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神無月の守護者 〜2nd season〜  作者: なまこ
霜月
11/54

過去編 黒川涼空

……さて、これからどうすっかねぇ。邪神様から貰った力が残りっぱなしになってるが、邪神様の娘に協力する気はさらさらねぇし。かといい、守護者たちに協力する気もねぇ。今回は気が向いたという感じだった。だったんだけど。

「お兄ちゃん……ねぇ」

血の繋がりも半分で、家族とはほぼ縁もなかったから、何とも思わねぇと思ってたんだがなぁ。家族、他人……。その辺、俺にはよく分からねぇわ。

少し冷たくなった風を裂いて、早足で歩いて家に帰った。


家に帰って明かりを付けると、一瞬パチッと光って、それ以降つかなくなった。

「っはぁ……切れちったなこれ」

魔法で光らせることも出来れば、電球を買いに行くとも出来る。

「でもめんどくせぇからいいや」

そのままベッドに倒れ込んだ。まだ寝るような時間でもねぇんでしょうけど……なにかをする気が起きなかった。いっその事さっさと寝ちまおうかと思ったが、昔の記憶が映画みたいに蘇ってくる。今日のことが引き金だろうな。

「ったく、人間くせぇッスねぇ」

夢に出そうだなと思いつつ、止まることの無い記憶の映画を見ながら目を瞑った。


親父とお袋がもめている声がする。ただ、それを今怖いと思うこともなく、そういう映画を見ているような気分になる。これはおそらく走馬灯に近いような夢。聞こえる赤ん坊の声が、俺の声……なんだろうさ。





「お母さん……」

お袋に声をかけた。でもお袋は返事をしない。もう一度呼ぶと、冷たくこちらを見てお袋は

「ごめん、ごめんね涼空。どうしても、どうしても怖くて……ごめん、ごめんね」

と震える声で言った。お袋は、俺を見ると親父のことを思い出してしまうらしい。子どもの頃の俺は、どういうことか理解できないらしく、お袋に近づく。

「お母さん、怖い?」

そう言ってお袋を見た次の瞬間には、お袋の手が上がっていた。振り払われて、テーブルの角に頭をぶつけた子どもの俺は、何も理解出来ていない顔をして泣いていた。


知らない大人達が家に来て、子どもの俺とお袋をバラバラにした。知らない大人達は、児相の人達だったらしい。後々に、

「涼空くんのお父さんが、お母さんに日常的にDVを行っていたんです。それでお母さん、ノイローゼになっちゃって。ほかの職員がお母さんを見た時、お母さん傷だらけだったみたいです……。涼空くんも服の下にアザが沢山ありましたし。涼空くんも辛いかもしれませんが、この対応は間違ってないと思います」

というのを盗み聞きした。この時の俺は難しい言葉は理解できなかった。ただ、深刻だったことだけは、肌で感じとっていた。


それから、施設で暮らすようになった俺の元に、何度かお袋は現れた。

「涼空、ごめんね。元気にしてる?」

「うん。大丈夫」

お袋は、親父と離婚して少しずつ元の状態を取り戻しつつあるらしい。

「涼空、お家で一緒に暮らさない?」

そうして何度かお袋と家に帰ったが、

「ごめんね、ごめんね……」

お袋はそう言って夜には泣き出した。それを、親父じゃない男の人が慰めている、不思議な光景を俺は何度か見た。


それでもお袋は、俺と暮らすことを諦めたくなかったらしく、一年くらい時間を空けて俺の元に来た。

「あのね、涼空。実はね」

そう言ってお袋の家に行くと、あの男の人が赤ん坊を抱いていた。


「涼空、この子はね、涼空の妹。小春っていうんだよ」

お袋はそう言った。触ってみていいよと言われて、ほっぺたを突っついたり、頭を撫でたりしてみた。やわらかくて、あたたかい。

俺は嬉しくなってお袋を見た。お袋は、俺の方を見なかった。この時に、全てを察した。

「……お母さん、妹、かわいいね。もういいよ。俺、あっちで暮らすから」

この家に俺がいてはいけない。異物が混ざってはいけない。そんな感じだった。俺が見た事のない、優しい笑顔を、お袋は妹に向けていたから。

それ以降、お袋は何度かまた施設に来たみたいだったが、毎回来る時間頃に外出して、顔を合わさないようにした。そのうち来なくなったと職員から聞いた。


小学校高学年のある時、俺は市立図書館に来ていた。この頃俺は、長めのファンタジー小説を読み漁っていた。ところどころ理解出来なかったが、それでも読もうと思うくらいに、とにかく暇だった。そりゃ、施設のイベントとか、退屈にならないための工夫とかもあったけど、正直だるいだけだった。


