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エッセイ

仰角

作者: 吹田栞

 私が中学生の時、クラスメイトのお父さんが癌でお亡くなりになりました。年齢は五十代くらいだったと記憶していますので、平均寿命などから考えるとその死は比較的早いものだったと思います。


 そのクラスメイトとは特段仲は良くありませんでしたが、話そうと思えば話していたし、その子一人ではありませんでしたが、私のお家に呼んだこともありました。その子の家は貧乏で、ゲームをあまり持っていませんでした。私の家は一般家庭と同じくらいゲームについては許容されていましたので、その子が来たときはゲームをずっとしていました。その子の家には太鼓をたたいて遊ぶものや爆弾を爆発させて遊ぶもの、社長になって一番のお金持ちになることを競うゲームしかないと聞きました。幼子ながらずいぶん偏ったジャンルだなと思ったものです。


 その子はあまりほかの子からは好かれていませんでした。その子の情緒が不安定だったのかは分かりませんが、少しでも酷いことを言われてしまうとすぐに泣き出してしまうという時期があり、その子が泣くたびにやーいやーいとからかわれ続けていました。私はその子がかわいそうで仕方なかったから、その子に頑張って話しかけたり一緒に下校したりしていました。でも正直その子の話はあまり面白くはなかったし、話し方も三十歳年上のおじさんみたいだったものですから、飲み会で酔っぱらってしまったおじさんの自慢話に付き合ってあげてるような感じでした。それになんだが私自身が偽善者であるような気分がして、本当はこの子の気持ちなんてそっちのけで、私の自己満足でこの子に話しかけているだけなんじゃないのか、それが原因で私が陰口を言われているんじゃないか、この子は本当は私となんか話したくないんじゃないか、そんな葛藤を抱えていました。でも私が話しかけるといつものその子は、私があまりよくわからない話をすごく笑顔で話し続けていたので、私もつられて笑っちゃうことが良くありました。つられて笑っている自分が、私が偽善者でない証拠であるような気がして、変なしがらみを感じない時間だったというのも関係していると思います。


 ある日学校に行くと、普段学校を休まないその子が学校にいませんでした。不思議に思っていると、ホームルームで担任の先生からその子のお父さんがお亡くなりになったことを聞きました。私は直感的にそのお通夜に参加しなければならないと思いました。だって私が勝手に思っていただけかもしれませんが、私とその子は友達だったからです。アミューズメントパークに行くのではないのですから、ほかの仲の良い友達を誘うことはしませんでしたがみんな当然来ると思っていたので私は話にも一切出しませんでした。


 お通夜を行う場所は車が多く泊まるだろうし、その場所はすごく近いから歩いて行ってきなさいと母親に言われました。最初母親にも来てほしいと言いましたが、親同士仲が良かったならまだしも、そうでないなら邪魔してしまうから一人で行ってきなさいと説得されて、納得してすっきりした後に私はその場所に向かいました。


 その行きの道はよく覚えています。お通夜に一人で行くのは初めてでしたから、久しぶりのお通夜(不謹慎な表現ですみません)での作法を思い出しながらその場所へ向かっていました。車通りがかなり少ない上り坂を、万が一車が来た時に邪魔にならないように端に寄りつつ、星を見上げながら歩きました。私は両親を亡くしたことが今もないですが、その時も当然なかったので、その子の気持ちを完全に理解することはできないんだろうな、そんなやつに慰めの言葉をかけられても何も響かないんだろうな、本当に私がお通夜に参加することに意味はあるんだろうか、うじうじ悩みながら坂を上がっていました。死んでしまったら星になって私たちを見守ってくれるなんて幻想を、幻想だって言いきってしまうような大人にはなりたくない、少し関係ない決意までして坂を上り切りました。


 ほどなくしてその会場に到着しました。中に入るとお通夜に参加した人がもらえる缶の緑茶をもらいました。ですがこれまで参加したお通夜では、ほかにもお菓子などをもらっていたので、それに少し驚いて、でもそれを表情に出してはいけないなと思いながら、いっぱい人が座っているであろう部屋に向かいました。


