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神無月の守護者 〜2nd season〜  作者: なまこ
睦月
23/54

過去編 歌田兎夜(2)

俺が、宮代奏弥が十四になる年、彼岸町は飢饉に陥った。

なんの前触れもなく、急に。それでも、俺の身の回りはほとんど何も変わらなかった。食べ物は多少質素になったものの、ほかは大差なかった。

「俺たちだけ、普通にご飯食べてるの悪いですよ。他の人にもわけてあげればいいのではないですか」

巷では、老人や子どもから順番に、次々人が死んでいるらしい。今、俺の目の前にある食べ物があれば、その人たちは救えたのだろうか。

「お父様」

「奏弥」

急に呼ばれて手が止まる。その声から伝わる気迫が、今までのお父様とは別人みたいだった。


「飢饉の原因は、妖にある。我々が倒れたら、それこそこの町を救えない。いいか、全ては我ら宮代と御三家にかかっている。奏弥も、自分の身の重さを分かりなさい」

悔しかった。言い返せなかった。黙り込んで、目の前のご飯を食べる作業をすることしか出来なかった。

「毎晩、近辺の妖を狩りに行く。原因を早く突き止めて、町の者達を救うんだ」

「……それで、町の人たちを、本当に救えるんですよね」

「当然だ。そのために我々宮代はいるのだから」

……普通に考えたら、飢饉なんて自然の力によるものなんだ。俺ら人間に同行することが出来ない。けど、それを引き起こすのが、人知を超える様なもの達で、それをどうにか出来るのが、俺たちなら。俺たちだけなら。

「やるしかない……ですよね」


それ以降、毎晩毎晩、町の範囲の至る所に出向いては、飢饉の原因になっていると情報を得た妖を一人で撃ち回っていた。何匹何体撃てど殺せど、飢饉が収まることは無かった。雨は降らないし、農作物を喰う虫は無限に湧き続けた。


「ねぇ、奏弥くん」

飢饉になって数年経ったある日の昼間、カヨがうちの屋敷に来た。

「最近無理しとるやろ? 目の下にクマ、できてる」

カヨは笑顔で、寝床から起き上がったばっかりの俺を見る。そういうカヨも、少し疲れているように見える。

「無理は、してないよ。やる事をやってるだけ。カヨも大変でしょ。しばらく会えてなかったね」

「ううん。夜はちゃんと寝てるし、食べ物もちゃんと食べてる。元気、だよ」

カヨは、屋敷内に入り込んだ猫を膝に乗せて撫でている。胸元では、緑色の石が、日光に照らされて光っていた。


「奏弥くんは、優しいね」

「……何で?」

「自分も辛い気持ちがあるのに、まず人のことを考えるでしょ? 自分のことはちょっと置いてけぼり。そういうところ、好き」

……優しい。優しいかな。人間じゃないものではあるけど、たくさん傷つけて、まだ何も出来てないのに。でも。

「ありがとう。カヨも、優しいね」

そう言うと、カヨは、何故か少し悲しそうに笑っていた。

「奏弥くんは、ずっと、そのままの優しい奏弥くんでいてね。誰にでも優しくて、素敵な奏弥くん」

「なんでそんな」

「奏弥くん、明日、お誕生日でしょ? 明日は来れないから、プレゼント、置いておくね」

カヨは、俺の言葉を遮るようにそう言って、屋敷を後にした。カヨが座っていた所には、丁寧に作られた組紐が置かれていた。


「それ、カヨが作り方教えて欲しいって。奏弥にあげたかったみたいだよ」

いつから居たか分からないけど、矢の予備を持たされた滋俊は、組紐を手に取ってそう言った。

「君ももう、今年で十七だね。僕から出来ることなんて何も無いけど……お誕生日、おめでとう」

滋俊は、カヨが作ってくれた組紐を俺のそばに置いて、武器庫の方へ向かっていった。俺は、その組紐を握りしめて、深いため息をついた。

「……はやく、どうにかしなきゃ」


町にはもう、何とか生き残った人が若干数と、宮代と御三家しかいない状態だった。あとの人達は、他の町に出たか、死んだかだそうだ。自責が重なっていく。毎晩の妖退治を始めてから、だいぶ経っているはずなのに、状況が一向に良くならない。洞窟の奥にいる鬼や、高等な獣族も、殺したり、封印したり。なのに良くならない、状況は、良くならない。