いつもの棚を探して、そこから抜けた数字の次の巻を手に取る。抜けてるのは、俺が借りて返却したばっかりの本。こんときゃ、これだけが楽しかったんだ。……多分楽しそうな顔はしてなかっただろうが。


本を手に取ってから俺は貸し出しカウンターに向かっている途中、絵本の棚付近を通る時。

「す、すみません……。あ、あの、これ……どこに戻したらいいですか?」

困った顔をした紫髪の女の子が立っていた。

俺はちょっと黙り込んだあと、

「……あの赤い台の上。わからなけりゃ、そこ置いとけば図書館の人が片付けてくれる」

と、女の子の目を見ないで応えた。女の子はペコペコとお辞儀をして台めがけて歩いていった。


「運命ってクソみたいだな」

俺はその女の子のことを知っていた。別に、憎いわけじゃないけど、できるだけ会いたくなかった。


「お母さん、本持ってきたよ! 次はこれ!」

本を借り終わって帰りがけ、机で楽しそうに話す親子を見た。やっぱりそれは、小春とお袋だった。

二人とも、幸せそうに笑っていた。

色んな感情が湧き上がった。だがそれはしばらくすると消えていった。諦めたんだと思う。


気がついた頃には、俺は高校の制服を着ていた。中学生の頃の記憶はほとんどない。特に思い出がないから、思い出す必要もないのだろう。


高校生の頃、学校には週一で顔を出すか出さないかくらいでしか行ってなかった。それでも成績だけは叩き出して、先生たちにも文句言わせないようにしていた。もちろん、学校に居場所はない。居ないやつに居場所はねぇってことだ。今考えたら、ヤンチャだったかもしれない。


「暇くせぇ」

やることが無い。この頃俺は、お袋達がいる町から離れたくて、地元から離れた田舎の高校に進学していた。にしてもまぁ、田舎なんで本当にやることがない。これなら反対方向の都会に進学すればよかったかと少し後悔することもあった。

コンビニで適当におにぎりと水を買って、路地裏や公園に居座っては不思議な目で見られる。そんな日々を繰り返していた。


そんな雑な生活をしているある時、俺は山の公園に行く途中の道で立ち止まった。雑木林の中に、道があるように思えた。もちろんこの道は何度も通ったことがあったが、今まで一度もこの雑木林に道があるとは思わなかった。獣ですら通るか分からないような道に、何故か惹かれて俺は雑木林に踏み込んだ。


鬱蒼とした木々をかき分けて、奥へ奥へと進んだ。ふと後ろを振り返ったら道がない。ただ、気がついたらそこそこ高いところに来ていたことだけは分かった。とりあえず道に出るまで歩いてみようと思った。


しばらく進むと、大きめな祠の前に出た。古いものではあるようだが、管理が行き届いてない程でもない。祠の扉は固く閉ざされていた。辺りを散策してみると、近くに供え物らしきものもあった。まだ食えそうだったので適当に取って食った。


帰り道がわからんでもなかったが、ずっと、さらに奥に引き寄せられるような感覚が抜けなかった。引き返せばよかったものの、俺はさらに奥へ奥へと進んで行った。


時間はまだ正午を過ぎたか否かくらいのはず。晴天だったはずの空はどんより曇って……いないのにも関わらず、心做しか暗く感じた。

「雨が降る訳でもないよな」

空を見た時は、まだ変だなと思う程度だった。だが、前を向き直した時に、明らかにおかしなことが起こった。

「……おいおいおい、待てこれは」

大量の鳥居と壊れた地蔵や灯篭が散乱した、気味の悪い道。間違いなく、さっきまでこんなものはなかった。

それでも、何故かこの時進むことを躊躇わなかった。気味が悪くて足元もめちゃくちゃなこの道を、よく見ながら進んだ。壊れているものは全て、朽ちたと言うよりは、誰かが意図的に壊しているように見えた。


