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004 今後の方針の設定と目標


 木の香りが鼻腔をくすぐる。香源は古びた木造の机と椅子。あるいは、壁際に立てかけた本棚か。今まで何度かここを訪れたことがあるが。相変わらず、古風で落ち着いた雰囲気がある。


 デスクの上には、書類の束。乱雑に積み上がっていて、スペースは残っていない。到底一日二日では捌き切れないくらいだ。一枚くらい、なくなっても気付かないだろう。不躾に置かれていて、いやでも目に写る。内心気が気でないのだ。一つ一つが、教会の秘密事項である。ウッカリ内容を見ると、刺客が送られる。


 そんな俺に、気遣うつもりはないようだ。

 俺が到着すると、その女は。すぐにこちらを振り返った。そして、ため息混じりに、言葉を発する。


 「……それで。結局、聖勇者パーティに参加することになったんだね」

 

 教会暗部のトップ、枢機卿アレゴロ。その透き通る銀髪。血のように赤い目は、まるで悪魔のよう。


 教会暗部の幹部は、血の気の多いきらいがある。稀に、命令違反をして、暴れる奴もいるそうだ。物騒な集団のトップには、凶暴な奴にしか務まらない。目の前の女は、紛れもない強者だ。


 華奢な体のどこから、その力が出てくるのかというくらい、武闘派である。俺を直接、訓練した張本人であり、師匠。今考えても、恐ろしい訓練だ。もう二度と、彼女に教えを請うなど、御免(こうむ)りたい。一種のトラウマである。


 「仕方がなかった。あんな風に、名指しで指名されては、断る隙すらなかった」


 「しかし、パーティに入る前に、やる事がある。ローレライの恩恵を受けるしもべとして。まず、果たすべきことがあるはずだ」


 アレゴロが問い詰めるような口調で言う。だがその声調は静かだ。予め分かっていたかのような、達観した様子。


 「もちろん、任されたことはきちんとやる。収穫もあった。準備は滞りなく万全だ。懸念も––––––ない。むしろ、いつでも背中から刺せるようになった。これは……、一種の、進歩ともいえるッ!」


 「この状況で、聖勇者が死ねば。間違いなく君は、後ろ指を刺されることになるよ」


 「それくらい。構わない。王国に入れなくなったら、ゼロとして生きればいい。ずっとこう生きてきた。どうせ、今更、元いたところに帰るつもりもない。」


 「……ダメだ。こちらが困る。君にはまだ、皇子としての使い道が……、あるからね。」


 不貞腐れたような顔をしながら、アレゴロはそう言う。見た目だけ年若い分、子供が拗ねているように見える。

 その本性を知っている俺には、全く可愛く思えないが。酒場にでも一人で放り出したりすれば、間違いなく声をかけられる。それほどの、破壊力をもっている。


 「……聖勇者の情報を知らせるための、情報源リソースか。」


 聖勇者の情報は、外部には公開しない。聖勇者は、王宮内に住んでいる。だから情報も漏れないのだ。マルタが話したいと言ったのも、公の場以外では、見ることも叶わないから。


 情報は、聞かなくても、宝具で記録される。王国には、聖勇者の情報を書き記した、書物型の宝具がある。シオンが植物型の魔物でレベルを上げたと言うのも、その宝具から直接得たもの。


 身長とか、年齢とか、身体的なことは知ることはできないが、聖勇者が歩んだ歴史が分かる。その宝具を、追悼の書(メモリアル)と呼ぶ。とても便利な宝具なのだ。唯一の欠点は、皇族の魔力でしか、動かすことはできない。


 アレゴロが、ニヤリと笑う。肯定も否定もしていないあたり、正解のようだ。だが、使い道がそれだけとも言っていない。

 


 彼女は人差し指をピンと立てると、一つ提案を持ちかけた。


 「ロゼ。発想の転換をしよう。聖勇者シオンは……、まだ殺さない。」


 「殺さない……? それだと主旨に矛盾していないか?」


 「聖勇者は狙う。ただ、少し順番が変わるだけだ。聖勇者は、この世界に、たった一人では……、ない。」


 その言葉で、俺は察する。この大陸には、三つの大国がある。北の帝国。西の皇国。南の王国。実は、全ての国が、聖勇者を呼び出すことに成功している。つまり、その数だけ。この世界には、三人の聖勇者がいる。

 

 恐ろしいことだ。神ローレライは、勇者を全て、抹殺しようとしている––––––。


 旅の序盤で、聖勇者が死ねば、俺の非難は避けられない。処刑すらありえる。だが、中盤。闇の眷属などの、強敵と出くわしたとか言い訳をすれば、いくらでも誤魔化しはきく。


 「だが……、聞いていないぞ。俺が任されたのは、一人だけだ。」


 「一人だとは、誰も言っていない。言わなかったのは、聞かれなかったからだよ。ロゼ。とはいえ、私も大人気なかった。君は一刻も早く、前線に戻りたがっているのに。要らぬ期待をもたせてしまったね」


