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神無月の守護者 〜2nd season〜  作者: なまこ
弥生
51/54

過去編 塩月華代

月が綺麗な夜。この日、綺麗な桜が舞っていたことがすごく頭に残っている。

たくさんの大人たちが家に来て、ご飯やお酒を囲っていた。

自分だけ、世界から浮いてしまっている。なぜか、そう感じてしまっていた。


うるさいのがあんまり好きじゃなかった。

賑やかで楽しそうなのは好きだったけど、大人が騒いでいるのを見て、楽しそうだなとは思えなかった。

「カヨちゃん! 他のお家の子もいるからね! そっちに行っておいで!」

おばさんは、この場にいるもう一人の子どもを指さして言った。遠くに、同じ歳くらいの子どもがいる。話しかけるのに勇気がいる。けど、こんなにうるさい大人達の中で、我慢し続けるよりも、その子と話した方がいいって思った。

「お名前、なんて言うの?」

その子は少し迷うような顔をした。名前、分からないのかな。

「……セイコ」

ボソッと呟くように、その子はそう言った。

「そっか。ねぇセイコちゃん、私と遊ぼ?」

その日の夜から、私とセイコちゃんはよく遊ぶ仲になっていった。お互いに、初めてのお友達だった。


私たちが五歳になる頃、いつもみたいにセイコちゃんのお家にセイコちゃんを呼びに行くと、セイコちゃんは、お父さんから、お話をされていた。

「セイコ、お前は我が家の第一子。どういう者であれ、強くならねばならない」

「はい」

「本日より、お前はイセと名乗れ。セイコと言う名を捨てよ。第一子たるもの、本来男児が望ましかったのだが。仕方がない。お前が成り変われ」

「……はい」

「なにか不満か」

セイコちゃんのお父さんが、手を上げた。危ないと思って、思わず、声を出した。

「ねぇ! 遊ぼ!」

あえて名前を呼ばなかった。どっちで呼んでいいのか分からなかったから。


セイコちゃんを連れ出すと、セイコちゃんはあんまり暗い顔をしていなかった。

「ねぇ、さっきの大丈夫だった?」

「あぁ。大丈夫だ。びっくりしたよな、ごめんな」

話し方が、男の子みたいになっていた。それにすごく違和感があった。

「……名前」

そういうと、セイコちゃんは、少しだけ苦い顔をした後に、笑顔で名乗った。

「俺は、神崎イセだ」

この時は、まだ、変なのとしか思えなかった。それでも、セイコちゃんは、自分のことをイセと呼んで欲しいと言ったから、この日から、私はセイコちゃんの事をイセと呼ぶようになった。


それから数ヶ月後、大人たちがまた、家に集まってご飯を食べていた。そこに、髪が短くなったイセもいる。

「イセ、なんでそんなにいっぱい怪我したの?」

「……修行みたいなので」

「なんの?」

「なんのだろうな。わかんねぇや」

イセは、腕に巻かれた包帯を撫でていた。その傷を治せたらなと思っていると、大人たちが急に静かになった。

「宮代様がおいでだ」

大人のそういう声が聞こえると、襖がススッと小さな音を立てて開いた。そこから、半分は白、半分は黒の不思議な法被を着た大人が入ってきた。


「皆の者、頭をあげよ」

入ってきた人がそういうと、大人たちはみんな顔を上げた。少し不気味な雰囲気を漂わせたその大人は、たんたんと何かを語っていた。何の話をしているのかは、難しくてよく分からなかった。

その話が一段落すると、私たちと同じ歳くらいの子どもが部屋に入ってきた。

「皆の目にかけるのは初となる。奏弥だ。よろしく頼む」

奏弥と紹介された子は、丁寧に一礼した。大人たちに合わせて一礼する。

「奏弥くんだって。知ってた?」

「……名前だけ」

イセは、少し不機嫌な顔をしていた。けど、私はイセの手を引いた。


「行こ、奏弥くんのところ」

「うん……」

イセを連れて、奏弥くんのところに行く。奏弥くんは、私たちに気がつくと、ちょっと目を逸らして、すぐに微笑んだ。

「奏弥くんだよね?」

「うん。俺は奏弥。えっと……?」

「私はカヨ。こっちは」

「イセ。神崎イセだ」

「カヨとイセ。二人とも、同じ歳なんだ! よろしくね」

奏弥くんは、優しく笑う。少し話している間に、終わりの時間が来たみたいで、私たちは大人たちに引き剥がされた。

奏弥くんの家は少し遠くて、まだ自分では行けなかった。もう少し大きくなって、奏弥くんの家まで歩いて行けるようになったら、お迎えに行って一緒に遊ぼうってずっと思っていた。イセにその話をしたら、そうできるといいなって言ってくれた。


