後・神無月(2)
あの夜からちょうど一週間の今日、俺は今までにないくらいグダっていた。いつもだったらすごく緊張したような状態が続いていた休日が、ビックリするくらい穏やかだった。自室のベッドに横になって、ずっと動画のプレイリストを回し続ける。半年前の俺はこれが当たり前だと思っていたけど、これが出来ることって少し幸せなんだろうなって思う。
それをずっと繰り返して、気がついたら時刻はとっくに正午を過ぎていた。とりあえずお昼食べないとなって思って下の階に降りる。休日でも親は夕方まで仕事だから、家には俺一人しかいない。自分一人のために凝ったもの作っても仕方がないから、ちゃっちゃとトーストを作ってテーブルの上に運んだ。
ご飯を食べる時、一人だとだいたいスマホで動画を流しながら食べるんだけど、今日は何故か手が勝手にテレビを付けていた。お昼は別に面白いのないんだよなぁ。けどもう消すのも面倒だったから、とりあえず流れていたニュースの画面を付けっぱなしにすることにした。
適当に作ったトーストを食べながら、ぼやっとニュースを眺めていた。もし俺たちがあの夜、誰も帰って来れなかったら、今頃俺たちはこの画面に映っている側だったのかなとか一瞬頭に過ぎってゾッとした。まぁ結果全員帰ってこれたからよかったんだけど。
サッサとトーストを食べて洗い物まで済ませて、二階に戻るためにテレビを消そうとすると、こんなニュースが流れ始めた。
「今日未明、白城地域で火災が発生し、二名の死亡が確認されました。……今朝四時頃、向かいの家が燃えていると110番通報がありました。警察によりますと、木造二階建てが全焼していて、焼け跡から二名の遺体が発見されたとのことです。また、この家に住む○○さんは意識不明の重体で発見されましたが、命に別状はないようです。一週間前より、この地域では毎日のように火災が起きることから、警察は連続放火の可能性を疑って調査を続けています。なお、火元は不明です。続いてのニュースです……」
白城……俺が昔住んでいた地域。一週間たて続けに火事が起きてるってけっこう変なニュースだな。しかもさっきテレビに映ってた場所は、俺が中学生の時に通ってた通学路だった。その辺は確か、いわしっちの家の近くだったはず。急に不安になって、いわしっちに連絡を取ってみた。
「そっちなんかめっちゃ火事起きてるらしいけど大丈夫?」
そんなメッセージを送ると、五分後くらいに
「あぁ火事か。大丈夫だよ」
と返ってきた。
「人がやってるかもしれないらしいし、帰り道とか気をつけてね?」
「分かってるよ。てか、それのせいで昨日とか早帰りになったんだよ。ウケるよな」
「ウケないです」
「まぁ笑い事ではないか」
まぁなんというか、いつも通りっぽい感じだからなんか心配いらなかったかなって感じはした。
「初日の火事が一番ひどかったらしいよ。中学校で部活一緒だった××さんの家が燃えたらしくて。あくまで噂だけどさ、一人の首はなくて、一人は全身引っかかれた上に食いちぎられた様な跡があって、最後の一人は目は無いし骨はバキバキで、皮が剥がれてたとかなんとか」
「ごめん、ちょっと気持ち悪い……それ本当?」
「さぁ。風の噂だから」
とんでもない噂だなと思いながら文字を打つ。いわしっちが中学一緒ってことは、必然的に俺も同じ中学だったことになるけど、俺はその人の名前を知らなかった。まぁ、一学年八クラスある大きな学校だったから別に変なことではないけど……。
「とにかく、安全第一な」
そう送ると、
「君も、気をつけてね」
と送られてきた。俺が何を気をつけるのかは分からないけど、とりあえず、了解と返しておいた。
数日前、海響高校にて━━
一年生工学科の教室の放課後、定時退校日で部活が休みになった大輝は、荷物をまとめて家に帰ろうとしていた。そんな時に、ある一人の少女が彼を尋ねて教室に入ってきた。
「初めまして。貴方が亀澤大輝くんかな?」
金髪が毛先に向かってピンクに変わっている不思議な髪の毛をおさげにした少女が、大輝に話しかけた。
「うん、そうだよ? えっと……?」
大輝が不思議そうな顔をしていると
