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神無月の守護者 〜2nd season〜  作者: なまこ
睦月
29/54

番外編 岩岡滋俊からの最後の手紙

残してしまった君たちへ


僕は、兎夜に真実を伝えたら死んでしまう。それは、君たちも知っていることだろうと思う。

そもそも、その期間を支えてもらう為に、君たちと契約を交わしたんだ。

僕が思っている以上に、君たちは悲しんだ。妖怪、妖精からすれば、人間なんて……って思うだろうって思ってたのに。

だから、僕が生きた記録と共に、手紙を残すことにした。

君たちのどちらかが読んで、まぁ、必要ならなにかに使うなり、破り捨てるなり、好きにしてくれていいよ。




まだ、僕が生きていた時代が江戸と呼ばれ始めたくらいの頃、僕ら家族は、山道の中で、妖に襲われた。農作物を届けるための荷台だったと思う。それを、父母と共に押しながら、彼岸町付近を通っていた。妖の姿は覚えていない。あからさまに化け物みたいな形をしていたわけではないと思うけど。


気がついた時には、僕は宮代家で手当てされていた。両親は既に、妖に喰われてしまったらしく、形見を受け取ることすら出来なかった。足が折れて動けなくなった僕を、宮代家の人たちは、めんどくさい態度ひとつ見せずに看病してくれた。その中でも、僕の記憶に残ったのは奏弥だった。両親を失った後で僕に関わる、唯一の子どもだったから。


「あのさ、怪我、大丈夫?」

「……痛いけど、大丈夫。他の人たちが手当てしてくれてるから」

「そっか、よかった」

安心したような顔をすると、奏弥は僕の寝床の傍に来た。

「なんか、兄弟出来たみたいでちょっと嬉しいんだ。ほかの家の子たちはみんな兄弟いるけど、俺だけ一人っ子だから。あ、名前、なんて言うの?」

「僕は、岩岡滋俊。君は?」

「俺は、宮代奏弥。奏弥でいいよ。いつまで一緒にいれるかわからないけど、仲良くしよう」

記憶にある中では、これが、僕に初めて友達ができた瞬間だったと思う。それから、まだ幼くて、修練や妖怪退治をしていなかった頃の奏弥は、よく僕と遊んでくれた。足が良くなってからは、庭で一緒に遊んだことがある。当時、何に使うものか分かっていなくて、二人で矢を地面に突き刺して並べていたら、奏弥のお父さんからすっごい怒られたこともあったっけ。奏弥、覚えているかな。


怪我が完全に治って、宮代家の人達は、俺を山奥の寺院に預けるという話をしてきた。別に、寺院でも良かったのかもしれない。なんなら、この時寺院に行っていれば、僕の運命は、今とは百八十度違うものだったと思う。けど

「良かったら、ここに置いてもらうことは出来ませんか。もちろん、言われたことは、ちゃんとします」

家の人達は考えた末に、僕を、俗に言う召使いみたいな感じで、家に置くことにした。それからは、大人同様に働いた。意外にも僕は器用だったみたいで、一度も邪魔者扱いされることはなく、それなりにその場に適応した。

対して、奏弥は、昼間は寝ているか、友達と遊ぶかで、夜は修練という生活をしていた。奏弥も、最初の頃は遊ぼうって言ってくれていたけど、奏弥のお父さんがうるさいもんだから、誘えなくなって、だいぶ距離がある感じになってしまった。それでも、互いに、嫌いあったり、寂しがったりするような感じではなかった。互いに、いて当たり前だけど、絡むことはない。みたいなね。


奏弥が能力を発動して、修練や妖退治で引っ張りだこになっている中、僕は、家事をしながらたまに、奏弥の妖退治の中に混ざっていた。奏弥にバレると、絶対心配すると思ったから、バレないように。そのうち、自分をを守ったり、奏弥を影からカバーできる程度の実力は着いていた。とはいっても、僕一人では妖を相手にすることは出来ないから、結局戦力にはなれないんだけど。


そんなある時、彼岸町は飢饉に陥った。原因は不明。でもおそらくは、妖怪の仕業だろうってことになっていた。

町の人間たちは、生きることさえ困難になっていったんだけど、宮代家と御三家の生活は、少し質素になる程度で、あまり変わらなかった。当然僕の生活も同じ。奏弥たちよりも質素ではあったと思うけど、そんなの元からだし。