七つになる誕生日が近づいた頃、イセは、私の家に来る時に、綺麗なペンダントを持ってきてくれた。

「誕生日だから、あげる。母さんがやってるの、見よう見まねで作った」

「つ、作った!? すご!」

緑の石が着いた綺麗なペンダント。嬉しくなって、そのまま首からさげた。

「……いいじゃん」

「これすごいね、ありがとう!」

私がそう言うと、イセは、微笑みながら手をヒラヒラとしていた。その手には、たくさんの傷があった。

「何その怪我! どうしたん!?」

「いや、あの……」

しつこく聞き続けると、イセは遂に折れて、申し訳なさそうに話し始めた。


「ペンダント作るの下手すぎて……。石を削る時に、手を何回か」

「あーもうダメやんちゃんと手当しなきゃ。ちょっと待ってて」

家の人達は、どうしてか分からないけど、手当をするのが上手な人が多い。特に、お母さんは、手当がすごく上手。だから、その真似事をする。

「お母さんの……あった。これを持ってっと」

救急箱を持ってイセの所に行く。

「えっと? どれ使えばいいんやっけ? これ?」

「カヨ、俺は大丈夫」

「大丈夫じゃない! 手ぇよく見せて!」

イセの手の怪我をしてないところに触れて、手をじっと見つめる。……なんだろう、左目の奥が熱い。それに、胸元が眩しい?

眩しさが消えて、もう一回イセの手を見る。すると、怪我がなくなっていた。

「ん? あれ? イセの手、怪我してなかったっけ?」

イセは、目を見開いたまま固まっていた。

「え? イセ……?」

「能力だ……」

イセがそう言うと、家中からドタドタという音が聞こえた。家の大人たちが、急に集まってきた。


「カヨ様が能力を発動しました!」

「カヨすごいね! おめでとう!」

「イセくんもありがとうね!」

急に、大人が私の事を褒めちぎる。訳わかんなくてびっくりした。

「カヨ……すげぇな! カヨの能力って、怪我を治せる力なんだな! すげぇよ!」

イセも喜んでる……? なんだかまだ分からないけど、イセがこんなにテンション上がってることなんてめったとないから、いい事なんだと理解した。


その日の夜に、お父さんとお母さんから、能力について説明があった。御三家には、たまに能力を持って産まれてくる子どもがいるって。それが、今回は私だったって。

塩月家は、人を癒すための力を使えるって聞いた。けど、使いすぎると、自分の体が疲れてしまうから、無闇に使わないようにってお母さんが言っていた。私は、そうなんだ程度で聞き流して、イセから貰ったペンダントを、見つめていた。


歳が七つになると、一人で動いていい範囲が増えた。いつもは、家が近くのイセとしか遊べなかったけど、奏弥くんの家にも行けるようになった。奏弥くんは、夜遅くまで修練っていうのをしてるって聞いた。朝早くに行っても寝てるから、お昼頃になってから迎えに行く。そうすると、眠気まなこの奏弥くんが出てくる。

「おはよう、奏弥くん。遊び行こ?」

「……カヨ、おはよう。ちょっと支度してくるから、イセと先に行って待っててもらってもいいかな?」

「わかった。じゃあ先に行ってるね」

奏弥くんを誘ってから、イセを連れに行って、山の中に入る。

山の中は、私たちにとって一番の遊び場だった。遊ぶために必要なものはなんでもあるし、あまり森の奥に行かなければ、危ない生き物は出てこない。大人たちの目もなくて、ここでは、みんながみんな、純粋に遊ぶことが出来た。


「おまたせ、今日は何をしようか」

「遅せぇよ。んで、どうしようか」

「えっとじゃあ……かくれんぼしよ! そして、終わったら木の実拾いして……」

「夕方までに遊びきれるかな」

「出来なかったらまた明日やね」

奏弥くんは、私たちと同じ歳だけど、少し大人びているとこがあった。いつも、優しい雰囲気だけど、頭で色々考えている。嫌なことを考えている雰囲気は無くて、どちらかと言うと、どうすれば他の子にとって良いことが出来るかを考えているように見えた。

「じゃあ、他にいなかったら俺がかくれんぼの鬼しようか」

「よし、わかった。絶対見つかんねぇようにするから」

「うん、じゃあ奏弥くんおねがい! 二十数えたら来てね!」

かくれんぼが始まって、私は大きな岩の後ろに隠れる。少し距離があるから、奏弥くんのもういいかいが聞こえない。


家に集まってご飯を食べる大人たちは、自分勝手だ。飲み食いしては騒いで、部屋を汚して。都合の悪いことがあったら怒鳴って、家の使いの人達に嫌な思いをさせる。なんでそんなこと言うんだろう。もっと人に優しく出来たらいいのにって思うことばっかりだった。

