如月(5)
ひなみと雷斗を助けた後、俺たちは普通に洞窟を抜けて、家に帰った。家に帰りつく頃には朝方で、もう学校に行かないといけない時間だった。
どうにかこうにか支度をして、学校にたどり着いたはいいものの、普通の学校生活に戻るには、余韻というかなんというか……そういうものが抜けきらない状態だった。
「どうしたん。なんかまた疲れたような顔して」
「よ、夜通しゲームしてました」
ひなみのことが絡むから、話すなら、ひなみからの方がいいと思って、黙っておいた。隠し事はよくないって分かってるけど、なんでも話しすぎるのも違う。
ここのさじ加減は、とても難しい。
それから三日間、ひなみは、連絡をしてくることもなく、学校を休み続けた。華代が心配してメッセージを送っているらしいけど、見てすらいないらしい。
「ひなみちゃん、どうしたっちゃろう。体調悪いんかな」
「まぁ……たしかに普通ではないよね」
あんなことの後だし、体調が良くないだけで来てないとは考えづらい。落ち込んでたりするのかな。ちょっと心配になってきた。
「俺、ちょっと帰りに様子見に行ってくる」
「様子って、雷斗ん家行くってこと?」
「あ〜、そうなるね」
「あ、じゃああれよ、雷斗ん家は裏口から入らなダメよ。雷斗のお父さん、すっごく厳しいから」
そういえば、そんな話を聞いたことがある。そもそも、雷斗が一人だけ離れみたいな所に部屋を作っているのは、お父さんに反発してるからなんだっけ。
「わかった。じゃあひなみのことは任せて」
日中、適当に学校の授業を受け流して、放課後を迎える。今日の学校はすごく長く感じた。
「学校から直で雷斗の家行ったことないやろ? この道通って行ったら近道やけん、そこ通って行きね」
華代が、丁寧に道案内をしてくれた。
「ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「はーい! ひなみちゃんたちによろしくね!」
華代は、分かれ道の分岐点で、小さく上品に手を振っていた。
山葉高校から歩いて約四十分。見覚えのある、大きな家が見えた。
「神崎家……」
どうしても、記憶の中にあるイセの屋敷のイメージと重なる。あの記憶のイメージに比べれば、もちろん現代的なんだけど、土地の大きさは、多分昔と変わっていない。もし、イセが閉じ込められていた牢屋の跡が残っていたらなんか嫌だな。多分それを見るほど神崎家に入り込むことはないだろうけど。
「よぉ、なにしてんだよ」
「あ……」
神崎家をまじまじと見ていると、いつの間にか、学校から帰ってきたであろう雷斗が横に立っていた。過去と今を重ねすぎて、周りの状況まで見えてなかった。さすがに変な感傷に浸りすぎたな。反省、反省。
「お前の目的、ひなみだろ? あがってけよ。ずっとしょげてるから」
雷斗はそういうと、親指を立てて、雷斗の斜め後ろにある家を指した。
「なんで何も言ってないのにわかるんですか……」
「普通に考えれば分かることだろ。ほら、行くぞ」
言われるがままに、雷斗について行って、家にあがらせてもらった。
「てか、雷斗は普通に学校行けてるんだ。体、大丈夫なの?」
「正直大丈夫じゃねぇ。今でも心臓が痛てぇ」
「え、じゃあなんで学校行ってんの」
「なんでって……そりゃ、ひなみが心配するから」
雷斗はそういった後、ハッとしたような顔をして、ひなみには内緒な、という動きをした。
木でできた階段を登ると、少し古い感じのドアノブが着いた扉を雷斗が開けた。古い扉特有の、キイィという音が鳴る。
「ただいま」
「おかえり。おや、後ろにいるのは」
「おじゃまします……あ! 雅之!」
「やぁ、兎夜くん。先日はありがとうね」