大量の鳥居を抜けた先には、朽ちた神社があった。手入れが行き届いていないというレベルではない。いつ壊れてもおかしくないような見た目だった。不気味だが、何故か惹かれた。

「……んだぁ、お前」

声がした。こんな所に人がいるわけが無い。だが、もしかしたらここの管理をしている……。

「人間か?」

甘かった。それは明らかに人間ではないそれは、今の一瞬で目の前に来ていた。目が一つしかない、タコ足の化け物が。

「……」

さすがにビビって声が出なかった。ファンタジーって言うよりホラーだろこれは。


化け物は俺をじっと見る。俺はその大きな目を見返すことしか出来なかった。すると突然、化け物はニィと笑った。

「お前、見たな」

やべぇこれ死んだわと思った。見たものが多すぎてどれの事見たって言ってんのか分からないが、とりあえず死んだと思った。

「……身構えんなよ、そんな急に殺したりしねぇから」

ニヨニヨしたまま化け物は距離をとって、そのまま神社の階段に座った。


「お前、なにか願い事はあるか。こう見えて俺は神様なんだぜ。ある程度のことは叶えてやるよ」

あぁ、そういや、神様みたいなのって人間とは少し違う見た目をしてるってよく言うよな。天使が確かそんなのだ、階級が上がれば上がるほど奇妙な見た目になるって。その類なのかもしれない。が、

「悪いな神様。俺に願いなんてねぇんだわ」

願いなんて言われても、今特に求めるものはなかった。強いて言うなら、ここから生きて帰ることくらいかもしれないが、それを言ったら死ぬ気がした。神様が余裕の笑みでこちらを見る。


「はぁ……まぁいい、話が進まねぇから教えてやるよ。お前のことは俺が呼んだんだよ」

「は……?」

「文字通りだっつの。呼んだんだよ俺が。並の人間にはないクソでけぇ感情抱えたお前のこと」

並の人間にはないクソでかい感情……?

「逆に俺にはなんもねぇだろ」

「重てぇもの持ってるやつほど目ぇ外らすもんだぜ? 長期に及べば特にな」


こいつが何を言いたいのかはよく分からねぇが、とりあえず、俺が何かを抱えてるって言いたいのか。

「……俺はなにも」

「生まれてから一度も望まれたことがないな? 実の親から蔑まれ、各所から伝えられた愛の言葉はハリボテ。奴らのエゴ。家族友達一切おらず、孤立を極めてはそれでよしと言い聞かせ、求めることすら諦めた」