私は、まだきっとマシな扱いを受けている方。能力が使えるようになったからって、その能力を悪用されることはない。奏弥くんはどうなんだろう。奏弥くんは、能力を使えるんだったっけ。

「カヨみっけ」

「え!?」

後ろから奏弥くんの声がした。少し遠くに隠れてたのに、こんなにすぐ見つかるなんて。

「なんで分かったの!?」

「え? いや……なんとなく?」

こんなにも早く見つかってしまうことが予想外すぎて、その場で固まってしまった。

「さ、行こっか。イセはまだ見つけてないんだ」

しゃがんだままの私に、奏弥くんは手を差し伸べた


「ねぇ、奏弥くん」

「ん? 何?」

奏弥くんと二人で、残っているイセを探す。珍しく、奏弥くんと二人きりだった。

「奏弥くんって、どんな能力を使うんだっけ」

そう聞くと奏弥くんは、腕に着けている組紐を軽く抑えた。それが、小さな火縄銃に変わった。

「悪い妖を祓う力があるんだってさ。人に当たっても死なないけど、すごく痛いから、人に向かって撃つなって言われてる。言われなくても撃たないけどね」

奏弥くんの能力は悪いものを祓う能力。とはいっても、それは妖怪や悪い様に効く武器を持てるだけの力らしい。武器を持った後は自分で動かないといけないから、能力自体が強いわけではないみたい。


「奏弥くんは、お父さんから酷いことされてない?」

「酷いこと……? いや、されてないよ。カヨは、なにかされてるの?」

「いや! そうじゃないけど……」

奏弥くんからは、ほかの大人達が持っている自分勝手な気持ちを感じない。それに加えて、イセみたいな、無理やり全てを飲み込んで作り出している優しさみたいなものも感じなかった。

だから、不思議だった。私の目に映る人の中で、本当の優しさを持っているのは、奏弥くんだけだと思ったから。

「……なんでもない。じゃあほら、イセを探しに」

私がそう言うと、奏弥くんの頭に、小さな石がぶつかった。木の上から飛んできたみたい。

「……あんまりにも来ねぇから、こっちから探しに来たわ」

木の上には、不機嫌な顔をしたイセがいた。


「イセごめん! そんなに時間経ってたんだ!」

「まぁいいけどよぉ」

何を話していたのかをイセに少し聞かれたけど、秘密って言って誤魔化した。別に、話せないことではなかったでも、イセに言ったら気にしそうだなって思って話せなかった。

優しさってなんなんだろう。本当に、人を思いやるってなんなんだろうな。


奏弥くんやイセと、日が暮れるまで遊んで家に帰る。家に帰ると、温かいご飯が部屋に並んでいた。他の家の人達が居なければ、割と静かな時間が流れる。毎日こうだったらいいのになって思う。

「いやぁ、今宵もいい月ですな」

「そうですねぇ。そういえば、白莉様はどうしておられるんです?」

隣の部屋から、お父さんの声と、若草家のおじいさんの声が聞こえた。誰もいないわけじゃなかったみたい。なんの話をしているのか、耳を立てて聞いてみる。

「白莉ですか。外に出てやりたい気持ちは山々ですが、白莉には日光が毒ですからなぁ。山奥で隔離したままです」

「そうですか。いやしかし、白莉様の能力は素晴らしいですよね」

「ええそれはもちろん。我が家の宝ですよ」

白莉。名前は聞いたことあるけど、あったことは一度もない。しかも大人たちは、白莉のことをまるで神様みたいに扱っている。

「白莉……話してみたいな」


お父さんたちの話を聞いた次の日、白莉がいる場所を探しに行ってみた。奏弥くんもイセも、この日は遊べなかったから、一人で動くにはちょうど良かった。いきなりみんなでいって、白莉をビックリさせたらいけないから。