窓の縁に、カッコイイ感じで座っている雅之がいる。制服姿ってことは、多分今人間に化けてくれているんだろう。俺が、普通にしていても見えるように。
「ん? なんだ。お前らなんかあったのか?」
雷斗が俺と雅之の顔を交互にキョロキョロとみている。
「呵呵、なんでもないさ。ほら、せっかく家に客人をあげたんだから、少しもてなしたらどうだい?」
「あぁ……あ、いや、夕飯前だろ。お菓子出したらさすがに腹膨れすぎる。ちょっと待ってろ、飲みもの取ってくるから」
雷斗はそういうと、部屋から出ていった。
「雅之、あの」
俺があの後のことを聞こうとすると、雅之は首を横に振った後、人差し指を口元に当てて、微笑んでいた。内緒にしていてくれってことなんだろう。この部屋のどこかにひなみがいることも考慮して、手でオッケーとサインを返す。
あの日、部屋に帰った時には、雅之はもう部屋にいなかった。窓が開きっぱなしになっていたから、多分そこから出ていったんだろうけど……。雅之もだいぶやばい状態だったから、誰もいない時にいつか聞けたらいいなって思った。今も、無理してないといいんだけど。
「すまん、少し遅くなった」
雷斗は、お盆にオレンジジュースらしきもの入れたコップ三つと、コーヒーカップ一つを乗せて持ってきた。
「おや、僕のだけ珈琲にしたんだね。というか、僕のは大丈夫だったのに。わざわざありがとうね」
「そりゃ、部屋にいる全員分の持ってくるのは当然だろ。な、ひなみ」
雷斗がそう言うと、雷斗の部屋にある押し入れの襖がススーッと少しだけ開いた。
「あ、ひなみそこにいるんだ!」
ひなみは、手だけ伸ばして雷斗からオレンジジュースをもらうと、ピシャッと襖を閉めてしまった。
「……まぁ、ひなみはこんな感じだ。ずっと押し入れに引きこもって出てこない。無理やり開けるのは、ちょっとあれだろ?」
「なるほど、これで学校来てなかったのか……」
襖に近づくだけじゃ、ひなみは何も反応しなかった。どうしてこうなったのか、本人の口から聞けるのが一番いい。話しかけて返事をしてくれるか分からないけど、とりあえず、話してみようって思った。
「ひなみ、元気?」
襖をノックして声を掛ける。すると、少し中からゴソゴソっていう音が聞こえた。
「……元気」
押し入れの中から、拗ねたような声の返事が帰ってきた。拗ねてるわけじゃないとは思うけど。
「どうしたの? ちょっと疲れた?」
「ううん、違う」
そういうと、ひなみは少し間を開けて、ぽつんと呟いた。
「……わっちは、みんなのこと傷つけちゃった」
雷斗と顔を見合わせる。二人ともまた襖に目を向けた。
「みんなのこと傷つけちゃったのに、平気な顔で一緒にいるなんて、出来ない。みんなといたら、また傷つけちゃうんじゃないかって怖くなっちゃうし、この事知らない子も、こんなことしたって分かったら、わっちのこと許してくれないと思う」
少し、震えるような声でひなみはそう話してくれた。俺は、正直ひなみに対して悪い気持ちなんてない。たしかに、ひなみが雷斗や雅之を攻撃したって言うのは最初に聞いた時はびっくりした。でも、だからって許せないなんて思わなかった。
「俺は、なんてないけどな……」
そう言っても、ひなみは何も返事をしなかった。
なんとかして、ひなみを安心させることが出来たらいいんだけど……。
そんなことを悩んでいると、急に雷斗が伸びをした。
「おい、兎夜。お前昔、友達の家で遊んだことってあるか?」
「あるよ? どうしたの、そんな急に」
雷斗は少しニヤッとすると、机の所にある棚の奥から、少し懐かしいゲーム機を取りだした。