「……」

「現時点に置いても新たな希望は一切なく、生きたその短い時間の中で得るべきものは一切得ず。地獄へ地獄へ導かれて今に至る」

「……その通りだろうよ」

言われたことが全部図星だったが、だから辛いというわけでもなかった。そんなことは知っている。どうしようもないからどうでもいい。


「奇跡を求める気はないか?」

「奇跡……?」

「お前みたいどうしようもないやつ、これから先普通に生きてても今のままだろ」

「……奇跡ってなんだ」

「手に取れば分かる。奇跡の形は人によって変わる。願う力が強いほど奇跡はでかくなる。そんなもんだぜ?」

「……代償は?」

今は正直つまらない。だが、リスクを犯してまで打破したいほどではない。耐え慣れている。

「別に。おまえみたいなやつなら特に、無いな。」

普通のやつならあるってことなのか。

「大切な人の命……みたいな」

それを言うと化け物は腹を抱えて笑った。

「お前がそれ言うのかよ。取らねぇよそんなもん要らねぇし! けど、お前にとってはそれが答えだろう?」

……あぁ、大切な人なんて居ないのに、そういうことが代償って思いついた時点で、頭の中に他人がいるって事なのか。無意識間の話だな。してやられた感じがする。


「これで死んだら一生祟ってやるよ神様」

それで肯定の意だとわかったらしい。座っていたソレはまた目の前に来た。何事かと思ったら、心臓を掴まれていた。

「奇跡は心臓に埋め込むんだぜ? こん時だけだ、我慢しろ」

「……邪神かな、お前」

痛いとか気持ち悪いとかもう、訳分からんが、やつの顔を見る余裕はあった。相変わらずニヤニヤしていた。


目が覚めると、俺は夜の神社にいた。暗い。

「目ぇ覚めた?」

……夢じゃないらしいな。赤い目がぼんやり光っているから、アレがそこにいることは分かる。

「今は普通に夜なのか? ここだけ夜なのか?」

「普通に夜だ。お前ずっと寝てっから」

「そりゃ悪かったな」

まだ生きている灯篭にアイツが火を灯した。俺を気遣っている……わけないだろうな。

「多分帰ったら世界変わるぜ? 家族云々はどうしようもねぇがまぁ、少しずつ何とかなっていく」

「そりゃどーも」


そういう話をしていると、神社の奥からもう一人、小さな女の子がでてきた。

「おいアンタ、子どもを拉致る趣味持ちか」

「馬鹿言えサンサンをガキと一緒にすんじゃねぇ」

女の子のため息が聞こえる。よく見たらその子も人間じゃなさそうだった。

「……邪神様、持ってきたよ。人間を引きずり込むのはいいけど、高等技術与えるのはどうなの? いきなり人間には使いこなせないと思うよ?」

「いや〜サンサン悪いね。いきなり頼んですまんなほんと」

あからさまにちょっとデレ付いてるのが……なんか、こう。

「ふん、どうでもいい。ところで人間、自分が今どうなってるか分かる?」

まさか、見た目が化け物になって……とかではなかった。普通に変化はない。

「いや、別になんとも」

なんともないって言おうとした途中で、女の子から本を渡された。パッと見全部外国語っぽい。

「これ、魔導書。あなた今魔法使える状態よ。奇跡イコール魔法じゃないのよ。それなのに……」

隣であの化け物……いや、邪神様? がニヤニヤしてる。昼間の威厳を忘れそうだ。


そこから俺は自分に出来ることを学んだ。基本を掴めばあとは応用が効くらしい。

「てかアンタら……というか、邪神様はなんで俺なんか引きずり込んでみたんだ? 普通に仲間が欲しいならサナちゃんみたいな妖怪の方がいいだろ」

そう言うと、邪神様はニヤけて、

「俺だって無計画なわけじゃないぜ? ちゃんと考えて引きずり込んだんだ」

と言って、あの事を話し始めた。ここで俺は、神無月のこと、守護者のことを知ることになる。そして、朝が来た。


山を降りる時は意外とすんなり降りれた。そのまま学校に行って、全授業寝た。

不思議なもんで、俺はだんだんクラスに馴染んでいった。そのまま流れで、学校に行く回数も増えていった。馴染めた理由は、急にヤツらが俺に話しかけてくるようになったから。まぁ、間違いなく邪神様のせいだろうよ。

「おい、黒いの〜、なんかおもしれぇ話ねぇの? お前の話も聞いてみたいんだけど」

人が集ってきた。邪神様が

「お前と同じようなやつを見つけたいんだよな。なかなかいねぇんだわそれが」

と言っていたことを思い出した。なんかない? という顔で見つめてくる彼らを見て、少しニヤつきながら俺はこういった。

「なぁ、邪神様のお話って知ってる?」




目を開けたら時計は八時過ぎを指していた。すっかり朝だった。随分忙しい三年間だったなと思いながら起き上がって電球を買いに行く準備をする。

「はぁ〜……買い出し行かねぇとなぁ……めんどくせぇ」

どうやら魔法はまだ使えるらしく、転移して行けばすぐなんだが……そればかりに頼ると健康に悪い気がした。

買い出しに行って、帰りによく行く公園のベンチに座った。珍しく、今日は誰もいなかった。たまに聞こえる車の音と、鳥の声。ブランコの上で呑気にあくびをする猫を見ながら俺もあくびをしていた。


「久しぶりね、黒川くん」

後ろから声がして振り返る。そこには、桜色の髪をした女性が立っていた。

「アンタは確か……」

「神崎美奈子。忘れたとは言わせないわよ?」

神崎美奈子、高校の時の同級生。剣道部のエースであると同時に、御三家のひとつ、神崎家の人間でもある。ほんと、この人と、高校時代に色々あったんだが……思い出したくない。