思いつく限りの山奥を、一人で散策する。途中、茂みからガサガサって音がした時はびっくりしたけど、野うさぎだったからほっとした。

「なにか、お土産持っていけないかな」

白莉はずっと一人で、どこかに閉じ込められている。だからきっと、外のものには触れられてないと思う

「この花にしよう」

道の途中で生えていた、綺麗な花を摘んで奥へ向かう。しばらく行くと、人が通った跡のような道があった。そこを進むと、少し大きな小屋があった。多分、ここに白莉がいる。


「白莉、いる?」

扉越しに声を掛けてみる。白莉がいるなら、返事があるはず。

「誰?」

少し掠れているけど、掠れていなければきっと綺麗な声なんだろうなって言う声が聞こえた。長い間、声を出してないから、掠れたんだなって。

「私、カヨ。白莉はあれでしょ、お日様が苦手だからここにいるんだよね。あ、扉……開けない方がいいよね? 来る途中でお花摘んできたから渡したいんだけど……」

そう言うと、扉の奥から少しカタカタという音がした。扉を開けようとしてくれているのかも。

「カヨ、そっちからは開けられそう?」

そう言われて、重たい木の扉を動かそうとする。けど、重たくてなかなか動かない。私と白莉では、開けられそうになかった。


「今度奏弥くんとかイセとか連れてこようかな。そしたら扉、開けられそうだし」

白莉と話している感じだと、人を嫌がりそうな子ではないことがわかった。それなら、奏弥くんとイセを連れてきた方が、扉も開けられるしいいかなって思う。

「せっかくお花持ってきてくれたのにごめんね」

「いいよ! 気にしないで! せっかくだから、外に置いておくね」

そう言って、白莉にまた来るねって話した。

白莉は、思っていたよりも普通の女の子だった。だから、なんでこの子がこんな所にいるのかよく理解できなかった。それでも、なんだか嫌な感じはしていた。


数日後に、奏弥くんとイセを連れてここに来た。何とか少し扉を開けてもらって、白莉と話すことが出来た。

白莉は、描いた絵を現実にすることが出来る能力を使える。私や奏弥くんの能力よりも、面白くてすごいなって思ったから、すごいねって言ったら、白莉は少し、嬉しそうに笑っていた。

陽の光が苦手だからっていう理由で、顔を見ることは出来なかったけど、少し距離が近づいたように感じて嬉しかった。

白莉は私たちよりも一つお姉さんだったみたいで、暗闇にひとりぼっちでも、平気だって言っていた。長い間、その空間にいて、絵の動物たちと触れ合っているらしい。別れを告げても、優しい声でまたおいでと言ってくれるだけだった。


私たちは、ほとんど毎日のように集まっては遊んでいた。いつも全員集まれるわけではなかったけど、集まれば、全員で笑いあって楽しく遊ぶ日々だった。そんな日々が、幸せだった。

けど、そんな幸せは続かなかった。大人に近づいていくに連れて、私たちは、全員それぞれにやるべき事を与えられた。奏弥くんやイセは、町に悪さをしてくる妖怪や悪いものを倒すために、厳しい修練をしているみたいで、遊べる日が減ってきた。私も私で、宮代、若草、神崎の傷ついた人達を治療することや家事の手伝いを求められるようになった。

治療を求められた時にお母さんが、他の家の人に、私の能力について説明してくれた。そのおかけで、能力を使った治療よりも、普通に手当をしていることの方が多かった。それでも、塩月家から出て治療をする時は、能力の使用を強要されることが割とあった。お母さんを心配させたくないから黙っているけど、寝る時間まで耐えきって、おやすみって言った後に倒れるように寝るって言うのはよくあることだった。

家には、ボロボロになったイセがよく来ていた。そのおかげでイセにはよく会えたけど、奏弥くんに会うはなかなかなかった。だから、奏弥くんに会うために、こちらから出向いていた。わざわざ迷惑かなって思うこともあったけど、奏弥くんは、一度も私を追い返したりしなかった。少しの時間だけでも、話してくれていた。


「おはよう、奏弥くん」

「あ……おはよう。いつもごめんね、ちょっと支度してくるから」

「大丈夫。今日はすぐ帰らないと行けないから」

そう言うと、奏弥くんは少しキョトンとした顔をしたけど、すぐにそっかと言った。何も言わなくても、こちらの事情を把握しているみたいだった。

「奏弥くんさ、あんまりうちに来ないけど、怪我とかしないの?」

「いや……掠ったりはするけど、塩月家の人に治してもらわないと行けないような怪我はしないかな。しても勝手にカサブタになるくらいの傷ばっかり」

奏弥くんの手や顔を見ても、目立つ傷跡はない。本当のことを言っているんだなって思って、ちょっと安心した。

「よかった。会う機会が少なくなるから、少し寂しくはなるけど、そういう場では会わない方がいいから」

「そうだねぇ。まぁ、怪我しないように、程々に頑張りますね」

そうしてくださいって言ったら奏弥くんは軽く笑っていた。


「カヨの方は? 最近どうなの?」

「最近? 普通に、怪我した人の手当してるよ。まぁ、出来ることはまだ少ないんだけど」

自分の方を聞かれると思ってなくてちょっと戸惑ってしまった。

「手当ってすごいよね。確か、お医者さんみたいなことしてるんだよね」

「いや、本物のお医者様とはまた違うよ。あくまで応急処置みたいな感じ。奏弥くんたちの方が大変でしょ?」

「いやまぁ、そりゃ身の危険的な意味合いで言ったらそうかもだけど……でも、誰かを直接的に助ける力じゃん。治すって。しかも、カヨは能力に頼らなくてもできるからな。すごいよ」