「テレビに繋いでやるやつだ。まぁ、こんな状況だけどせっかくだ。たまには高校生らしいことしてみようぜ」
そういうと、ゲームのソフトが入ったパッケージを、トランプみたいに三つ広げて見せてきた。
「うわっ、懐かしい! やったやったこれ! やっぱみんな持ってるよね!」
高校生らしいというよりは、小学生らしいかもしれない。でも、なんとなく、雷斗の意図がわかった気がする。
「よし! じゃあまずこれな。友達とやるっつったらこれだろ!」
そう言って雷斗が指定してきたのは、俺たちが小学生くらいの時に流行った格闘ゲームだった。俺たちの世代で、多分これを知らない人はいないと思う。
「おっ、それか……それで俺に勝負を挑むってことは、かなり自信があるようですね?」
二人で、色違いのリモコンを持って、モニターの前に座って画面を見る。だいぶ懐かしい感じがする。
このゲームは、基本誰とやっても盛り上がるやつで、割と人数がいた方が面白いやつでもある。二人でも十分なんだけど。雷斗が自分からこれを指定してくるってことは、多分相当強いはず。なら、俺も全力で……。
開始の合図がなって、白熱するバトルと繰り広げて、結構盛り上がる。……って思っていたんだけど。
「うわクソ、ぜんっぜん勝てねぇ!」
五戦五勝。びっくりするほど、雷斗が弱かった。
「ガード使ったら強くなるんじゃない? あとなんか、もうちょっと引きの時間作ってみるとか」
「ガード? 馬鹿言え、攻撃こそ最大の防御だろ。あとあれだ、その……普通にやり方がわからん」
そう言われてよく見て見たら、このパッケージ、あまり使われた形跡がない。もしかして、あんまりやってなかった?
「雷斗、これあんまりやったことないでしょ? それか、体感で行けると思ってる?」
「正直、自分で動いた方が早いと思ったことはある」
「こーれだから超人は」
「お前も似たようなもんだろ」
「いや……雷斗ほどではないかな」
そういうと、雷斗はゲームをホーム画面に切り替えて、次のソフトを指定してきた。
「じゃあこれだ! これはそこそこやった。大輝にも勝ってたし」
有名なキャラクターたちがカーレースするゲーム。これまた流行ったやつだ。俺もやった事はあるけど、やりこんだ記憶はない。
「おっ、いいですよ、やりましょうかね」
俺の反応を見るなり、雷斗は、リモコンに取り付けるタイプのハンドルを持ってきた。
「待ってガチじゃん」
「やっぱやるからには本気だろ?」
なんだろう、思ってたよりも子どもっぽいところがあってちょっと……。
「お前、何笑ってんだよ」
「いや、別に。なんでもありません!」
「なんでもなくはねぇだろ。まぁいい。ほら、やろうぜ」
このゲームは、最新版もあるんだけど、雷斗はあえてこの古いのを持ってきているような気がする。思い入れ深いんだろうな。レース前のカウントが始まる。ちょうどいいタイミングでアクセルのボタンを押すと、確かスタートダッシュが決まるんだ。
「ぜってぇ勝つから」
「望むところですよ」
そんなことを言い合っていると、スタートと同時に、二人ともスリップした。ボタンを押すタイミングが早すぎたらしい。コンピュータのキャラクターがどんどん俺たちを抜かしていく。これがあまりにも面白くて、二人で馬鹿みたいに笑っていた。
「どけ! どけ! は!? なんで俺が飛ばされんだよ!」
「軽量級でぶつかってくる方に問題があると思います!」
「あーしまったそうだ! こいつ軽量級か!」
「あ、そこトラップ置いたから」
「あ!? そこに置くのやめろよな! お返しだクソ!」
「あぁちょっと! 行く手に爆弾投げないで!」
レースで一位をとると言うよりは、お互いがお互いをどれだけ妨害出来るかのレースに変わってしまっていて、酷い時は、ワーストのワンツーフィニッシュだった。
