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神無月の守護者 〜2nd season〜  作者: なまこ
弥生
42/54

弥生(1)

卒業式も無事に行われた後の三月、三年生が居た下の階はがらんとしている。

二年生の俺達には、関係ない感じで、普通に授業が進んでいく。もうすぐ最高学年だ、受験生だって。いつもみたく、クラスメイト達は話半分で先生の話を聞いている。

そんな平和な風景を、曇り始めている空を横目に見ていた。黒い雲の隙間から、たまに、赤い光がピカピカと光っている。光っては、ゴロゴロと音がする。雷みたいだった。


「おい、雷鳴りだしてるじゃん」

「最悪、まじで帰りまで雨降らないで欲しい」

クラスメイトが小声で話している。……違う、あれは、ただの雷なんかじゃない。

……もう、始まるんだ。


七時間授業の今日、帰りのホームルームの途中で、夕暮れの放送が鳴り響く。夕暮れを告げるそれが、今日は別の物に聞こえた。右腕に付けているリストバンドを見る。目を瞑って、神経を集中させた。

深呼吸してから、日直の合図で立ち上がる。雑な挨拶を終えると、俺はすぐに荷物をまとめた。鞄のチャックを締め終わるのとほぼ同時くらいに華代とひなみが俺のところに来た。


「とやまる、これ……そういう事よね」

「うん、間違いない。邪神様の娘が動きだしてる」

雷みたいな音は、まだ止まない。普通のクラスメイトの子たちは、なんの違和感も覚えないような顔をして、帰ったり、部活に向かったりしている。本当に、何も分からないんだ。

「みんな、なんにも気が付かないんだね。わっち達だけなんだ、気がついてるの」

「そうみたいだね」

そう言って、鞄を持つ。こんなの、置いていきたいんだけど、流石に置いて帰る訳には行かないから……。

「二人とも、俺、ちょっと行ってくる」

「……うん。私、後で行くから。私が追いつくまで、頑張っててね」

「んふー、なんか別のところがやばいなってなったらわっちに任せてね! 大ボスは、兎夜に頼むよ!」

二人の言葉を聞いて、頷く。

「ありがとう。じゃあ、また」

そういって俺は、教室から出た。


薄暗い階段を降りて、昇降口へ。ローファーが少し砂埃を被っている。つま先を地面にトントンとして、歩き始める。同じ制服の人達が、周りにいなくなるまで。平然な顔をして、何の変哲もない、日常を過ごすみたいに。

通学路をしばらく歩いていると、同じ制服を着ている人が居なくなった。そこから、走って行こうと思ったけど、あえて、本当に人が居なくなるところまで歩いた。


山の入口。あまり人目につかないけど、道は、人が通れる程度に手入れされている。神無月のあの日、目印に使った道だ。

薄暗い山道を登っていく。神無月の時は、今歩いている道を頼りに、けもの道の方を通って行ったから、人工的な道を通れるだけ少しマシな気持ちになる。

道を進むと、古びた石造りの階段が現れた。正面から見ると、こんなに威圧感のあるものなのかと少し圧倒される。階段の端にある、苔が生えている石の灯篭の下に、鞄を置く。持っていったら、純粋に邪魔だ。置くと、ボスンという音が鳴る。肩から荷物を下ろして身軽にはなったけど、対称に、気は張った。残ったままの水筒の水を飲み干す。

「……行こう」

一人でぼそっとそう呟くなり、やけに大きく長く見える階段を登り始めた。


トントンと階段を上がっていく。轟く雷鳴と、風の音が、いかにもって感じで不気味。登っても登っても上にあがっている自信がない。数えていないから分からないけど、多分四十段は登ったと思う。後ろを振り返ると、彼岸町が見えた。町一つ終わるってなんだろう。何をするつもりなんだろう。そんなことを考えながら前を向くと、そこには、さっきまでとは違う光景が広がっていた。

「どういうことだ……?」

先が長く感じられていた階段は、あと五段で終わりになっていた。訳が分からなくて階段を駆け上がる。駆け上がった先には、ボロボロになった鳥居が大量に並んでいる道が出来ていた。

「こんなん、なかったでしょ今まで」

鳥居の間に、崩れた鳥居や地蔵が転がっている。もう、雰囲気がもはやホラー映画って感じ。でも、この先には間違いなく、邪神様の娘がいることはわかる。息を飲んで、鳥居の群れの中を進んでいく。たどり着いたその先には、森の中にポッカリ穴が空いたみたいに開けた場所があって、そこに、朽ちた神社が佇んでいた。


「ようこそ、朱花たちのお家へ」

神社の前、石畳の道の上に、正座している女の子がいる。黒くて少しだけ伸びている髪を、一つに束ねていて、巫女服みたいなものを着ている女の子。服装は少し違うけど、俺はこの女の子に見覚えがある。