急に褒められてなんだか嬉しくなった。

「誰かを助けたり、守ったりって、何かを傷つけることと引き換えにしかできないものじゃないと思う。治療はそのうちの一つ。俺たちみたいに、武器を持たなくても、カヨは誰かを助ける力を持ってる。ちょっといいなって思うかも」

奏弥くんのそういう顔は、少し悲しげだったように見えた。

「でも、奏弥くんは、町の人達が安心して暮らせるように、悪いやつをやっつけてるんでしょ? そしたら、それも助けてるって事でいいんじゃないの?」

そう言うと奏弥くんは、それもそうかと言って、何故か私が感謝されてしまった。

その日はもう、家事をしないといけなかったから、そこで話を切って帰ってしまった。けど、それからもたまに奏弥くんの家に行って少し話していた。自分勝手な大人だらけな場所にいるよりも、奏弥くんと一緒にいたいと思ったから……。


そうして、私たちがその生活を続けた数年後、彼岸町が飢饉に陥った。原因は、悪い妖怪のせいらしくて、他の家のみんなは、より苦しい戦いを強いられた。奏弥くんも、ほぼ休みなく夜に動き回る日々を送っているみたいで、話す頻度も減ってしまった。私自身も、家にいても能力の使用を強いられるようになってきて、自由な時間が減っていった。

「治療くらいで疲れてるんじゃ、使い物にならねぇよ」

「こっちは現地に赴いてんだから、苦労度合いがちげぇのよ」

そんな陰口が聞こえる。能力の使いすぎで、頭が痛いし体が重い。目の奥は熱くて焼けるみたい。目を瞑ってしまいたい……。

「カヨちゃん、こっちもお願い!」

「……はい、今行きます」


そんな日々が続いて、限界を迎えてしまって倒れた次の日。大人たちが集まって、やけに真剣に話しているところを聞いてしまった。

「して、飢餓の原因というのは」

「ええ、これが、あの日退治した妖の女が、どうやらあのバケモノの子どもだったらしく」

「似ても似つかんだろ」

「まぁまぁ、そのバケモノ曰く、そうなんだから仕方がないだろう。それに怒っているようで」

「結局? どうなったんだ?」

「五年に一度、我らの家系の中から一人子供を生贄として差し出せば、飢餓を解消してくださると」

「子供ですか。まぁ、我ら自身にはそんなに害はないですね。それで、最初の子供は?」

「しばらくはあのバケモノに子供を捧げるための場所作りの期間が必要だ。そのため、後のことも考えて、ギリギリ子供になる最年長のもの達から一人を選ぼうと考えている」

「当然、宮代奏弥様は検討外でしょう。次期当主なのですから」

「それは同意。では? 腐っていても神だろう? うちの出来損ないでもいいが、捧げものにしては醜すぎるか」

「美しさでいくならやはり、カヨでしょうか。白莉様には生きていてもらうだけで利点がありますから、こちらも検討外ですし」

「ならば、そういうことで」


溢れだしそうな言葉を、なんとか抑え込む。両手で口を塞いで、急いで部屋に戻った。息が上がる、目が回る。

お父さんたち、なんて言ってた……? 生贄? 最年長の子どもから一人……? 私たちだ。しかも、選ばれたのは私だ。

「まって……じゃあ私、死ぬの?」

漠然とした恐怖が一斉に襲いかかってくる。怖い、怖い……。悪い夢だって思いたかった。そもそもそんな、生贄なんて、ありえない。そう思っていた。

けど、一週間後くらいから、急に治療を必要とする人が減った。生贄を捧げる場所を作るみたいなことを言っていたから、本当にそれを作り始めたんだと確信した。

「……私、あとどれくらい生きられるんだろう」


いつ死ぬか分からない恐怖感を抱えて、毎日を過ごした。自分が生贄になる話は、誰にも言わなかった。大人たちは知ってるんだろうけど、私が知ってることは知らないだろうから。言ったらめんどくさいだろうし。

奏弥くんたちには、口が裂けても言いたくない。言ったらきっと、反発したり、助けようとしたりするだろうから。最年長の子どもたちから生贄を選ぶなら、どう足掻いても、死ぬのは奏弥くん、イセ、白莉、私の誰か。この中で、誰かが必ず死ななきゃいけないなら、自分が選ばれたことを、幸運に思わなきゃ……そうしなきゃいけないって思い込んだ。