「なんだこれ!」
「いや、久しぶりにゲームでこんなに笑った。面白いなこれ」
「だろ? 次やろうぜ次!」
そう言って雷斗が次のソフトを準備している時、ちらっと雅之の方を見ると、雅之が、顔を抑えてプルプルしていた。
「どうしたの、雅之」
「あ、いや……ちょっとね」
「なんかあった?」
雅之は、手をちょっと振って、なんでもないってしてるけど、明らかに何かある。
「隠してねぇで言えよ、気になるだろ」
雷斗がそう言うと、雅之がちょっと吹き出して、ほんの少しだけ申し訳なさそうに言った。
「いやぁ……雷斗も、こんなに普通の子みたいに、友達とゲームして遊べるんだなって……」
「どこで感動してんだよ。俺だって普通の人間だ。友達と遊ぶくらい出来る。つかなんでそんな親目線なんだよ」
雷斗は、ソフトの準備をしながらツッコんでいた。
「てか、雅之もやる?」
「いや、僕はそもそもその遠隔式操縦機を扱えないから」
「リモコンのことな。ゲームを見はするんだけど、基本的にはしねぇんだよな」
雅之は、リモコンのことを遠隔式操縦機って言ったらしい。いやまぁ間違ってはいないんだけれど、逆にどうしたらそうなるんだろうな。
「なんてんだろ……ちょっと、親って言うよりおじいちゃんみたいな所あるよね、雅之」
そういうと、雷斗が吹き出していた。
「いや、ちょっと自覚はあるがね……。でもしょうがないだろ? 実際君らより随分歳なんだから」
そんな会話をしていると、少し後ろから目線を感じた気がする。ひなみかな?
「よし、ついたぜ。これはわりといい勝負出来ると思うんだよな!」
画面には、四色繋げて消すタイプのパズルゲームが映し出されている。
「パズルか! うわ〜頭脳戦持ってきたか……」
頭脳戦。俺が一番苦手なタイプなんだけど……同時に、雷斗が得意そうにも思えない。見てる感じ、雷斗は直感型だし。
「頭悪い同士なら、そこそこいい勝負できるかも?」
「誰が馬鹿だ」
「馬鹿とは言ってないじゃん馬鹿とは」
そんな言い合いをしながら、また二人で対戦を始めた。
頑張って繋いで、ちょこちょこ消していくけど、わりと雷斗が連鎖を組んできて、なかなか勝てない。意外と強いんだな。
「ひなみと結構やりこんだからな……少しはできるぞ」
「なんか……負けるの癪だな」
ちょっとムキになって、無理やり連鎖を組もうとするけど、上手く出来なくて負けそうになった。
「やばいな……」
口からそんな言葉が漏れたとき、後ろの襖が開く音がした。
「右から三番目、次は横にして二番目と三番目に置いて」
ひなみの声だ。多分俺にヒントをくれている。それの通りに動かす。
「右、右、半回転左。次真逆にして中央……そしたら消える!」
割と大きな連鎖を組んで、形勢逆転までは行かないものの、割といい所まで復帰することが出来た。
「ひなみすごい! ありがとう!」
「んふふ……まだまだ行くよ! 左、右、ひっくり返して左、中央、中央、横に倒して右!」
すごい速度で大連鎖の土台が組み上がっていく。すごいぞこれ。
「あっ、ひなみ使うのチートだろ! 雅之! お前もなんか手ぇ貸せ!」
「僕か? どうなっても知らんからな?」
そんなこんなで、操作が俺と雷斗、指揮がひなみと雅之というすごい状態になりながら、四人で真剣に画面と向かい合っていた。
「半回転中央、右、半回転左! 今出来たのの上に倒して置いて!」
「りょ、了解! あってるこれ!?」
「あってるあってる大丈夫!」
「右、中央半回転、左横! 左、左、中央、右、全部横」
「横を後で付け加えるな!」
「そしてそこを斜めだ!」
「斜め!?」
