恒星
私は幾度目か分からないため息をつきました。
ため息というと口から溢れる呼吸の一つでして、これだけ聞くと「なにか悲しく苦しいことがあったのかな」など思われるかもしれません。しかしながら私は大層満ち足りた気持ちで一杯なのでした。
私が眼下に見下ろしているのは私の知らない街です。
街というには余りにも広大なものなのですが、何せこの高さからなのでちっぽけなものです。見上げた先の濃墨色とは異なる文明の暗さを覆い隠さんばかりに光が瞬きます。
一時も途絶えること無く煌めき続けるなんて、なんていじましく素晴らしいことなんでしょう。私は愛おしさのあまりじたばたと暴れてしまいます。
指を伸ばしてあの光を捕まえたい、という思いはありますが、流石に彼等も知らないうちにぷちりとやられては可哀想でしょう。私は寛大なのでその気持ちは仕舞っておくことにしました。
暫く目で追いかけていましたがじきに見えなくなってしまいました。残念な気持ちになりましたが見えないものに心をかけるほど私は想像力が豊かな方ではないので、あの街のことはすぐに忘れてしまいます。
次に私の興味を引いたのは一番近い、綺麗なまあるいお月様でした。今日は気分がいいから、あのごつごつとした方も見れるかもしれないとわくわくして背伸びをしてみましたが、すべすべな方が光るばかりでよく見えません。
ご機嫌だったことも忘れて私は思わず唸り声をあげそうになります。
なんて悪いお月様なんでしょう!あんなに普段は崇められておいて、こういう時のクライアントのささやかな要望には応えて然るべきなのではないでしょうか!
しかしながらあの光っている所だって十二分に美しいのですから私はそこまで怒るべきではないのでしょう。
ぽすりぽすりと月に落下する岩が作る爆発を眺めました。白く輝く粉塵を巻き上げてなお、その星は変わること無く光り続けます。
私はその爆発の正しい呼び方を知りません。先程まで見ていた街の住人に聞けば答えは得られたのかも知れませんが、この距離から叫んでも声は届かないはずです。
誰かに自分が見たものについて話したいのに相手がいなくて私の心は迷子になってしまいそうです。あんなに幸せな気持ちだったのにいつの間にかすっかり寂しくなってしまって私はしょんぼりしました。
膝を抱えたところで誰も慰めてはくれないのです。あの光の中にいればきっと見ず知らずの私だって誰かに心配されたことでしょう。
あんな風に巻きあげられた月の欠片が空に吸い込まれて街の人々にぱらぱらと降りかかるのです。彼等はそれに気づかないものが大多数ですが、中には糊をべたべたに塗った紙を振り回して回収してしまうものもいます。そうして見上げた先に見るそれと手元のそれが同じものであると、微笑みあうのです。
そういうときの街の灯りはこれ以上にないほど鮮やかに見えるので私にも分かってしまいます。
普段考えないようにしていることを何気なく突きつけられると、どうしてこうも苦しくなるのでしょう。これは最早こころというものが構造的に脆弱であると責任転嫁するしかありません。
私は一人で生きるべくして命を燃やしていますのに、どうして神様は私の心をこうやって虐めてしまうのでしょう。
しかしながら私が生きることで育まれた命が幸せそうなのですから私はきっと、僻みながらも嬉しいのです。飽きもせず毎日ずっとこうやって眺めるくらいには大好きなのです。
私が死んでしまう前に私の体温できっと彼等はじゅわりととけて死んでしまいます。万年成長期の私ですからそれは仕方ないことです。自分では光らなくて、それでも青い星はたくさん見当たりますがここまでのお気に入りは初めてで思い入れもあります。
きっとこの先何年も、恋のように私は小さな光の集まりを、光が続く限り見続けるでしょう。いつか私の手が届いてしまうまで、私は彼等を慈しみ育み続けるでしょう。
私が大きくなりすぎて私の体が空に引き裂かれてしまったあとに、私の欠片が誰かを繋いでくれることを、私は神様に祈っています。
普段は絵描きですが初めて短編を自分なりに書きなぐりました。目の肥えた方もそうでない方も優しく読んでいただけると嬉しくてぴょん死します。文を書くのが楽しいなと思ったら書き方を練習していくつもりですので、感想をいただけるとうれしいです。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。見つけていただいたことが嬉しくて仕方ありません。