飢饉になってからというもの、毎日、妖を殺し続ける奏弥を見るのは、少し辛かった。特に、怪我をして帰ってきていた時なんかは、なんで、奏弥だけこういうことさせられているのかと強く思った。

けど、奏弥がさせられている妖退治は、何かが妙だった。奏弥には妖を殺したり、封印したりさせ続けているのに、家の人達は誰も妖退治をしない。これまで、誰も一人で妖退治を行ったことがないらしいのに、奏弥だけ一人でさせられているというのが、とても変だった。


奏弥が妖退治に行っている間、家の人達は割と自由に過ごしていた。僕もその自由の身だった。だから僕は、夜な夜な一人で家を出て、大人たちがしていることを探った。何かを隠しているに違いないと思って。そうやって探りを入れ始めて一年がすぎる頃、ついに大人たちのしっぽを掴んだ。大人たちは、僕らに隠れて山奥に祠を作っていた。正直、なんの祠なのか、この時は分からなかった。なにかに使うのだろうとは思ったけど、それが何なのかはさっぱり。それ以降も、大人の動きを見続けていたけど、それ以上のことは掴めなかった。


それから数年が経ったある日。

それが、生贄が捧げられる本当に前の日。奏弥が、イセと話しているところを盗み聞きした。

「聞け、奏弥。カヨが、死ぬ」

「……は?」

「オヤジたちの会議で決まったらしい。五年に一度、町から子どもを一人生贄に出せば、その間は普通の生活が出来るようにしてやるって」

あぁ、だから大人たちはあの祠を作っていたんだ。子供を生贄として捧げるために必要な、下準備をしていたってことか。


「ガキの俺らはまんまと騙されたってことだな……。場所は伝えておく。神崎の屋敷の裏にある山の奥だ。行けば蝋燭とかで明かりがあるはずだから、お前でも分かる。明日、そこで落ち合おう」

ガキの僕らはまんまと騙された……か。僕がもっと早くに気づいていれば、こんなことにはならずに済んだのだろうかとか頭に浮かんでくる。でも、無理だったことを悔やんでもしょうがない。だから、僕はいつも通り、家事をして、奏弥を支えようと思った。


奏弥が家を出たのを見て、僕も家から抜け出す。正直、今日ばかりはバレそうな気がしたけど、奏弥にも、家の人にも一切バレることはなかった。

奏弥の後をついていくと、何故か神崎家にたどり着いた。奏弥たちの会話を盗み聞きして、奏弥が行ったのを確認する。イセのことは、ネズミが面倒を見てくれているらしいけど、水墨画のネズミが、人の手当て出来るほどの技術は持っていないはず。イセの縄を解き終わったネズミを呼び寄せて、出入り口を探させた。鍵も、ネズミと僕でどうにか開けて、牢屋の中に入った。イセは気を失っていた。イセの顔を見ると、泣いた痕跡があった。意地っ張りなイセでも泣くんだなと思いながら、最低限度の応急処置をする。

「随分とまぁ……辛かったろう」

もちろんイセは返事をしない。ネズミの方がシュンとしていた。イセを少し丁寧に寝かせた後、あえてまた鍵を掛けた。僕が手当てしたことがバレたら、イセが危ないと思ったから。


それから、奏弥が行ったであろう道を辿っていく。奏弥の事だから、ちょっと苦戦するとしても、多分勝って、カヨと仲良ししてると思う。心に謎の余裕があった。

けど、僕が見たのは、カヨを撃ち抜いた奏弥だった。


言葉を失った。足も止まった。なんでだ? なんで奏弥がカヨを殺した? けど、奏弥も戸惑っていた。奏弥はわざとやったんじゃない。そう気づけたけど、その時にはもう、あのバケモノが、奏弥を貫くほんの数秒前だった。


奏弥の息が荒い。出血も酷いけど、生きてはいる。それを確認できたと当時に飛び出して、奏弥を抱えた。トドメを刺そうとしたバケモノの攻撃から、間一髪で逃れる。奏弥を守るので手一杯だった。