 「この……、サディストめ。」


 大幅に、計画を変更する必要がある。これは……、長丁場になる。少なくとも、一年。これが、お頼み事である事実に頭が痛くなる。間違いなく、人材と資金が足りない。


 「だから、まず訪れるのは、皇国だ。そこでは、君の皇子としての身分が、必要になる。……君の使い道の一つでもある。」


 「ただでさえ、関係が悪化しているんだ。間違いなく……、戦争になる。」


 「それを上手くやるのが、君の役割だ。」


 なんてこともなさそうに、アレゴロは言う。


 仮面を被ったシスター、ファーストが言っていた。国王ちちうえが国内の惨状を改善できない理由。それは、隣国との関係の悪化が原因だった。その隣国とは、間違いなく皇国のことだ。


 皇国の聖勇者が、王国の皇子の滞在時に死んだ。考えたくないシナリオだ。


 「これは……、神託だ。作戦の内容は、ロゼ。君に任せる。きっと、なるようになる。我らが神、ローレライは……、常に私達を見守っている」


 随分と、抽象的な、命令である。具体性があまりにも欠けている。普段の命令ならば、もっと事細かく指示される。悪寒が走る。この、得体の知れない感覚。何か、大事な情報がごっそりと抜け落ちている。



 「アレゴロ。……一つだけ、確認だけさせろ。この一件。さては、メシャの奴が関わっているな?」


 「………」


 「無言は肯定と見なす。ならば……、知識の碑石(ライブラリ)の解読が、漸く、進んだか? なるほど、どうして教会が、今になって、こんな行動に出たのか……、理解した」


 知識の碑石(ライブラリ)。メシャという男だけ読める碑。神々が生まれ落ちた神話の時代から存在する碑。それは、事実を写す、史実の書だ。今まで、解読できていたところは、過ぎ去った歴史しかなかった。だが、遂に。今を追い越してしまったらしい。


 「さすが……、頭の回転は、一流だ。傾倒する。だけど、私からは、何も言えない。」


 一種の降伏、妥協。おそらく、教会は––––––、知識の碑石(ライブラリ)通りに歴史を進めようとしている。


 「……まぁ、上手く。やってくれ。仕事として任せられないとはいえ。流石に、資金の融通くらいしよう。」


 「それは……、本当に、助かる。」


 俺は指に付けている五つのリングのうち、中指にはめていた宝具を、アレゴロへと手渡す。


 収納用の宝具。時空の歪みディメンション・ロストだ。別次元の宝物庫へと繋がっており、そこから物を出し入れできる。登録した魔力以外の人に、物を取り出すことはできない。中身が盗まれる心配がない安全性の高い宝具だ。


 「これで、しばらくは大丈夫だろう。また、必要になったら、言ってくれたら融通するよ、」


 アレゴロから受け取った時空の歪みディメンション・ロストを再び中指に嵌める。


 「それでは……、行ってくる。」


 「ロゼに、神の祝福があらんことを。」


 彼女が指をパチンとならす。すると、視線が暗転して、気づけば教会の裏口に立っていた。

 












 前線から後方へ来て、数日。


 これほど、退屈な日々はない。体が、鈍って仕方がない。けど、悪くはない。


 久しぶりの、安全地帯での睡眠。疲労回復魔法で、深い眠りにまで落とした。だから、二年ぶりの。とても良い、目覚めである。



 長旅か……。


 昨夜、シオンには皇国行きと伝えた為、通行許可証は貰ってきただろう。出発は今日の夕方。夜通し移動する。いずれ、滅殺するだろう聖勇者ターゲットと、俺は一緒に行動しないとだめだ。しかも、皇国にまで向かうのだから。少し気が滅入る。


 簡易ベットから体を起こす。相変わらず、何もない部屋だ。

 舞踏会での、俺の評価は散々だった。だから、金を回してもらえないのか。いや、昔の、国王ちちうえは、そんな人間ではなかった。豪快な男で、金をケチるだなんて、そんな卑しいことはしない。


 考えていても仕方ない。

 

 何もないワンルームの、唯一の装飾。少しだけ、高級感溢れる窓だ。開けると、日はすでに登り切っていた。元々熟睡する予定だったとはいえ、あまりにも、睡眠をとり過ぎたか。日差しが差し込み心地よい。大きく背伸びした。


 身支度を整え、ベットの下に偽人間レプリカドールを押し込んだことに、ふと気づく。もし見つかってしまえば、あらぬ噂がたつ。俺は宝具の力で、消そうとするが……、その時、ふと気づいた。


 「……ない」


 俺は宝具を常に身につけているが、寝るときは外す。戦場では外さないためか、ここが平和ボケした王宮内だからか、意識していなかった。


 王宮にいるのは、もちろん俺だけではない。使用人、料理人、兄弟たちもいれば、国王もいる。だから油断していた。


 確かに、言い訳に過ぎない。だが、あからさま過ぎて。流石の俺も考えたことはない。




 王宮からは、俺の宝具の姿と……、メイドの姿だけが、消えていた。

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