「学校にいた……女子生徒」

俺がそう言うと、女子生徒、いや、邪神様の娘は、正座で、目を瞑ったまま話し始めた。


「分かったんだ、まぁいいや。待ってたよ、守護者。英雄気取りの、人間」

「……出会ってすぐに、すごく嫌な言い方するんですね」

「する。だって朱花、人間嫌いだもん」

邪神様の娘は、どうやら朱花っていうらしい。俺が銃を出さずに朱花を見ていると、朱花は下を向いて、ゆっくりと立ち上がった。

「四百年前、私は、あなた達に殺された。そして、神無月に、朱花のパッパは、殺された。あなた達に殺された」

四百年前のことも、邪神様を殺してしまったことも、事実だ。言い返しはできない。

「だから、朱花は、許さない。あなた達を、この町の人間を、絶対に、許さない」

そういうと、朱花は目を開けてこちらを見た。やっぱりあの女子生徒の目だ。


「俺は……大切な人を守るために、邪神様を殺した。恨みを買うのも、当然だ」

「じゃあ、死んでよ」

「それは、できない」

朱花の虚ろな目が、こちらを見ている。

「俺にも、守らなきゃいけないものはある。そして、俺は、俺として生きて、俺としてやるべきことがある。だから、死ねない」

空気が張り詰める。

「なら……」

朱花が、二、三歩後ろに下がる。俺も下がって、右手首のリストバンドに、左手を添えた。


「朱花が、殺してあげる」


朱花がそう言うと、朱花のスカートから、邪神様と同じような触手が出てきて、俺を叩きつけようとした。それを見て俺は、瞬間でリストバンドを銃に変える。走って避けて、触手に当たるように銃を撃った。でもそれは、くねくねと避けられてしまった。

攻撃の仕方は邪神様と同じ。だけど、若干スピードが早いかもしれない。その変わり、一撃の重みは邪神様よりも軽そうに見える。恨みの念が籠った目がこちらを見ている。邪神様とは違う重圧感だ。


朱花が、スカートをひらつかせるようにクルリと回る。スカートの中から触手が出てきて、それがまた俺を叩きつけようとする。距離を詰めれば、なんとか攻撃は当たりそうだ。

「あはは、楽しいかな? 死んでくれたら、朱花もっと楽しいんだけど」

「そうですか、じゃあ、楽しくは出来ないね」

石の灯篭をひとつ犠牲に、攻撃を防ぐ。邪神様より一撃は軽そうだと言ったって、石の灯篭を壊す威力はある。当たったら痛いで済むか分からない。

砕け散った灯篭の破片が、地面に着く前に、一瞬宙に浮く。まるで、ワイヤーで吊るされたみたいだと思った次の瞬間、こっちに飛んできて、頬を掠めた。邪神様はこんな攻撃してこなかったはず。娘とはいえ、全部一緒ってわけじゃないのか。朱花を見ると、手元で糸を引くような動きをしていた。爪先から糸が出ているように見えなくもない。まるで、蜘蛛みたいな。


一個手前の灯篭の影に移って、朱花の手元を撃つ。手には当たらなかったものの、糸は切れたらしい。

「糸、切れちゃった」

朱花がぽつんと呟いて、少し隙を見せた。それを突いて一気に距離を詰め、銃口を朱花の脳天に向ける。朱花は、ボーッと俺を見て、反撃してこなかった。体感で、リロードが終わったのがわかる。引き金を引けば、確実にダメージが入るはず。けど、何故か引き金が引けなかった。


「ねぇ、守護者。後ろ、見てみて。町がどうなってるか、分かる?」

後ろを振り返った隙に、攻撃されるかもしれないと思うと、軽率には振り返れない。けど、朱花は、目をそらさない俺を見て、へにゃっと笑うと、俺より先の風景に目を移した。唾を飲んで、恐る恐る振り返る。

「……なんだ、あれ」

彼岸町に、ふたつの大きな赤い彼岸花が咲いている。地面から、どこかを起点に、花だけが咲いている。まるで、大きな龍の骨が、地面から飛び出しているようにも見える。半透明のそれは、大きく開いていて、現実とは思えない光景だった。

「彼岸花、きれいでしょ? あれが閉じて、もう一回開くと、町は火の海だよ」

「なんでいちいち町の人まで巻き込もうとする?」

朱花の方を見てそう聞くと、朱花はへにゃっと笑ったまま答えた。

「だって、朱花を殺したのは、町のみんなだったから」

町のみんなに殺された? どういうことだ?


「ねぇ、足元見て? きれいでしょ?」

ハッとして足元を見る。大量の彼岸花が咲いている。これは、爆発するやつか……!

急いで距離をとる。朱花はそこに立ったままで、一歩も動かなければ、目線を変えることもない。俺は警戒して、爆発に備えたけど、その彼岸花が爆発することはなかった。

「きれいでしょ? って聞いただけなのに」

……爆発しない? 次の瞬間、彼岸花は、神社全域に広がった。彼岸花と朱花が、風に吹かれている。

「烈花、彼岸花。咲いている花は、朱花が好きな花。残り二つの彼岸花にも、中心から二人の花が咲いてるよ」

「二人……シグマとあの狼の……」

辺りを見渡すと、あの大きな彼岸花は、あの二つだけじゃなくて、俺がいるここにも咲いているみたいだった。

「三つあるよ。ひとつでも残ったら、ドッカーン。ねぇ、守護者。どうする?」

三つ。俺がどれだけ早くこの花を壊せたとしても、残り二つに行くには距離があって、とてもじゃないけど、間に合わない。一人では無理だ。そう、一人でなら。


「俺は……ここを止める」

朱花に銃口を向ける。朱花はそれでも、表情を変えなかった。

「止めるまで、生きてたらいいね」

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