「何? もう一人いんの? 虫みたいに湧きやがって。なんの用だよ」

「別に。お前の契約は果たされてるだろ。人間側の死体を回収して何が悪い」

「ほぉん」

バケモノがニヤニヤしながらこちらを見てくる。これまで見てきた妖とは気迫が桁違いだった。


「契約は果たした。僕らはこれで失礼する」

そう言ってバケモノに背を向けた時、後ろから強い風が吹いた。振り返ると、僕を貫く数センチ前で、バケモノの腕が止まっていた。

「やめておけよ。契約違反は君にとっても不都合だ」

祠の奥から同じ歳くらいの男の声がした。バケモノの反応から見て、おそらくバケモノの仲間の声だろうけど、守られた?

「良かったな。早く帰れよ、ほら」

バケモノはニヤニヤしたままコチラを見てきた。僕は、言葉を返すこともなく、一目散に走って帰った。


屋敷に帰って僕は、全力で奏弥の手当てをした。なんとか、息を繋ぐことは出来たけど、今までみたいに戦ったら、多分生きていられない。息をしているかわからないくらい浅い呼吸の奏弥を見ながら、僕はやるせない気持ちになっていた。宮代家の大人たちも、どよめいたり、諦めた目をしていたり、なんか忙しなかった。それでも、誰も奏弥を助けるのを手伝ってはくれなかった。


奏弥が意識を戻した日、イセが屋敷に乗り込んで来た。

「カヨはどうなった……!」

イセの様子を覗き見ると、まだ傷は残っていたけど、奏弥よりは全然元気そうだった。手当てをしていなくても、死にはしなかっただろうけど……生きていてくれてよかった。そんなことを考えながら、二人の会話を盗み聞きていた。

「お前がカヨを殺したんなら、俺がお前を殺してやる……! 」

しばらく様子を見ていたら、イセが、奏弥を殺そうとした。見たくなかった。イセだって、奏弥の友達だったんだ。辛かったはずなんだ……イセにも生きていて欲しい。けど、奏弥を、守りたいから……。

「ごめん」

僕は、イセを突き飛ばして、奏弥を守るために人を呼んだ。イセの手に、あの刃物が突き刺さっていた。血が溢れ出ている。

違う、僕はそんなことがしたかったんじゃないんだ。

でも、奏弥を守りたかった。ごめんな、イセ。


後日、御三家との会議で、宮代家は彼岸町から遠のくことになった。御三家にどういう目的があったかは分からないが、とりあえず、宮代家を逃がすらしい。もし、宮代家が残っていたとしても、奏弥もこれでは立場がない。その上、延々と苦しむことになる。この町を離れられるなら、もう、奏弥には普通の人間として生きて欲しかった。普通に生きることを知らないはずだから、普通の幸せを味わって欲しいと思った。奏弥と奏弥のお父様が、他の町に行くことは、僕にも知らされて、それと同時に僕は、二つの道が言い渡された。彼岸町に残り、残る御三家を支えながら暮らす道と、奏弥について行って、一般人として奏弥たちと暮らす道。

奏弥は、僕にとって大切な友達。だからこそ、奏弥に、幸せになって欲しかった。奏弥と暮らすのも楽しいのかもしれないと頭によぎる。でも、僕にはやるべき事があると悟っていた。

そして出した答えは、彼岸町に残ることだった。


奏弥を送り出す日、僕は、奏弥の言うことじゃなくて、奏弥のお父様の言うことを聞いた。傷がまだ完全に治っていない人を気絶させるなんて、あっていい事じゃないと思うんだけど。

「ごめん、奏弥。君は、こうでもしてここから逃れないと、一生苦しみ続けることになると思うから」

奏弥は、荷台に乗せられて彼岸町から遠ざかっていく。これが、僕の人生における、親友との別れなのは、なんだか味がしない感じがした。


奏弥を見送った後、宮代家の屋敷は、空き家になった。僕のことは、塩月家が引き取ろうとしてくれたみたいだけど、僕はそれに背いて、誰の家にも行かなかった。僕が向かった先は、白莉がいる森の中の建物だった。


