているようだが、数が数だけに取りこぼしがある。流石に一撃で死ぬような斬撃は喰らわせられず、イーリスに横殴りに弾き飛ばされたファングドールが怒り狂った目付きで牙を剥いて後衛に襲いかかって来た。
ルドルフがアースウォールで壁を築くとヨハンはウインドカッターでファングドールの首を切り裂き、一匹ずつ確実に仕留めていった。
イーリスがはじき飛ばし、傷を与え、ヨハンが仕留め、ルドルフが守る。意外といいバランスかもしれない…と思った矢先、ヨハンが膝をついた。
「ご、ごめん、僕魔力切れ…」
「わたし、出る!」
落ち着いたらしいビアンカと交代するとビアンカは短剣に水を纏わせてファングドールに致命傷を与えて行く。
「これで終わりだ!」
最後の一匹を確実に屠り、イーリスは剣を収めた。トラウゴットはへたり込んだビアンカに駆け寄り回復魔法を掛けようとするが、ビアンカは首を振って断った。いわく、
「大丈夫、腰が抜けただけ。」
だそうだ。イーリスも切り傷くらいで大きな負傷は無いようだった。
「ルドルフも傷は無いか?」
「ああ、ありがとう。僕は無傷。ヨハンは大丈夫かい?」
「だいじょーぶぅー。」
ルドルフは簡易の防壁を崩して小さな小屋を作った。若干引かれるが、気になる事があったのでスルーする事にした。
「イー…バルツァー君、ファングドールだけでこんな事になるかな?」
「…イーリスで構わんよ。いくら群れでもファングドールくらいで1キロ四方の獣がいなくなるとは思わない…」
どうやらイーリスも同じ事を考えていたらしい。そして内心名前呼びを認めさせてやったぞと思いつつも顔には出さないルドルフ。
「トラウゴット…の索敵も同じだろうな…。草原にいる冒険者か学生と連絡は取れないだろうか…」
最後はブツブツ呟くように言ったので相談では無かったのだろうが、ルドルフは少し考えて、
「イオノ、頼みがあるんだけど。」
といきなり話し始めた。
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