「お父様……ほんとうに、俺たちがしていることに意味はあるんですか」

お父様にそう聞いても、そうとしか答えない。毎晩俺に、妖を倒してこいと言ったお父様は、いまでは家の人を率いて、違うことをしている。本当に、俺がやっていることは、誰かを救えることなのだろうか。腕に着けている、二本の組紐を見る。早くしないといずれ……。そう思っているのにも関わらず、状況は、いつまで経っても変わらなかった。


俺が十七の時の、ある秋の日。夕日が沈み出した頃、俺は何も食べずに、いつものように妖狩りに出かけようとしていた。屋敷の裏から、山に入ろうとすると、いきなり腕を引かれて、背の低い木の中に倒れ込んだ。


こんなに近くに妖が来ていたなんて、気が付かなかった。急いで銃口をそちらに向けると、その先にいたのは

「イセ」

「……物騒だな」

イセは、少し不機嫌そうな顔をしていた。

「いきなり攻撃されたかと。イセも俺と似たようなことしてんだし、そう思うのもわかるだろ」

「あー、はいはい。悪かったね」

イセは、頭に付いた葉っぱを払うと、形相を変えてこちらを見てきた。

「聞け、奏弥」

日が落ちきった森の中には、互いの提灯しか光がない状態だった。イセの目が、提灯の赤に照らされている。


「カヨが、死ぬ」


「……は?」

カヨが、死ぬ? なにかの聞き間違いじゃないだろうか。

「俺も、信じたくない。が、オヤジどもがそう言ってた。あと、飢饉の原因も分かった」

「原因って……」

「山の奥にいる、神様だ。土地神じゃない、そもそもこの土地に神様はいねぇからな」

神様……妖じゃないんだ。

「でも、何で神様が……しかも、カヨが死ぬって」

「オヤジたちだよ。オヤジたちの会議で決まったらしい。五年に一度、町から子どもを一人生贄に出せば、その間は普通の生活が出来るようにしてやるって」

「じゃあ……それの生贄に選ばれたのが」

「カヨだ。そりゃ、あとの子どもは、みんな死んだかやせ細って神様に捧げられたもんじゃないしな。白莉は病気だし、俺もお前も体ボロボロだし、捧げもんって見た目じゃねぇだろ。そしたら残るのは」

