幕間 若草
二月半ば、時計はもうすぐ深夜の一時になろうとしている。そんな寒い日の深夜、柚希の部屋に、一人の少女が現れた。
「家に、私みたいな人が出ても、驚かないんですね」
少し冷たい畳の上に、海響高校の制服を着た少女が立っている。机の椅子に座ったままの柚希は、冷静な顔をしたまま、その少女を見た。
「突然ごめんなさい、若草柚希先輩。私は、姫野桃音です」
柚希は、自分の手元にさりげなく紙と筆を置いた。
「随分と穏やかだけど、ただの後輩ってわけじゃないでしょ? こんな夜中に、なんの用かな」
部屋の電気は落とされていて、机のライトだけ着いている。薄暗い部屋に、緊張が走っていた。
「柚希先輩に……お話があります」
桃音がそう言うと、カチカチと鳴っていた時計の音が止まる。まるで、時間が止まったみたいに。
「これから、柚希先輩に伝えることは、全て事実です」
桃音の声が聞こえたと思うと、意識がないわけではないのに、柚希の目の前が真っ暗になった。そしてすぐに、なにかの映像が頭の中に流れ始めた。まるで、ひとつの映画を、一人称視点出みているような感覚。内容は約十数年分あるはずにも関わらず、その時間は、ほんの一瞬であった。
「これって……」
柚希は、片手で頭を抱える。まだ、現実と映像との区別が曖昧な状態。
桃音は、そんな柚希に、自分が見せた記録の解説を始める。
「若草白莉。あなたの、前世にあたる人です。すごく綺麗な方ですよ」
記録の中のその人は、白い髪に白い肌、そして誰よりも豪華な着物を着ていた。柚希とは少し違うけれども、顔は本人そのものだった。
「絵……私の絵にそっくりだった。それが、何よりの証明かもね」
目を瞑って情報を整理する柚希を、桃音は表情ひとつ変えずに見守っていた。
「前世……か。つまり、私たちがあの神無月の日に、色々と苦労をすることは必然だったってことかな」
「必然……どうなんでしょう。でも、これまでも、たくさんの御三家の方が抗うこともできず、犠牲になっていってますから。抗える力を持って生まれてきたこと、それを考慮すると、必然になるのかもしれませんね」
桃音は、うっすらと笑みを浮かべている。暗い部屋のせいで少し不気味に見えるが、その顔に、悪意はない。
「柚希先輩は、今、この町がどのような状況かはご存知ですかね?」
「うん、知ってる。邪神様の娘が復讐しようとしてるんだよね。妖怪二人と一緒に」
「ご存知だったんですね」
「うん、ちょうど、兎夜くんから話を聞くことがあったから」
しばらく柚希は黙ったまま、少し呼吸を整えた。胸元を少し抑えると、ゆっくりと目を開けて、桃音を見た。
「……ありがとう、桃音ちゃん。私たちにはきっと、それぞれにやることがあって、それを成してくれって、事なんでしょう?」
そういうと、桃音は始めて笑顔が崩れて、少し驚いたような顔をする。
「そこまで、分かるんですね」
柚希は、一呼吸おいて話し始める。
「……私は、みんなよりひとつお姉さんだからね。それくらい覚悟決まってないと、つとまらないでしょ?」
それを聞くと、先程までよりも少し優しい顔で桃音は笑った。
「かっこいいですね」
「ううん、所詮は、そうやって自分を鼓舞してるだけだよ。桃音ちゃんも、ありがとうね」
柚希がそういうと、桃音は丁寧にお辞儀をして、柚希の部屋から出ていった。
部屋の時計は、一時半を指そうとしている。柚希はそれを見ると、そのまま机に突っ伏した。
「……それぞれにやること、ね。でも、私たちがやることは……あぁ、私はまた、少し彼に酷なことを言わないといけないかもしれないなぁ」
そう呟くと、そのまま柚希は目を閉じた。