ワーワー騒いで約十分、やっとで決着が着いた。
「……勝った!やったひなみ! 勝ったよ!」
「んふ〜、だっいしょーり!」
ひなみと二人でハイタッチする。そうした時に、ひなみがハッとしていた。思わず押し入れから出てきていたことに、自分でも気がついていなかったんだろう。
「わわっ、えっとえっと」
「楽しかった? ひなみ」
「あ……わ……」
ひなみは、少しワタワタすると、ベッドに座り込んで、小さくコクンと頷いた。
「でも、わっちみんなのこと傷つけちゃったし、また傷つけちゃうかもしれないし……だったら、みんなと居ちゃダメだから……」
下を向いたまま、申し訳なさそうに話す。本当、全然気にしないでいいのに。
「いや、でも……ひなみと遊ぶの、すごく楽しかったよ。今までだってこれからだってそれは変わんないし。ひなみのペースでいいけど、また遊ぼうよ。ひなみがどんなことをしたって、俺の気持ちは変わんない。みんな、同じ気持ちなんだよ」
「え……? わっちは……だって」
「誰ももう気にしてないし、未来のことは不安にも思ってないよ。なるようになるし、俺たちで何とかするから大丈夫。ね?」
俺がそういうと、雷斗は少し笑っていた。
「そういうこったよ。なんとでもなるぜ。つか、寂しくさせねぇって俺言ったろ? 俺で足りねぇんなら、雅之でも兎夜でも、他の誰でも好きなやつ連れ込んで来ればいい。みんな、お前の味方だから、大丈夫だ」
雷斗がそう言うと、ひなみがポロポロと泣き出してしまった。
「うわん、ごめんなさい……。またみんなに迷惑掛けちゃった……」
「大丈夫、大丈夫。全然迷惑なんてなかったよ。」
洞窟の中の時ほどではないけど、ひなみはまだ少し、子どもみたいな泣き方をしていた。
「兎夜……わっちまた、学校行っても大丈夫かなぁ」
ひなみが、不安そうな顔で聞いて来た。答えは当然、決まっている。
「もちろん。いつでも待ってるから」
そういうと、ひなみは、小さく頷いた。
ふと、時計を見ると、時間は夜七時半を過ぎようとしていた。だいたいこの時間頃になると、普通の家庭では、ご飯とかの時間だったりするんだよな。思った以上に長居してしまった。
「ごめん、もう七時半じゃん! 長居しすぎたかも!」
「あぁ、気にすんなよ。楽しかったし。もう暗いから、少し明るいところまで送るぜ。ひなみ、留守番できるか?」
雷斗がそう聞くと、ひなみは袖で目元を擦って、
「マッ! さすがに子ども扱いしすぎ! でももうわっちは大丈夫! もうすぐ元気になるよ〜!」
目元を擦ったあとの袖を、少しパタパタとしていた。
「ありがとう兎夜! また明日、学校でね!」
「うん、また明日」
ちょっとまだ無理してるかもしれないけど、ひなみが、いつもみたいに笑ってくれて少し安心した。
「階段、電気ないから、ちゃんと手すり持っとけよ」
部屋の扉が閉まるまで、ひなみは腕を振って、バイバイとしてくれていた。俺も小さく手を振る。
扉がしまった瞬間、急に静かになって、俺たち二人分の足音しか聞こえなくなった。
「あれ、ゲーム誘ったの、わざとでしょ。ほら、引きこもった神様を呼び出すためにやるあれみたいな」
「おぉ、それお前も知ってるんだな。まさか、こんなに上手くいくとは思ってなかったが」
階段を降りて、街灯の光で周りが見えるようになった時、雷斗が軽く拳をこちらに向けていた。見ればわかる、これは、グータッチしようぜってやつだ。俺も、その拳に拳を向けて、グータッチをした。
「雷斗って、そういうことするんだ」
「な、なんだよ。俺だってそういうことするさ。ほら……なんかかっこいいだろ! これ」
雷斗は自分の拳を見て、もう一回軽く突き出した。
「うーん、雷斗、ちょっと厨二病?」