「カヨ……」

そうか、だからあの時、あんなに笑顔が悲しそうだったんだ。なんで、なんであの時に俺がちゃんと気がついていたら。


「……助けにいこう。カヨが生贄される日はいつ? それが分かれば、そいつをその日までに倒せば」

「明日だ」

明日……時間がない。けど今から行けば。

「っと馬鹿お前どこ行くんだよ!」

「そいつ倒しにいくんだよ!」

「場所もわかんねぇのに行く馬鹿があるか、落ち着け!」

腕をまた掴まれたから、反射で振り払ってしまった。イセが少し驚いた顔をしていた。

「……ごめん」

「……お前にも、そういう一面あんだな。ちゃんと人間で安心したぜ」

イセはそう言うと、その場に座り込んだ。


「お前ん所のオヤジも、多分もう妖怪殺ししてねぇだろ? 生贄を捧げるための場所を作ってたからやってねぇんだぜ」

「じゃあ……お父様たちはずっと前からもう、カヨを生贄にするつもりで……」

「そういうこったな。俺らガキはまんまと騙されてたってことだよ」

色々な感情が込み上げてくる。怒りなのか、悲しみなのか分からないけど、なんかもう、ぐちゃぐちゃ。


「いいか、今はオヤジたちも敵だ。俺たちだけでその悪い神様やっつけて、カヨを助けるしかねぇ」

「……そうだな、俺たちで何とかしないと」

イセは、空を見上げると、スっと立ち上がった。

「そろそろ帰らねぇと、俺が怪しまれる。場所は伝えておく。神崎の屋敷の裏にある山の奥だ。行けば蝋燭とかの明かりがあるはずだから、お前でも分かる。明日、そこで落ち合おう。そして、今日は普通に過ごせ。バレたら終わりだからな」

そう言って、イセは帰って行った。急に、暗闇の中に一人で放り出された気分になった。

「今まで俺がしてきたことは……」

その場に座り込んで、荒くなった息を何とか整えていた。


屋敷に戻ったら怪しまれる。どこでもいい、どこかに、どこかに行かないと。無意識で森の中を進んでいく。普通なら、こんな時間に一人でで歩けば、妖の類が襲ってくるんだけど、そんなことは無かった。それだけ俺が……。

気がついた時には、森の奥の、白莉がいる場所の前にいた。ここに来るのは、いつぶりだったっけ。

「……白莉」

起きているか分からなくて、名前を呼ぶ。すると、木の扉がスーッと開いて、白い腕が出てきた。


「夜に人が来るなんて初めてだ。あ、ごめん。驚いた?」

扉はさらに開いて、綺麗な着物を着た女性が出てきた。肌も髪も全部真っ白で、目だけが赤く光っていた。

「病気のせいで、こんな見た目なんだ。どっちかって言うと妖怪みたいでしょ? 撃たないでね」

「う、撃たないよ……」

ちょっとびっくりしたけど、あからさまな態度を取るのは、失礼なんじゃないかって思った。でも、大人がたまに、白莉のことを、神様みたいな呼び方をすることがあったのには納得した。見た目が確かに、人間より綺麗かもしれない。


「で? なんでこんな時間に奏弥はここに来たの? 」

なんで……目的があった訳じゃないけど、でも、白莉にも伝えないと。

「白莉、彼岸町で飢饉が起きてるのは知ってる?」

「うん、知ってるよ。ここに運ばれる食べ物が減ったからね。大人もそれっぽいこと言ってたよ」

「その飢饉が、実は妖の仕業じゃなくて、山の奥の神様のせいだったんだ。そして、大人達は、その神様に生贄を捧げて、飢饉を収めようとしてる」

「まぁ、よくあるやつだね」

「その生贄が……カヨなんだ」

「……あぁ。やっぱりか」

「やっぱりって……白莉は知ってたのか!?」

白莉は少し申し訳なさそうな顔をしていた。

「知っていた……というよりは、それらしい話を大人たちがしてたのを聞いただけだよ。確定情報は初だね。」

「そっか……」

白莉は、思っていた以上に冷静だった。


「奏弥のことだ、助けに行くんでしょ?」

「もちろん。白莉は来れないだろうから、俺たちだけで何とかする」

白莉はふぅと息をつくと、暗闇の中に入っていった。しばらくすると、闇の奥から墨で描かれた虎が飛び出てきた。

「虎。連れてって。今連れていくと目立つだろうから、出すのは明日にするけど、多分、役に立つ」

墨で描かれた虎は、すごい形相で俺を睨んでいるけど、とても頼りがいがあった。


「ありがとう、白莉」

白莉は少し微笑むと、それと同時にむせ返っていた。

「白莉……?」

「いつものことなんだ。気にしないで。じゃあ、明日。任せるよ、奏弥」

そう言うと、白莉は暗闇の中に吸い込まれていって、扉もスーッと閉まった。その後は、森の中を歩き回ったり、あえて休憩したりして、朝を待った。

生贄を寄越せって言った神様も、騙していた大人たちも許せない。けど、今は何としても

「カヨを、助けるんだ」

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