そうして過ごした日々の先、私は遂に、お父さんから、私が生贄になる話を聞かされた。

「カヨ、話し合いの末に、お前を……神様に捧げることに決まったんだ」

「……そっか」

「我々の身勝手なんだ。しかし、これ以上の犠牲は出せない。どうか許して欲しい」

そんなことを言われた。許すとか、許さないとかの話じゃない。何を言っても、何も変わらない。

「わかった」

「神無月。お前を、神無月に神へと捧げる。それまではどうか、生きていてくれ」

心になにかが深く沈んでいく。なんの感覚なのか分からない。海に沈むみたいに、深く深く、暗い奥底に何かが落ちていくような感じがした。私は、お父さんに何を言われても、分かったとしか言わなかった。それ以上の言葉が、でなかった。

気持ちが入り乱れている。私が死ぬ事で、みんなを救えるから、いいんだって気持ちと、死にたくないって言う気持ちがごちゃごちゃになってしまう。それでも、そんなこと言えないから。押さえ込んで、押さえ込んで……。


「ねぇ、奏弥くん」

私が生贄になる年の弥生、奏弥くんの誕生日の前日。久しぶりに奏弥くんの家に来た。

「最近無理しとるやろ? 目の下にクマ、できてる」

寝床から起き上がったばっかりの奏弥くんは、前に見た時よりも余裕がなさそうな顔をしていた。奏弥くんだって、大変だったんだろうな。辛いんだろうな。

「無理は、してないよ。やる事やってるだけ。カヨも、大変でしょ。しばらく会えてなかったね」

それでも、奏弥くんは辛いなんて言わなかった。周りの大人たちなら、きっと辛いって当たり散らしたりするだろうに。

「ううん。夜はちゃんと寝てるし、食べ物もちゃんと食べてる。元気、だよ」

縁側に座って話す私に、どこから来たか分からない猫が近寄ってきた。手を近づけると、甘えるように膝に乗ってきた。もふもふの猫を撫でる。干した布団みたいにあたたかい。


奏弥くんは、私が知っている誰よりも優しい。だからどうか、その優しさを大切にして欲しかった。私が居なくなったあと、世代が変わって、奏弥くんがみんなをまとめるようになっても、ずっと優しい奏弥くんでいて欲しいなって思った。そしたらきっと、私みたいな思いをする人がいなくなるだろうから。

「奏弥くんは、ずっと、そのままの優しい奏弥くんでいてね。誰にでも優しくて、素敵な奏弥くん」

奏弥くんの息が少し止まるような感じがした。何かを、感じとってしまったのかもしれない。

「奏弥くん、明日、お誕生日でしょ? 明日は来れないから、プレゼント、置いておくね」

押し込めている気持ちを察されてしまった気がして、急に怖くなった。変なぼろが出てしまう前に、逃げるように組紐を置いて帰った。

あーあ、誕生日プレゼントなんだから、もっと、ちゃんと、渡せればよかったのに。


そのまま、私が生贄になる当日、神無月を迎えた。

「カヨ、最後は好きなことをしてきなさい。どこで何をしてきてもいいから」

お母さんは、そう言って私の背中を押してくれた。お母さんは、辛そうな笑顔を浮かべていた。お母さんも辛いって思ってくれてるのかなと思うと、少し気が軽くなってしまったように感じた。お母さんは、本当に自分勝手な大人たちとは少し違ったのかなって。私が死ぬことを、辛いと思ってくれている人がいるのかなって。それが、本当のことかも分からないけど、それがせめてもの救いなのかなって思った。


まだお昼よりも随分と早い時間。奏弥くんが寝ている部屋の縁側に座る。寝たままの奏弥くんの顔を見ると、少し可愛く見えて、ちょっと笑みがこぼれた。けど、あまり時間はない。少し可哀想だけど声をかける。奏弥くんはびっくりしたように飛び起きた。

前もって約束なんてしてないから、奏弥くんがお昼から用事だったらどうしようって思ったけど、大丈夫そうで安心した。行きたいところも決まっている。

準備が終わって出てきた奏弥くんの手を引いて目的地に向かっていく。どこに行くのって聞かれてもあえて答えない。着いた時の反応が見てみたかったし、この今の感じもなんか少し楽しいから、あえてそのままにした。