「私は姫野桃音。保育園の時同じ所にいたんだけど、流石に覚えてないよね」
と自己紹介をした。
「姫野桃音……悪ぃ俺覚えてないや。けど、名前聞いた事あるよ。普通科の成績トップじゃなかった?」
「あれ? なんで知ってるの?」
「いや? 成績ってさ、上位二十人は両学科とも張り出されてるじゃん? だから、いつも隣にいるんだよなって思ってた。本物初めて見たなぁ」
「じゃあ、大輝君は工学科で一位なの?」
「まぁね!」
大輝は少し自慢げだった。それを見て桃音は少し嬉しそうにしていた。
「ところで、どうしたの?」
大輝が桃音に聞くと
「あの、大輝君さ、二年生の神崎先輩って人と仲良いよね?」
「神崎先輩……あぁ! 雷斗のことか?」
「そうそう、神崎雷斗先輩! 私、その人と話したいことがあるんだけど、ちょっと一人で行く勇気なくって……」
「あぁ〜、雷斗なんか怖がられがちだもんな。なんも怖くねぇんだけどな……いいぜ! 着いてくよ!」
大輝がそう言うと、桃音は笑顔でありがとうと言っていた。
荷物を持って二人は二年生の教室に向かう。
「そう言えば大輝君、翁長旭飛ちゃんは知ってる?」
「おぉ旭飛か! 知ってるぜ! 俺ら小学生の時から仲良いから」
「あぁそうなんだ! 私も旭飛ちゃんとはずっと仲良くてね。学校違くてもよく遊んでたんだよ」
「そうなのか!? 俺一回も桃音の話聞いたことなかったから忘れてたや……なんかすまねぇなぁ」
「いやいや全然!」
そんな会話をしていると、二年生の教室がある階に到着した。
「神崎先輩も工学科?」
「ううん。雷斗は普通科」
そう言って、普通科の雷斗が居る教室のドアを開ける。夕日が差し込む教室の中、彼は机に突っ伏していた。今教室にいる二年生は彼一人だけのようだ。
「お〜っす雷斗。起きてる?」
大輝がそう声を掛けると、雷斗はピクっと動いてゆっくり起き上がった。
「……俺、寝てたのか。あー、大輝か? えっとあと……?」
「一年生の姫野桃音です」
「眠ってるところ悪ぃな、桃音が話したいことがあるんだってよ」
大輝がそういうと、雷斗は少し不思議そうに桃音を見た。
「俺に用って……珍しいな。どうした?」
そういうと、桃音は少し笑って
「雷斗先輩、邪神様ってご存知ですよね?」
と言った。少し眠たげだった雷斗の表情が変わる。
「なんだっけ、一時期流行った噂だっけか?」
数年前、彼岸町では、邪神様のお話として、山の中にある神社を見つけられればなんでも願いが叶うという噂があった。一時期有名だったが、その神社を見つけられた人がおらず、嘘だったとしてその噂は廃れていった。
「そっちじゃないですよ。五年に一度の……」
「……お前、なんで知ってる?」
緊張した空気が漂う中、大輝だけが状況を読み込めないと一目で見てわかる表情をしていた。
「私、本が大好きなので。でも、その反応だと、知ってるってことで間違いないですよね?」
桃音がそう言うと、雷斗は少し目を逸らし
「そう……だよ。知ってる」
と返した。
「じゃあ、神崎先輩? 今年のそれはどうなったんですか?」
「……お前に語る必要があるか?」
雷斗がそう言うと、桃音はニコッと笑って
「そう簡単には教えてくれないですか? でも、何となくわかったから大丈夫ですよ」
と言った。次の瞬間、桃音以外の時間が止まった。そして、桃音は雷斗の耳元で何かを囁いたあと、大輝に
「付き合ってくれてありがとう」
と言った。そして、時間が動き始めた。
……桃音はいなくなっていた。
「あれ!? 桃音!? どこいっちゃったんだろ……」
「さぁな。用が済んだから帰ったんじゃないのか?」
「え〜そんなことあるか!?」
「知らん、俺には分からん。つかもうお前、下校時間過ぎるぜ? 帰らんのか?」
教室の時計を指さして雷斗がそう言うと、
「やっべ! あんま長居して先生に見つかったら怒られんじゃん!」
と大輝は焦っていた。
「じゃあ帰るか?」
「おう! たまには一緒帰ろうぜ?」
「あー、はいはい」
そう言って二人は、教室を後にした。
「ところでお前、さっきの会話なんだったんだ? 確か邪神様がどうこうって……」
「さぁ、なんだったんだろうな」
それ以上、雷斗はこのことについて話さなかった。