師走(2)
十二月になってもうすぐ一週間がすぎるくらい。急に寒くなってきた。それと同時に、日が落ちるのもすごく早くなって、七限目を受けているうちに空が暗くなるようになった。この時間になるとかえって目が覚めて、眠さが消えてくる。CDラジカセから流れてくる英語を流すように聞きながら、かすかに見える風景を眺めていた。
帰りのホームルームが終わって、荷物をまとめていると、華代がこっちに来た。いつもとは違う不思議な笑顔だったから、どうしたんだろうって思っていたんだけど
「ねぇ、とやまるさん。二十四日って暇?」
……クリスマスじゃん。そうだ、十二月だからだ。季節行事にあまりにも関心が無さすぎた。
「空いてるよ」
「え、ねぇじゃあ二十四日さ、一緒にイルミネーション見に行こうよ。ちょっと遠出にはなるけど、今年のイルミネーション、どうしても見たくて」
イルミネーション。最後に見たのがいつだったかも分からないけど、普通にイルミネーション好きだしな。
「いいよ、じゃあひなみとか誘って……」
華代はちょっと嬉しそうに微笑んで
「今回は、二人で行こうかなって」
って言ってきた。一瞬固まって
「あ、うん。わかった」
って返事しか出てこなかった。そうだ、ひなみも一緒に行くなら、昼休みとか、ひなみも一緒にいる時に誘ってくるはずだよな。鈍感だったかな。
「じゃあ、二十四日ね」
そう言って華代は自分の席に方に戻って行った。
「あ、あとごめん、今日提出物出さないといけないから、先に帰ってて!」
遠くから華代がそう言った。残ってようかなって思ったけど、今日お母さんの帰りが早い日だから、早めにご飯を作っておいた方が良さそう。
「わかった。じゃあ先帰ってるね」
華代は、いつもより少し明るい笑顔で手を振ってきた。
***
兎夜が帰って三十分程度、華代は教室に残って提出物を仕上げていた。
「英語やろ、数学やろ、んで日直日誌……よし、全部ある」
華代は、提出物を持って、職員室に向かった。風が強く、校舎の間を風が通って、ガタガタと窓の音がしていた。
「失礼します。二年の塩月華代です。提出物を出しに来ました」
暖房の効いた職員室の中に華代は入っていき、廊下にはドアが閉まる音が響いた。しばらくして、手ぶらになった華代が職員室から出てきて、
「失礼しました」
と一礼した。
「馬鹿や、荷物持ってきとったらこのまま帰れたのに」
切れかかった廊下の蛍光灯がパチパチとする中、教室を目指して歩く。グラウンドからは、部活生の声がかすかに聞こえていた。
「……」
職員室のある階から、教室のある階に上がると、廊下の電気はもう消えていた。
「まだ部活生もおるんやから、着けてくれとってもいいのに……」
廊下より暗いところを見ないようにして歩き、曲がり角を曲がって、棟の連絡路にたどり着く。若干、いつもよりも暗く、窓のガタガタという音も強く聞こえた。
「いや、慣れん慣れん。ちょっとまだ怖いかも」
華代が窓を覗いた一瞬、そこに、自分の姿と、少しぼさっとした黒髪を軽く束ねている女子生徒の姿が映りこんだ。華代はバッと後ろを振り返ったが、そこには何もいなかった。
「……はよ帰ろ」
制服の中に隠してあるペンダントを握りしめて、前を向く。と、目の前に、さっきの女子生徒が立っていた。
息を飲む。後ろに下がろうとするが、足が動かなかった。
女子生徒らしきそれのスカートの中から、うねうねと何かが出てきて、華代を囲うように広がった。
「……あ」
ペンダントを強く握りしめていたが、なんの効果もなかった。女子生徒のそれが華代を飲み込もうとしたその時、大音量の不協和音が鳴り響いた。
力強く、頭痛がするような音を聞いたそれは、一歩下がり、華代を囲っていたものも引いていった。
「ほんっと、わざわざ学校にまで出てきて。どんだけ暇なわけ?」
不協和音を鳴らした少女は、華代の肩を後ろから掴んで、自分の後方に追いやると、手で宙をなぞって、ピアノの鍵盤のようなものを呼び出した。
「とりあえず、今は帰ってもらうから!」
少女は、これでもかと言うほどの爆音を鳴らし続け、女子生徒らしきものを威嚇し続ける。ふたたび、スカートは中からうねうねとした物が華代立ちに向かってきたが、少女が一音一音を強く鳴らす度、それの照準がズレてどこか別の場所にぶつかっていった。
女子生徒らしきものは、小声で何かを呟きながら、廊下の奥、闇の中に吸い込まれていった。
「ほんっとめんどくさいわよね。わざわざ学校にまでお出ましなんだから」
鍵盤が弾けるように消えると、少女は腕を組んでそういった。
「あの、助けてくれてありがとうございます!」
耳を押えていた手を離し、華代がそういうと、少女は華代の方を見て
「別にいいわよ。大したことじゃないわ」
と言った。そして、続けるように
「ねぇ、ところで今日は守護者はいないの?」
と言ってきた。華代は目を丸くしたが、
「今日は先に帰ってもらいました」
と言うと、少女はため息をついて
「先に帰ったぁ!? なんなの!? 役に立たないわね! 大事な時にいないんじゃ意味ないじゃない! ばっかじゃないの!? 」
華代は、一人でプンプンしている少女の様子をよく確認してみる。見たことがない制服を着た、金髪にインナーカラー水色の少女であった。
「あの、あなたは……」
華代が恐る恐る尋ねると、少女は咳払いをして答えた。
「アタシ? アタシは姫野乙音。見て分かると思うけど、ここの生徒じゃないわ」
「乙音さん……じゃあ、乙音さんはなんでここに? あと、守護者ってなんで知ってる」
「あぁ、細かいことは気にしないの」
乙音は、華代の言葉を遮るようにして言った。
「なんでここに来たかってだけは教えてあげる。アタシ、妹を迎えに来たの。桃音って言うんだけど、知らない?」
華代はキョトンとした。
「姫野桃音ちゃんですか?」
「そう! 知ってたのね! どこにいるか教えてくれる? ……何? どうしたの? なんか言いづらい理由でもあるの?」
「あの……桃音ちゃん、ここの高校の生徒じゃないですよ」
乙音は数秒間硬直して、
「はぁ!?」
と言った。
「ちょっと待って!? ここどこよ!? 何高校!?」
「山葉高校ですね……桃音ちゃんは海響高校の子ですよ」
「……あー! もう! アタシ、バカにも程があるわ! いくら離れて暮らしてて、この土地に来るのが久しぶりとしても! 高校間違えるのはないでしょ! あー!」
乙音はしばらく一人でジタジタしていた。
「で、でもそのおかげで私は助かったので……あ、良かったら海響高校まで案内しましょうか?」
華代がそう言うと、乙音は指をピッと前に突き出し
「いえ! 大丈夫。ここじゃないって分かればすぐ行けるから。恥ずかしいところ見せて悪かったわね」
そう言うと、周りをキョロキョロと見渡した。
「しばらくは変なもの出てこないと思うわ。早く帰りなさい。アタシももう行くから」
そう言うと、華代に手を振って、窓から飛び降りて行った。
「え!? 乙音さん!? ここ三階……でも、ひなみちゃんみたいな感じの人ってことよね」
開けっ放しになった窓の下を覗き込んだ。
「ってことは、桃音ちゃんも……」
華代はその窓を閉めて、教室の荷物を取って帰路に着いた。
次の日、華代は何事もなかったかのように学校に行った。
「おはよう、とやまる。今日もまた寒いね」