「海……?」

奏弥くんを連れていった先は海。奏弥くんは、遠くの水平線を見ている。山の中では見ることの出来ない景色で、果てしない感じの開放感とかが、私たちにとっては新鮮。

「カヨは海好きなんだっけ?」

「そうやね。貝殻綺麗、空も海もすごく綺麗。夜に近寄れんところは難点やけど、いつでも爽やかで、すごく好き」

私自身は海に何回か来たことがあるけど、頻繁に来れるわけではなかった。けど、海が好きという気持ちは、小さい時からあるものだった。


「ねぇ、覚えとる? 昔、二人で野うさぎ探しに行こうって言って山の中で迷子になったの」

「あぁ。あったねそういうの! 結局野うさぎもみつからなくてさ」

「そうそう。奏弥くん迷子だどうしようって泣いちゃってたよね?」

「あぁ……忘れてください……」

「なんでよ! いい思い出やん!」

二人で浜辺を歩きながら思い出話をしていた。懐かしいな、走馬灯ってこんな感じなのかななんて思いながら、奏弥くんと話を続ける。奏弥くんも、ちゃんと覚えていてくれてる思い出が多い。少し、嬉しかった。

奏弥くんが少し不器用そうに笑ってくれる顔を見ながら、首に下げているペンダントを外す。これは、イセからもらった大切なものであって、私が私であるために必要なもの。けど、もう死ぬ私には、必要のないもの。


「ねぇ、奏弥くん。これ受け取って欲しいんだ」

「でも、これはカヨの大切なものでしょ? しかも、たしかイセに貰ったんじゃ……」

奏弥くんが戸惑っている。そうだろうなとは思うけど、どうしても受けとっておいて欲しかった。

「そうよ。イセから貰った、大切なペンダント。でもこれ、奏弥くんに持ってて欲しいんだ。だって、これは、何かあった時に、奏弥くんを守ってくれるお守りになるかもしれんから」

そう言って説得すると、奏弥くんはペンダントを受け取ってくれた。


「じゃあ、受け取っておくね。でも、いつか返すかも」

「なんで?」

「カヨが、いつか必要になるかもしれないでしょ? その時まで、俺が大切にしておく」

……奏弥くんは、私が今日死ぬことを知らない。だから、私にいつかがあると思っている。私にはもう、いつかなんてない。海を見るのも、このペンダントに触れるのも、奏弥くんの顔を見るのも、今日で全部おしまい。

奏弥くんは何も知らないでいてくれたらいい。明日からの日常を、幸せに生きてくれたらいいな……なんて考えながら、そっかって言った。


「帰ろう。家に戻るまで時間がかかるけん、そろそろ戻らないと、お父さんたち怒ってしまうかもしれんから」

名残惜しいけど、そろそろ戻らないといけなかった。だから、奏弥くんよりも先に歩いて、砂浜から去る。海をしっかりと目に焼き付けてから、それからはもう、振り返らないで。辛くなってしまう、辛くなってしまうから。

そうして歩いていると、いきなり後ろから手を引かれた。

「え?」

……違う。奏弥くんが、手を繋いでくれているんだ。

「行きがけ、俺の手を引いてくれたから。……ちょっと、カッコつけ」

「……なんなん、それは」

ずるいなぁ、これが最後なのに。最初で、最後なのに。名残惜しくなっちゃう。どうしよう、嫌なのに泣いてしまう。

「奏弥くんがカッコつけるなんて、どうしたんよ、似合わないなぁ」

笑わないと。

「まぁいいや! 思い出話の続きでもしようよ。あの日……」

気持ちを必死に誤魔化して、涙を笑いすぎたってことにして、奏弥くん、お願いだから悲しそうな顔をしないで……。


二人で歩く、最後の帰り道。この愛おしい時間は、すぐに終わりを迎えてしまう。

「付き合ってくれてありがとう、奏弥くん。じゃあね」

「……じゃあね」

奏弥くんが行ってしまう。私の人生が、終わっていく。でも、振り返らない。

「……私が、私がみんなのために言わないって決めたから。奏弥くん、お願いだから幸せになってね。みんなのこと、よろしくね」


見た目が綺麗に整えられる。綺麗な着物、綺麗な髪飾りを着けて、まるでお嫁さんみたい。

鈴の音とともに、石の階段を上がっていく。たくさんの大人たちに連れられて。

訳が分からないお経みたいなのを大人が読み上げている。灯篭の火が揺れている。

後ろで手を結ばれた私は、大きな祠の中に閉じ込められる。あぁ、白莉ってこういう気持ちだったのかなって今なら少し分かるかもしれない。私の人生はこれで終わる。それでも、かえって冷静になってしまった。