 その部屋に人はいっぱいはいませんでした。みんなおじさんやおばさんばかりで、私と同じ制服姿の人は、最前列の一人以外誰もいませんでした。お経が始まる前に線香を上げに行ったときに、その子と目が合いました。その子はいつもと同じように笑って私にお辞儀しましたが、私はそうさせてしまう自分が情けなくなりました。気を遣うべきはその子じゃないのに。他の皆さんはすでにお線香をあげてしまっていたようでしたから、私は初めて見るその子のお父さんの顔を、しっかり見て、線香をあげ、いつもするより少し長めに手を合わせました。当時のその子の笑顔は覚えているのに、お父さんの写真がどんなだったかは全然覚えていません。


 私が線香をあげて、自分の座るところを見つけたころに、私の中学校の先生が何人か来ました。私の担任の先生もいました。私は顔見知りの人がいて安心しました。きっと私の友達もいずれ来るだろう、そう言い聞かせてその時を待ちました。先生は当然だけど喪服姿で、普段ウィンドブレイカー姿しか見たことのない体育の先生を見て新鮮さを感じたことを覚えています。そういえば今思えば、私の担任の先生の喪服姿も初めて見ましたが、なんだか普段から着用してるんじゃないかと疑うくらい似合っていて、意味も分からないけど不気味さを覚えたことを思い出しました。私の担任の先生は、最前列にいたそのこと何か話しているようでした。その子は、少し嫌われているかもしれないけど、いい子なんだよ、って先生に教えてあげたかったですが、その先生はいい人だったのでそんなことは私に言われずとも知っていたと思います。


 そのうちにお坊さんがやってきました。お通夜の時のお経はかなり長くて、眠っちゃいそうな時がありましたが、その子のために絶対眠ってはいけないと思っていました。でも、お経の時間は、本当に短かったのです。拍子抜けしてしまいましたが、当時の私はその子の目の前に眠ってしまうよりは全然いいだろうと安心しました。ですが時間が経ってからその短さの意味を知って、もう一度悲しくなったのを覚えています。


 お経が終わってお坊さんはお話をなさることもなく、そそくさとさっき出てきた場所に戻ってしまいました。それでお通夜は終わってしまいました。


 そのあと、私はもう一度その子に話しかけに行きました。やっぱりその子は笑顔で私と話してくれたので、私も少し笑顔で話しました。多分二十秒に満たないくらいの時間だったでしょうが、なんだか一生忘れなさそうな時間でした。結局私の友達は一人も来ませんでした。


 帰り道、その子のことを思い出して悲しくなりました。私には何もできないことを悟らされた気分でした。なんでかは分からなかったですが、その子に安直に話しかけてしまうのは、その子にとって非常に迷惑なことのように思われました。街灯と街灯の、ちょうど明かりが届かない範囲の暗がりで、私は立ち止まってもう一度空を見上げました。きっと、あのお父さんもその子のことを見守ってくれているんだろう。どうか一生そうしていてくださいと心の中でお祈りしました。もらってもいなかったバトンをその子のお父さんを渡しました。


 どれだけ時間が経ったでしょう。風の噂でよくない事を聞きました。あのお父さんに多額でないけど、保険金が掛けられていてその子のお母さんがすべてパチンコに使ってしまったという話でした。


 私は、その子とお話しすることは無くなりました。以前なら話しかけたり、話しかけられたりしましたが、お互い会話することが無くなってしまいました。気づいたらその子はいじめられなくなっていましたが、その子はいつも一人になってしまいました。私は、なんとなく、その子と話すことをやめました。


 今その子が何をしているか、私は全く知りません。多分どこかで働いているんだと思います。ちょっと変わっていますが、真面目な子だから職場に合えばすぐに気に入られるような子だと思っています。でもその子を思い出したのさえ、五年ぶりくらいでした。私が、今書いている「新訳 銀河鉄道の夜」という作品のために、夜の星空を見上げたときのことです。


 オリオン座が、綺麗でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読みしちゃいました 重苦しさと仄かな後悔がこっちまで伝わってきました
[一言] 2回読みました。 実体験、リアルですね。 心情描写が細かくて読みやすかったです。
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