「なっ……能力使ってる時に目ぇ光ってるのを、自分でちょっとかっこいいかも〜とか言ったやつに言われたくないな」
「うわっ! まぁいいじゃん! かっこいいんだから!」
そんなしょうもない会話をして、一瞬無音の間ができる。耐えられなくなって、二人とも笑った。
「行こうぜ。お前も家帰ったらすることあるだろ?」
「まぁ、ありはするけど……問題ないかな」
「そうか。じゃあいいが」
二月の少し冷たい風が吹いている。とはいっても、数日前に、ひなみの吹雪を浴びたばっかりだから、それに比べれば大したことはない。雷斗は、少し乱れていた髪を結び直すために、髪を解いていた。それがどうしても、洞窟の中のあの雷斗と重なったと同時に、四百年前のイセと重なってしまった。
「あの……さ」
「なんだ?」
せっかく明るい雰囲気なのに、こんな話をするのもどうかと思う。でも、どうしても聞いておきたかった。
「雷斗は……四百年前のこと、知ってるんだよね」
そういうと、雷斗は髪を結ぼうとしていた手を止めて、少しよそを向いて、ため息をついた。
「知ってる。お前がどこまで知ってるかは知らんが、俺は、俺……イセが死ぬまでの記憶を見た。ちょっと……アレだったが」
雷斗の表情から見るに、随分悲惨な記憶だったんだろう。自分のせいかもって、少し罪悪感を覚える。
「言っとくけど、お前……いや、奏弥は悪くねぇからな。それは、俺もそう思うし、記憶の中のイセも、そう言っていた」
「そんな分かりやすいですか?」
「顔に出てる」
自分の顔を両手で触る。そんなに顔に出やすいタイプなのか? なんかちょっとショックだ。
けど、それにずっと浸ってたら話が進まない。聞きたいこと、聞いてみないと。
「えっと……じゃあさ雷斗。雷斗は、イセの記憶を見た上で……自分のことを、神崎雷斗だと思う? それとも、神崎イセだと思う?」
変な質問だとは思う。けど、どうしても聞いてみたかった。似た状況で、俺以外の人はどう考えるのか。
「それはお前……」
雷斗は、解いていた髪を綺麗に結びなおして、答えた。
「俺は、俺だ。神崎イセじゃない。あれは、確かに俺の前世にあたる人だ。それはもう、わかる。けど……どれだけ記憶を取り戻そうと、俺は俺であり、別の者にはならない」
「……そっか。なんか、雷斗らしいや」
俺がそういうと、雷斗は少し胸を抑えて、一呼吸おいてから話し始めた。
「お前も、多分相当悲惨なものを見たと思う。でも、気を落とすな。やるべき事は」
なんとなく、やっぱりそうなんだなって気持ちになる。頭の中に迷いがある。俺は、歌田兎夜なのか、宮代奏弥なのか。少し迷っていた。けど、
「変わらないから」
二人同時に、そう言った。雷斗の方がびっくりしていた。
「わかってんなら、そんなに暗い顔しなくても大丈夫だろ。気負いすぎんなよ」
「そうだね。ありがとう」
そうしているうちに、割と明るい道に出るところまで来た。これ以上来ると、雷斗の帰りが大変になってしまう。
「ここまででいいよ。ほんと、ありがとうね」
「なんでお前がありがとうなんだよ。でもまぁ、いいか。また来いよな。ひなみと雅之も喜ぶし」
「はは、そうだね。また普通に、遊びに行こうかな。じゃあ……」
そういうと、雷斗は軽く笑みを浮かべた。
「またな」
二人同時にそういうと、互いに軽く手を振って、逆向きに歩き始めた。
次の日学校に行くと、教室には、この時間にはいつもなら居ないはずの生徒の姿があった。その生徒のスクールバッグには、昨日やったパズルゲームの大きめのマスコットが着いている。
「おはよう、ひなみ」
「えへへ、おはよう、兎夜!」
ひなみは、いつもの笑顔を取り戻していた。