「ほぉん。ガキっつったけど、デケェじゃん。ちょうど娘と同じくらいか」

祠の奥に、ひとつめの、大きな何かがいる。変な声が出そうになるのをグッて抑えた。叫んだりしたら駄目な気がして。

「……あなたが、彼岸町を飢饉に陥れた神様?」

「なんだよ、人を悪者みたいに。まぁでもお前からしたらそうか。おう、そうだよ。俺がその神様だよ」

人間の言葉は通じるらしい。生きる時間を引き伸ばすわけじゃない。けど、聞けること、話せることがあるなら聞いておきたかった。

「なんで、飢饉に陥れたりしたの?」

「なんでってそりゃお前、他人の娘殺しといて言うか? まぁ俺は人じゃないけどさぁ」

「娘……」

「あぁ、さっきのやつらの中にいたな。あいつらだよ、あいつらが娘を殺したんだわ」

「その復讐として、私を殺すの?」

「ダセェ言い方すんなよ。人が小物みたいじゃねぇか」

背中に、鋭い痛みがする。なにか刺さったみたいな。


「俺の娘さ、死体に矢が四本、後は滅多刺しだったんだわ。どう? 痛い?」

普通に会話するように、痛いかどうかを聞かれた。痛いに決まっているのも、この化け物には分からないのかな。

「……痛い」

「あっそう。可哀想な娘」

背中にまた鋭い痛みがした。三回、なにかが突き刺さる。手を縛られているから何が刺さったのかは分からないけど、ドクドクとそこから血が流れていることは分かる。痛さで声が漏れる。


「娘はさぁ、朱花っていうんだわ。赤い花が好きなやつでさ、人間に酷いことされまくっても、最後は人間と仲良くなれたらって言ってたらしいの。どうしてくれんだろうな」

化け物は、普通に話を続ける。背中に何かを刺したのは、絶対この化け物なのに、なんとも思ってないみたい。

「……なんで、こうなっちゃったんだろう。なんで、お父さんたちは、大人たちは、こんなに身勝手なんだろう。娘さんも、神様も、多分何も悪くないのに」

「そりゃ、こっちが聞きてぇわ。つか、口数多いわ。うるさ」

お腹に何かが突き刺さる。刃物みたいに鋭いけど、気持ち悪い。体の中に入ってくるみたいで、ウゾウゾと動いているみたいで……。

「中身、掻き回してみてんだけどどう? 滅多刺しはダリィのよ」

生ぬるい感覚が全身を覆っていく。痛みで体が跳ねる度に、ビシャビシャっていう音が鳴る。血、自分の血の音だ。内蔵が掻き回されるグチャグチャという音と血が跳ねる音が聞こえる。気持ち悪すぎて悲鳴もあげられない。


「人間って脆いよな、ほんと。アイツら、自分の子どもがこんなんなっても、痛くも痒くもないんだろうな。クズが」

神様の声が聞こえる。痛みでもう、感覚がない。

目の前に、自分の腕が見える。自分にくっついているはずのそれは、人形の腕みたいにそこに落ちていた。

「お、なんか来てるわ。雅之、バラバラのそいつ繋げといて。死体使えるかもじゃん」

奥から足音がする。逆に神様は遠ざかっていく。


……短い人生だった。

痛くて辛くてしょうがなくて。でも、声も出なくて、何も出来なくて。こんな目に遭うのが自分で良かったって無理やり言い聞かせるしかなくて。それでも、それでも、私は弱いから。


もっと……一緒にいたかったなぁ



***



「白城高校から来ました、歌田兎夜です! えっと……好きなことは歌うことです、よろしくお願いします」

兎夜くんがそういった時に、その記憶全てが蘇った。鮮明に、残酷に。痛みも苦しみも苦味も、少し甘酸っぱいような思いも全て。


初めてなのに、初めて会ったわけじゃない。この時を、ずっと待っていたみたいに、頭の中に流れた記憶と、今の状況が、綺麗に繋がっていく。綺麗にリボンが結ばれるみたいに、組紐が編まれていくみたいに。


過去を生きた私と、今を生きる私の気持ちがごちゃ混ぜになる。それでも、歌田くん……いや、とやまると関わる事に、奏弥くんとは別の人だという認識に変わっていった。それでも、私が彼に抱く感情は、カヨが奏弥くんに向けていたものと同じだった。カヨは奏弥くんに、私はとやまるに。四百年経っても、別の人になっても、変わらない。


私はカヨじゃない。でも、カヨの分も、今の思いを大事にしたい。感じられなかった温もりも、支えられなかった背中も、全て、自分の手で触れていたい。


とやまるが私のことをどう思っているかなんてわからない。いつか、誤魔化さないで伝える日が来るのかもしれない。

その先のことなんてわからない。けど、どうなったって、私は、全てのことを受け入れる。

「生きているって、きっとそういうことだから」

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