霜月(1)
昨日は夕方から突然雨が降った。俺が家に着く五分くらい前に降り出したから、華代達は少し雨に降られたかもしれない。風邪ひいてなきゃいいけどな。
ぼんやりしながらアラームの音を待つ。アラームと同時に重い体を起こしてカーテンを開ける。昨日の夕方とは打って変わって綺麗に晴れていた。本当に、清々しい朝って感じ。
さっさと朝の準備を済ませて学校に向かう。地面はだいぶ乾いているけど、所々に小さな水たまりがある。下を見てなくてちょっと踏んじゃって、ローファーが軽く濡れた。
学校についてから華代達に昨日の雨の話をする。
「おはよ。昨日の雨大丈夫だった?」
「おはよ。雨ね、急に降ったけんびっくりしたわ。けど結構家の近くだったから大丈夫だったよ」
「んふ〜雨、わっちは雨凍らせて遊んでたからヘーキだった! わっちにとっては雨も雪と変わらないよ!」
ひなみはさすがって感じだった。まぁ、二人とも元気そうでよかった。そのままホームルームが始まるまで軽く話していることにした。
しばらくして、チャイムと同時に担任が教室に来た。ちらちらとファイルのようなものを確認していた。
「えー、重要な話をします。昨晩、うちの生徒が行方不明になる事件が発生しました」
行方不明……? 周りもザワつき始める。
「はーい、ちょっと静かにしてね。安否が確認できていない上に、有力な情報が何一つないので、情報を持っている人は先生に教えてください。あと、今日は安全確保のために、下校時間を午後六時にするみたいなので、あんまり遅くまで学校に居ないようにしてください。以上です」
話が終わると同時にホームルーム終了のチャイムが鳴る。なんだかすごく嫌な感じがして気が気でない。
……脳裏に授業中に現れたあの女子生徒の姿が浮かぶ。もし、今回の行方不明事件に、あの子が関係していたら……? 何かがどんどん近寄ってきてる気がする。
「行方不明、誰なんやろうね。うちのクラスやないっぽいけど……」
「うーん。行方不明事件……ただの家出とかならいいんだけどね。あーあ、帰ったら雅之に情報捜査してもらおっかなー。この町全域なら情報手に入れられるらしいし」
俺らが邪神様と戦っていた神無月のあの日、雅之は町全域に糸を張り巡らせて、ものすごい勢いで情報処理をしていたらしい。その場にはいなかったけど、俺らの行動は全部把握していたんだとか。
「あれ、でもそれたしか、使ったら体調崩すやつじゃないっけ?」
「あ! そうだった! 次の日、わっち達よりも寝込んでたんだよ。頭痛い〜って。思い出したら可哀想になったからやめよ……」
俺が見てた限り、雅之って少し余裕持ってるような雰囲気があったから、どれだけキツかったんだろうとか考えてしまう。
そのあと、適当に授業を聞き流して昼が過ぎ、帰りのホームルームの時間を迎えた。
「あれから続報はないです。帰りはできるだけ大人数で、明るいところを通って帰ってください」
先生の話が終わると、教室から人が次々といなくなった。俺達も帰ろうとしていると、教室に旭飛が飛び込んできた。
「兎夜先輩!!」
……すごく嫌な感じがする。
「旭飛……もしかしてだけど」
「小春が、小春が昨日の夜から居ないんです。どれだけ連絡しても繋がらなくて……」
旭飛の手には、泥が着いたハムスターのマスコットが握られていた。
「小春、いきなり家を飛び出したりする子じゃないから、もしかしたら誰かに連れ去られたかもしれないって……考えたらもう、いてもたってもいられなくて」
「……わかった、大丈夫。じゃあ旭飛、行こうか」
華代とひなみはビックリしていた。それはそうだよね。普通の行方不明事件で、俺ら子どもがなにをしたって力にはなれない。けど、もしかしたらこれはただの行方不明事件じゃないかもしれない。それ以上に
「……何もしないで待つってことが、できなくて」
それを聞いた華代とひなみは顔を見合わせて頷いて
「なんか、らしいよね〜。それでこそって感じがする! わっちらも手伝うよ! どうする?」
「二手に別れる? 町中でもそこそこ広いし……」
「……そうだね。ひなみ、何かあったら華代を頼む」
「はーい! 大丈夫だよ! なんか変なのが出てきても、華代ちゃんの治療もあるし、百人力? だよ!」
ちょっと重い空気になっても、ひなみはいつも明るくいてくれるから、少し安心する。
「よし、旭飛、俺と一緒で大丈夫?」
「はい。兎夜先輩がいてくれたら心強いです」
二手に別れて小春を探す。そんな簡単に見つかるなんて思ってないけど、もしかしたら見つかるかもしれないし、万が一の時は手遅れを防げるかもしれない。
「……兎夜先輩すみません。前々から迷惑ばかりかけて。自分一人の力ではどうしようも出来なくて」
「そんなことはないよ。前だって、旭飛の行動があったから動いたんだし、今回だって、旭飛が小春ちゃんのこと教えてくれてなかったら動いてなかったよ。旭飛が動いたから守れたものだってあるんだから、そんな事言わないで大丈夫だよ」
旭飛は、少し黙って
「ありがとうございます」
と言った。
まずは図書館とかスーパーとか、人が沢山いるところ。それから段々公園、路地裏、人気が少ないところを探し回る。
旭飛は護身用と称してバットを持ち歩いていて、持ち上げるのに疲れたのか、地面に引き摺って歩いている。カンカラカンと音が鳴る。
「……なかなかいないね」
「うーん、小春ぅ……」
「せめて何か、手がかりでもあればいいのに」
通りかかった廃倉庫からガタンと音が鳴る。カラスが飛び立って行く。空がだんだんオレンジになっていて、本当に秋の夕暮れって感じ。……少し気味が悪いけど。
「……小春?」
旭飛がそう言うと、廃倉庫の中に走っていった。
「あっ、待って旭飛! 危ないよ!」
「声がしたんです! 小春の声がしたんです!!」
今にも崩れ落ちそうな廃倉庫。こんな中に小春ちゃんがいるのかな……。
薄暗い倉庫の中を進んでいく。昨日の雨水の残りなのか、水の落ちる音がする。
足元に気をつけながら旭飛を追っていくと、旭飛が立ち止まっていた。そこに居たのは
「……黒川?」