師走(5)
「……娘様? 生きてんの? 娘様?」
風でガタガタと揺れる神社の奥、朱花はうつ伏せになっていた。
「……なぁシグマ。娘様生きてんのこれ」
「何を言っているんです。娘様はとっくに亡くなっていますよ。だからこうなってしまわれたのですから」
シグマがそう返すと、キバはため息をついた。
「そりゃ知ってるっつーの。人間から妖怪になったかなんだか知らんけどよ、息してるかも分からんくらいの見た目どうにかならんのかね。オイラも見てて怖ぇよ」
「妖怪が人間の死体を恐れるのも変でしょう。恐らくそろそろ起きますよ」
シグマがそう言うと、朱花はピクっと動いた。
「あっ、動いた」
「あぁ……」
「おはようございます娘様。よく眠れましたか?」
朱花はゆっくりと起き上がると、
「耳痛い」
と言ってキバを睨みつけた。
「はぁ〜!? いやそれ俺のせいじゃねーじゃん! 娘様が変なのに攻撃されただけじゃんか 」
「……キバも失敗した。若草は殺してもいいのに」
「いいじゃん娘様だって塩月食い損ねたんだからさ〜」
朱花とキバが言い合いをしていると、シグマがキバの肩をトントンと叩いた。キバがシグマを見ると、圧のある笑顔をキバに向けていた。
「……アンタの笑顔がいっちばんおっかねぇよ」
「……うん、まぁでも朱花も華代ちゃん食べ損ねちゃった。でも大丈夫。あの子は食べ損ねちゃったけど、色々思いついたし、食べたら絶対人間たくさん殺せる」
ゆらゆらと朱花が立ち上がる。
「さすがですぞ、娘様」
シグマが乾いた拍手をしながら笑顔で朱花を見ている。
「……彼岸町は、弥生の時をもって終了する。最高最悪の苦しみを与えて、この町の人たちを根絶やしにする。何年経ってても関係ない。絶対に、許さない」
強い風が古びた神社を揺らしている。所々天井に空いた穴からは、月の光が差し込んでいた。
「……滋俊、ついにこの時が来たの?」
彼岸町に強い風が吹く中、イワシが住む土地には、溶けかけの雪が降っていた。
「うん。悪かったね、長い間待たせて」
「……別にいいけど」
電気のついていない部屋の中から、乙音は外の街灯の列を眺めていた。それを見てイワシが微笑んで、その場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと! ねぇ滋俊!? 大丈夫なの!?」
イワシはカラカラと笑って、
「何言ってるんだ乙音、僕らは最初からそういう契約だ。まぁ、契約がなかったとしても、時間切れは近かったんだけどね」
と言って、咳き込んだ。
「ねぇ、一つだけ聞かせて欲しいことがあるの」
「……なに?」
彼岸町からしばらく離れた住宅地。かつての、イワシと兎夜の思い出の地。溶けかかっていた雪は、本格的に雨になって、古いアパートの屋根を叩いた。
「……あの子が来る当日、アタシは桃音と別のところにいるわ。貴方のことだもの、二人で話したいでしょ?」
「意外と気を使ってくれるんだよね、乙音って」
乙音はキョトンとすると、その後少し顔を赤くして、他所を向いた。
「別に、アンタのためじゃないし……アタシたちが気まずいからだし……」
それを聞いたイワシは少し幸せそうに笑っていた。
「兎夜、もう、年が明けるよ」
全てが終わりを迎えるときまで、あと二ヶ月。