如月(7)
気がつけばもう、三月になる。やっぱり、神無月を迎えるときと少し心境が似ている。
邪神様の娘によって、三月に、彼岸町は終わるらしい。具体的に何日なんてのも分からない。世界滅亡の予言が流行っている世の中にいる気分だった。
ここの所、精神的に来るようなことが続いた。今からだって、きっとまた、辛いことが待ってる。
そんなことを思うと、今見ている教室の風景が、少し愛おしく思えた。
「とやまるさん、とやまるさん」
「おっ? なんですか?」
「ちょっと遅くなっちゃった、バレンタインです!」
バレンタイン。不意打ちを食らってビックリしている。そうだ、二月じゃん。二月って言ったらバレンタインだったな。全然頭からすっぽ抜けていた。
……うん、やっぱり、今年はイベント事が頭から全部抜けている気がする。
「バレンタイン? ありがとうございます!」
「大した物は作ってないんやけど。ちょっと頑張っていっぱい作ってみたわ。あ、いっぱい作っといてなんやけど、早めに食べてね? 生もの、日持ちせんから」
今開けてしまうと、帰りに崩れてしまう気がして、とりあえず今はカバンの中に丁寧にしまっておいた。
「ねぇ、とやまる」
少し改まったような感じで、華代が俺を呼ぶ。表情は柔らかいままだった。
「ちょっと、緊張する?」
「もうすぐ三月だから?」
「うん。やっぱり少し、怖いよねって」
言ってしまえば、俺が失敗すれば、今度は町一つなくなる。誰も彼もが犠牲だ。けど、単位が大きすぎて、少し実感が湧きづらいこともあった。
「いや、正直、確実にあなたを失うかもって時の方が、怖かったかな」
言ってしまってハッとする。なんか、すっごいキザみたいなこと言ってしまった気がする。やってしまったと思ったら、隣で華代はニヤニヤしていた。
「ふーん、そうですか」
いじってやろうという顔をしていたけど、特にいじってくることはなかった。
「まぁ、たしかに、単位が大きすぎて、わからないよね。まぁでも、今回の役目は」
「負の連鎖を断ち切ること……だしね。それが結果的に、みんなを守ることに繋がるから、守護者……なんだよね」
そういうと、華代は、笑っていた。
「なんだ、すっごく緊張してるなって思ったのに、覚悟決まってる顔と見間違えてしまったみたいやね」
華代は、一息ついてから、意志のある、強い笑顔を見せた。
「とやまるが忘れちゃいかんのは、自分一人で背負い込まないってこと。多分、私以外にも、とやまるがすることを知ってる人はいる。みんな、支えてくれる。絶対に、一人だけで立ち向かおうとしないこと。わかった?」
一人で抱え込まない……そうだね。俺がずっと、一人で抱え込もうとしていたから、それをずっと華代は気遣ってくれているんだ。
「大丈夫。いろいろ、俺もわかったから。危険なところには巻き込めないけど、全部、一人で抱え込もうとはしないよ」
そういうと、華代は、ちょっと安心したような顔をした。
「そっか、ほんとうに大丈夫そう。じゃ、さくっと町一つ……ううん、目に映る世界、救っちゃおっか」
なんの変哲のない、日常的な教室でのワンシーン。それに不似合いな言葉が並んでいる。なんでだろう、少し、可笑しい。
「なんか、ほんとうに世界が終わるみたいだね」
「終わらないよ。だって、とやまるっていうヒーローがいるからね」
「そっか……ヒーローか。カッコよすぎだろ、それは」
そんなに、かっこいいものじゃない。悪を倒して正義を語るような、そんな、正義の味方のお話なんかじゃない。
俺は、きっと、正義や悪なんて言葉じゃ片付かない、そんな、運命を、定めることになるんだ。
その日、家に帰ってから、自分の夕飯の量を減らして、華代にもらったお菓子を食べていた。カップケーキと、トリュフがセットで入っている。今まで何回か、華代の手作りのお菓子を食べたことがあるけど、今日のは特別に美味しかった気がする。
自分がしたこと、ずっと昔の自分がしたこと、この先に自分がしたいこと。全てが重なり合って、今ができている。なんでか分からないけど、あまり、緊張や恐怖は自覚できなかった。
「じゃあ、俺、頑張ってくるから。見ててよね、滋俊」
そういうと、どこかから、それでいいっていう声が聞こえた気がした。
……時は、満ちた。