「白莉様」

深夜、太陽の光が当たらない時間なら、白莉様は少し動けると聞いていた。案の定、扉が開いて、真っ白な手に手招きされた。

「滋俊くんだ。みんなは? どうなったの?」

答えづらかった。けど、伝えないといけない。

「カヨは死にました。奏弥は、お父様たちに連れられて町の外に出ました。イセは……わかりません。生きてるとは思いますけど、消息不明です」

「……そっか」

白莉様の後ろを見ると、あの時のネズミが居た。ネズミに表情なんてないんだけど、少し悲しそうにしているように見えた。

「君が悪いんじゃないよ。あの時はありがとう」

ネズミは、悲しげな顔のまま、白莉様の裾に隠れた。


「これから、どうなるんだろうね。この町は」

「……これからは、五年に一度、御三家から一人、子供が選ばれて、生贄に出されるそうですよ」

「あぁ、なるほど。だから、私の所に、大人の人達が急にお見合いの話なんか持ってきたんだな。魂胆が透けると気持ち悪いね」

病弱な白莉様のことまで利用しようとしたんだな、あの大人共。

「それで、滋俊くんはどうするんだい?」

僕はこの日、白莉様に何を言うのか決めていた。けど、それは白莉様にとって、だいぶ酷なものだった。

「白莉様、僕に、能力を使ってくれませんか」

「……それは、どうして?」

「このままだと、おそらく、永遠に、誰かが辛い思いをし続ける。カヨを失った奏弥達みたいに、生贄のために子供を産むことを望まれた白莉様みたいに。だから僕は、奏弥と同じ素質を持つ、次の世代が生まれるその時を、生きたまま待ちます。そして、今から続く負の連鎖を、断ち切ってもらいます」

僕がそう言うと、白莉様は、自分の手を見て、握りしめた。


「滋俊くん。私の能力については、どれぐらい知っているんだっけ?」

「自分の命を、分け与える能力ですよね」

「そう。私の全寿命を使い果たせば、本来の寿命を、大幅に超える時間を生きることが出来る。けど、これはもはや呪いになる。多分、滋俊くんの見た目は、その姿から老化しなくなる。その代わり、中身は生きるための最低の機能まで時間をかけて衰えていく。本来の寿命を過ぎたあたりから、常に体に苦痛が伴う状態になることは間違いないよ。人知を超える苦しみに耐え抜いて、何十年、何百年も一人で、未来の宮代奏弥を待ち続ける覚悟があるってことで、いいのかな」

「多分、それが僕に出来る、唯一のことなので」

「……もし、輪廻が巡っても、必ず宮代奏弥の生まれ変わりが、宮代奏弥と同じ素質を持つとは限らないし、私たち御三家もどうなっているか分からない。その上、人間にこの能力を使うことは、はるか昔から禁忌とされているんだよ。何故なら、神様が決めた人間としての生に逆らうことになるからね。滋俊くんは、もう二度と、この世に生まれて来れなくなる。君が役目を終えたと同時に、体も、魂までもが崩れ落ちることになる。それでも、いいのかな」

その瞬間を、想像してしまってゾッとした。それでも僕は……。


気がついた時には、白莉様は動かなくなっていて、具現化されていた動物たちも、ただの絵になっていた。

僕自身には、当時はなんの変化もなかった。本当に、白莉様の能力が発動しているのかも分からなかった。白莉様が動かなくなったことを確認するなり、僕は、若草家にその事を伝えに行った。能力を僕に使ったことに関しては、あえて言わなかった。言ったらまた、面倒になる。

悲しむと言うよりは、立場を失うことを恐れていた若草家を横目に、僕は彼岸町を後にした。


それから僕は、奏弥の生まれ変わりがいつこの世に現れるのかを、日本各地を移動しながら探した。その途中で君たちと出会うんだったね。その話は、わざわざするまでも無いだろう。





……そうだ、君たちに伝えておきたいことがある。兎夜はまだ、奏弥だった頃の力を完全にとりもどしている訳ではないんだ。もしよかったら、支えてあげてくれ。


あと、君たちにも、僕はとても感謝しているよ。散々迷惑かけておきながら、最後は二人きりにさせて欲しいなんて言ってごめんね。本当にありがとう。

君たちも含めて、みんなが幸せに生きていけますように。

いつか、どこかの世界で。


岩岡滋俊

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