睦月(5)
「でね! この間の日曜日なんだけどさぁ」
乙音が言っていたことに従って、乙音の妹を探す。探すって言っても、もう検討は付いていたから、迷うことなく、美術室に来た。そこにはやっぱり
「あ、兎夜先輩! こんにちは!」
旭飛と、大輝くんと
「お邪魔しています。兎夜先輩」
桃音がいる。
「こんにちは。最近よく来てるみたいだね」
「ちょこちょこお邪魔しています。先生にバレないようにするのは大変なんですけど、来るのが楽しくて」
桃音は何となく、不思議な力みたいなのを使って先生にバレないように潜り込んでるんだろうけど、大輝くんとかどうなっているんだろう。部活とかもあるだろうに。
適当な席を借りて、雑談しに来た風に装う。部長さんも、俺の顔を覚えているみたいで、笑顔で手を振ってきた。管理大丈夫なのかなとは思ったけど、悪い印象持たれてなくて良かったって少し安心する気持ちもある。
「そう! で、日曜日に家で絵を描いてる時にさぁ、部屋で飼ってるカエルが逃げ出してさ!」
「カエル、冬なのに冬眠してないの?」
「そう、ヒーター付けてるからね! だから冬眠しないよ!」
旭飛と桃音は普通に話している。大輝くんもそれを聴きながら楽しそうに相槌をうって、話に混ざっている。正直俺が一番不自然なのかも。
「兎夜さん、どうかされましたか?」
「いいや、なんにもないよ。それで、旭飛のそのカエルはどうなったの?」
桃音は多分、分かっている。どうしたらいいかな。
「カエルはですね、熱々のお風呂に飛び込みそうな所を、なんとか間一髪で捕まえました! 本当に危なかったです!」
「なんで部屋から風呂まで逃げたんだ?」
「偶然部屋のドアと風呂のドア開けっ放しだったの! もう、ほんっと心臓に悪かった。死ぬかと思った」
「そっかぁ、助かって良かったね、カエルさん」
三人の会話を聞きながら、桃音が話し始めるタイミングを待つ。桃音は、何を話すつもりなんだろう。
しばらく普通に会話を続けていると、桃音の表情が変わった。これは多分来るなって思って少し身構える。旭飛と大輝くんは、桃音の変化にまだ気がついていないみたいだった。
「ねぇ、旭飛ちゃん、大輝くん。もし、私が、本当は幼なじみじゃなかったら、どうする?」
それまで楽しそうに話していた旭飛と大輝くんも、流石にここで勢いが止まる。多分、桃音が伝えたかったことは、旭飛と大輝くんを騙していたことについてなんだろう。乙音の妹ってことは、同じ保育園に通うはずがないもんな。イワシっちの補助なら、尚更、彼岸町の普通の子に関わる意味がない。俺が何かをするって言うよりは、この三人を見届けるべきな気がして、とりあえず黙った。
「え? どうするって……」
「なぁ……」
旭飛と大輝くんは顔を合わせている。桃音は変わらず、真剣な顔をしていた。桃音が緊張している。なんて言われるのか、怖いのかな。けど、旭飛と大輝くんは、笑顔で桃音のことを見た。
「私も大輝も、桃音が幼なじみじゃないの、知ってたよ」
「え?」
桃音がびっくりしている。正直、俺も驚いている。俺はてっきり、俺たちについて探りを入れるために、旭飛と大輝くんを騙していたと思っていたけど、もしかして、騙せていなかった?
「え? じゃあ……なんで? なんで普通に友達みたいに接してくれてたの?」
旭飛はキョトンとした顔をして、桃音の問に答える。
「え? だって、桃音、私たちと友達になりたいから近づいてくれたんでしょ? だったら騙すとかなんとか、関係ないよね!」
「そーそー。てか、友達になりてぇなら、普通に言ってくれれば良かったのに! 俺らは普通に歓迎するぜ!」
なんか、和気あいあいとする三人を見ていると、最悪の場合の想定までしていた自分が馬鹿だなって思えてきた。
「……そっか。私も、貴方達みたいな人と、友達になれたら良かったな」
桃音は安心した顔をして、うつむき加減で微笑んでいる。
「何言ってんの!? もう友達だって!」
「でも、旭飛ちゃん、私、みんなのこと騙してたんだよ? 幼なじみだって嘘ついてたんだよ? そんな人、友達でいいの?」
「いい! だって! もう私、桃音のこと好きだし! ね? 大輝」
「おうよ。友達になっちゃったらもうそんな過去のこと気にしないって! いつでも遊ぼうぜ!」
桃音は、ハッとした顔をして、嬉しそうに笑った。
「そっか、そっか……ありがとう。旭飛ちゃん、大輝くん」
桃音は席を立って、美術室のドアに向かう。
「私、二人に出会えてすごく嬉しかったな。本当にありがとう」
「いいって! てか、帰るの? 桃音」
「うん。私、もう行かなくちゃ。大輝くんごめんね、先に帰るね」
「了解! 学校とかでも、気にせず話しかけてこいよな!」
桃音は、二人に見送られながら、美術室から出ていった。俺も、二人に適当な理由をつけて美術室から出る。桃音を探さないと。
校内を歩き回って桃音を探す。居そうなところを順番に回ったけど、なかなか見つからなかった。
「……帰った?」
学校内にはもう居ないのかなと思って、三階から降りようと思った時、屋上に続く階段の奥から、すすり泣くような声が聞こえた。立ち入り禁止のテープを超えて、階段を登って行くと、一番上の段に桃音が座っていた。
「あ……守護者様……。すみません、こんな姿を見られたくなかったのですが……」
「あぁ……ごめんね。見られたくないってことに気がつけなくて」
なんかちょっと、申し訳なくなった。
