プロローグ 朱色の花が咲く頃に
ザーザーと水の流れる音がする。あぁそうか、私、邪神様と一緒に朝日を見て崖の下に落ちたんだ。全身がひんやりする。子どもの姿に化ける力も残ってなくて、元の姿のまま起き上がる。全身びしゃびしゃに濡れていた。抱き抱えていた邪神様はもう居ない。
「私だけ、生き延びちゃったんだね」
返事も誰かの声も聞こえない。ただ、冷たく通り過ぎていく風の声と、水の音だけが表情を変えずに鳴り続けていた。
ふと気になって背中を見ると、朝日を浴びた影響で、羽がボロボロになってしまっていた。こんな状態だからいっときは飛べないと思う。空を見上げると、星がギラギラと輝いていて、今はそれが嫌味に見えた。
誰が悪いなんてない、誰が正しいなんてない、そんな戦いを長期間に渡って行ってきた。それがやっとで終わったんだろうなって。風に揺られていた数本の赤い彼岸花を見ていると、川の方に人影が見えた。こんな崖の下に、人がいるはずない。けど、それ以上に居てはいけない人がそこには立っていた。
「……朱花ちゃん?」
そんなはずはない。だって、朱花ちゃんは四百年前に……。
「な……んで」
声が震える。
「怖がらないでサナちゃん。朱花、ずっと見てたから大丈夫」
「だって……朱花ちゃんは四百年前に」
「うん。朱花、死んじゃったね。人間に殺されちゃった」
何一つおかしい事がないかのように淡々と話す。心臓の音が鳴り止まない。
「パッパがね、本当はやっちゃいけない方法を使って朱花を生き返らせてくれたんだ。パッパ自身も記憶にないみたい」
そう言いながら朱花ちゃんは川から上がってきて、私の手をとった。その手が酷く冷たかった。
「さ、行こうサナちゃん」
私の手を引いて歩き始める。
「ちょっとまって、どこへ行くの……?」
すると、朱花ちゃんは光の灯らない虚ろな目で私を見てこう言った。
「バカな人間達に復讐しに行こう?」