「随分と久々に顔を見たっスけど、なんの用スか?」

そう言うと、カバンの中から素早く何かを取り出して、俺の頭を叩いた。

「痛ってぇ! なんスか!?」

神崎美奈子の手には長ネギが握られていた。

「なーにがなんの用スか〜よ! うちの弟たちがお世話になったわね。一発、いや十発竹刀で叩きたいくらいよ」

弟? あぁあの……

「いや、言えばこっちの方が世話になったッスよアレ!?」

「問答無用よ! もう一回手ぇ出してみなさい? 絶対許さないから」

「守護者くんよりあんたら神崎のほうがよっぽど物騒だなほんと!」

ちょっとギャイギャイした後、神崎美奈子は

「ま、なんかあなたのこと待ってる可愛い子がいるし? 許さないけど引いてあげるわ。次会った時はきっちり話してもらうから! じゃ!」

と言って去っていった。ほんっと嵐みてぇなやつだった。


「……んで、なんの用スかお嬢ちゃん」

隣にはいつの間にか、小春が立っていた。

「あの……昨日は……」

でかいため息を着く。礼を言いに来たか。

「どうでもいいッスよ」

小春はしばらく黙り込んで、口を開いた。

「あの、黒川さん……あの、家に、来てくれたりしませんか」

……返答に困る。

「アンタ、お袋から話聞いてんだろ? アンタらの家庭に戻る気は一切ないぜ?」

少しあうあうとしていた。一生懸命考えて言葉をひねり出してるんだろうなぁと思いながら横目で見る。言葉に困ってそうだった。


「本当にごめんなさい。けど、これは、お母さんとかお父さんとか関係なく、私の意思で……」

で? という感じだ。

「昔から、血も半分繋がらない様な私に、偶然会っただけなのにとても優しくしてくれたこと、すごく嬉しかったんです。黒川さん、私の事嫌いだったりするかなって思っていた時期もあるんです。でも、この間も誰よりも早く助けに来てくれて……一緒にいた時間なんて、ほんの数分ばっかりだったんですけど、きっと、私のお兄ちゃんなんだって分かったんです」

……偶然にしては多い回数、小春と会うことがあった。俺は小春のことを知っていたが、小春は俺の事を知らないと思っていた。これが誤算だったんだ。

「んで? 俺が兄貴と分かった。それで、どうしたいんスか? 言っときますけど、何があっても絶対家には行かねぇッスよ」

そう言うと、小春は少し悲しそうな顔をしていたが、しばらくして納得したような表情を浮かべた。


「わかりました。もちろん、私も強く言える立場じゃありませんので、強要したりはしません。でも……もし、良ければ、お兄ちゃんと呼ばせてくれませんか?」

何を言い出すかと思えば。鼻で笑ってしまった。しかしまぁ、お兄ちゃん……ねぇ。

「まぁ、それだけなら……呼ぶ機会ないと思うッスけどねぇ」

そう言うと、小春はいきなり笑顔になって

「ありがとうございます! お兄ちゃん!」

と言った。

「いきなり来ましたねぇ。吹き出すかと思ったぜ」

「先手必勝……です!」

何か知らんが、楽しそうなので良しとした。


「じゃあ、俺は行くぜ。そろそろ帰って片付けとかすっから」

そう言うと、

「わかりました! では、またどこかで。お兄ちゃん!」

「アンタそれ言いたいだけッスよね!?」

そう言うと、へへへと言う感じで笑っていた。長い二つ結びをなびかせて、小春は手を振っていた。それを見ながら軽く手を振って俺は帰路に着いた。


自室は相変わらず静かだった。電球を付け替えながら、小春が言っていたことを思い出す。

「お兄ちゃん……ねぇ」

うちが最初から、幸せな家庭で、俺らがばらばらにならずに済んでいたら、きっともっとガキの時から……出来ねぇことを考えるのはやめよう。今でも充分じゃねぇか。俺の生活は一変しない。いつも通り、雑な生活が続く。まぁでもひとつ、これを心から願えるようになったことが、俺にとっては希望なのかもしれない。


「幸せになれよ、小春」

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