「いえ、いいんです。今日、わざわざ美術室に来てくださったってことは、多分、お姉ちゃんから何か言われたのでしょう?」
「……まぁ、そうだね。けど、純粋に桃音のことが気になっていたからでもある。イワシっちから聞いたよ。昔のこと」
「そうですか……それは、良かったです。それが、私たち姉妹にとってとても大切なことでしたから……」
桃音は、涙をハンカチで拭くと、握りしめて形が崩れたスカートを直していた。
「桃音はさ、なんで海響の生徒のフリをして、旭飛や大輝くんに近づいたの? あっ、いや、怒ってるんじゃないんだけどさ」
「それは……純粋に、守護者様のことや皆さんのこと、彼岸町のことを見ておく必要があったからというのと……」
桃音は、少し詰まってから、話を続けた。
「お友達に……憧れていて」
「お友達?」
俺が聞き返すと、桃音は少し恥ずかしそうにした。
「その……お姉ちゃんから聞きましたか? 私たちが昔人間だったって話」
「うん。聞いたよ。けど、神様が生き返らせてくれたんだっけ」
「そうです。そのため、私は今、書物を司る妖精になっています。最近は、書物に含まれる、記録の要素を多用して、人の記憶を書き換えたり、保存していたりしたのですが……」
「なるほどね。イワシっちが見せてくれた記憶も……」
「はい。あれは私が四百年間、丁寧に保存したものです。あ、で、話を戻しますね。友達が欲しかったことに関しては……私、人間だった頃、非常に病弱でして。家から出られない為に、お友達が出来たことがありませんでした」
「だから、友達が欲しかったってこと?」
「そう……なんです。すみません。滋俊様やお姉ちゃんが一生懸命頑張っている中、自分だけこんな自分勝手な……」
そういえば、乙音は、桃音は関わったみんなの事が大切だって言っていたな。きっと、桃音は今まで、ちょっと寂しかったんだと思う。
「じゃあ、桃音。旭飛たちと友達になれて、よかった?」
「……え?」
桃音は少し驚いたような顔をした。
「旭飛や大輝くんたちは、多分桃音のこと、本当に好きだよ。俺も、桃音のこと悪いことしたなんて思ってないよ」
「怒らないんですか?」
「怒らないよ。ちょっと遠回りだったかもしれないけど、立場的にはしょうがないし。そもそも、桃音は怒られるようなことしてないじゃん。それで、桃音はどう? 楽しかった?」
桃音は、目から大粒の涙をボロボロと流しながら、それでも、笑顔を作ろうとしていた。
「はい……楽しかったです!」
「そっか。たぶん、旭飛も大輝くんも、乙音もイワシっちも、喜ぶと思うよ」
そう言うと、桃音が余計に泣き出してしまった。初めて会った時の大人みたいな雰囲気は消えて、まるで、子どもみたいだった。
しばらく泣くと、桃音は落ち着いて、何度も俺に頭を下げた。別に、気にしなくていいのに。
「そうです……私は守護者様に伝えないといけないことがあるんです」
伝えないといけないこと……まだ、何かあるのかな。
「正しくは、伝えることというより、渡すものがあるんです」
そういうと、桃音は鞄から手紙を取り出した。
「こちらは滋俊様からのお手紙の要約です。本文の方は、私たち宛てであったため、こちらで保管していますが、部分的に、守護者様に伝えて欲しいとの事でしたので、お渡しします」
桃音はそういうと、立ち上がって、スカートに付いたホコリを払った。
「その……大変ご迷惑をおかけ致しました。沢山気を使わせてしまって……」
「気にしないでよ。こちらこそ、イワシっちが沢山お世話になってるんだから」
俺がそういうと、桃音は丁寧に一礼した。
「それでは、これにて、私は役目を終了致します。本当に、ありがとうございました」
桃音はそう言うと、階段を降りて行った。きっと、姿が見えなくなったら、追いかけても追いつけなくなっちゃうんだと思う。だから
「桃音」
桃音が足を止める。ちょっとカッコつけかもしれないけど、ちゃんと、言っておこう。
「また、おいでよ。俺も、みんなも、待ってるから」
桃音はきっと、役目を終えたと思ったら、もう戻ってこない気がした。でも、桃音はそれだときっと寂しいままだと思うから、俺たちは、ちゃんと桃音の友達だって、伝えた方がいいかなって。
「ありがとうございます。旭飛ちゃん達にも、よかったら、伝えてください」
桃音は、振り返って、今までの中で一番優しい笑顔でこういった。
「また来ます」
そうして、すぐに、桃音の姿は見えなくなった。俺は、薄暗い立ち入り禁止の階段に、一人で取り残されてしまった。
「ほんと、不思議なことばっかりだけど、桃音が嬉しそうで、良かったな。泣かせちゃったことに関しては……次乙音に会ったら怒られるかもしれないけど」
スマホの通知が鳴り続けている。何かと思ってみると、お母さんから連絡がすごい来ていた。なんでこんなに連絡が来てるのかなって思ったらもう八時を過ぎていた。
「げっ……嘘でしょもうこんな時間だったんだ。そりゃお母さん心配するよね」
荷物をもって、急いで帰った。帰ったら珍しくお母さんの方が先に帰ってきていて、めちゃくちゃ心配された。そりゃあもう、家に帰ることは九時前だったから……。
なんか慌ただしい感じになっちゃったけど、これで、イワシっちのことは、一件落着って感じなんだろうなって思った。正直、辛いことの方が多かった。後で、イワシっちからの手紙の要約を見るのも怖い。けど、
「俺は、進むよ」
やらないといけないことが定まった今、俺は、今までとは違う、覚悟みたいな気持ちが芽生えていた。
全てが終わりを迎えるときまで、あと一ヶ月。