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5.お茶会




休日を終え、東司令部に戻ったリアとユージンを部下のロンが出迎えていた。


「お疲れ様です、部隊長。お休みはいかがでしたか?部隊長がいらっしゃらない間、溜まった書類は机の上に整理しておきましたのでご確認を……って!何してくれてんですか!」

「最重要案件ができた。他の仕事は全部後回しだ!」


机の上にあった書類を全て払い落としたリアは代わりに大量の本を叩きつける。


「何ですか、これ?」

「乙女たちのバイブル……恋愛小説だ!」

「恋愛小説ってこんなにあるんですか?」

「ゴシップ誌も入っているぞ」


ロンが手に取った雑誌がまさにそれだった。貴族の恋愛スキャンダルがでかでかと載っている。

ブラックベルンの屋敷を後にしたリアは、ユージンを拾ったのち本屋に立ち寄り、最近話題のものを買い漁ってきていた。


「どうしてこんなものを部隊長が?興味無さそうなのに」

「母上がいらっしゃるのだ」

「部隊長の母君って、陛下の妹君の!?」

「ああ。昔から母上はこういうのが好きなんだ。自分の趣味を子供と共有したいという思いも強くてな。母上を悲しませる訳にはいかない。領地からこちらに来るまであと三日しかない。その間にこれらの内容を覚えなくては……!」


鬼気迫る表情で目前の印刷物を見るリアに圧倒される。


「覚えるって、これ全てですか!?さすがの部隊長でも厳しいのでは?」

「全てを暗記する必要はない。ユージン!」

「はい。アクア様の好みから分析して話題に上る可能性が高いものを選んだリストがこちらです」

「『永遠の愛を君に~第11章運命の舞踏会~』、『愛の証明書』、『恋する乙女の選択』か……」

「『永遠の愛を君に』シリーズはアクア様の愛読書です。その最新刊が先日発売されました。かなりの確率でお話に上るかと」

「確かにな。母上はこの話に出てくるリカルドがお気に入りだから、既に読破されているだろう。他の二つは?」

「どちらも主人公の女性が困難に立ち向かい、最終的に真実の愛を手にするお話です」

「母上の好みそうな話だ」

「好みがわかっているなら他の雑誌とかいらないのでは?」

「いや、他のも軽く目を通す必要がある。たまに母上は変化球を投げつけることがあるからな。用心に越したことはない」


そう言って一番上に置いてあった本を取る。

『永遠の愛を君に』まずはこれからだ。



この物語の内容はこうだ。

主人公は下級貴族に生まれ、王宮でメイドとして働く女性、アンジェリカ。国一番の騎士であるリカルドに憧れを抱きながらも、彼の周りにいる女性と自分を比べてその差に落胆していた。みすぼらしい自分では彼の隣に立つどころか、声をかけることすらできない。そんなことを思っていたある日、雨にうたれてびしょ濡れになった子猫を見つける。近くの物置小屋に子猫を避難させると、子猫を追ってリカルドが来た。彼はその迷い猫を誰にも内緒にして王宮で匿っていたのだ。そこから子猫を介してアンジェリカとリカルドの秘められた逢瀬が始まる。……というのが物語の序盤である。そのあとにも子猫の存在がバレそうになったり、アンジェリカが敵国の間者に連れ去られてリカルドが助けに行ったり、二人で城下町の祭りにこっそりと参加したり、徐々にその仲を深めていった。そして、今回の章では王宮最大の舞踏会が開かれ、そこで最大のライバルであり、公爵令嬢のコーデリアとリカルドを巡ってし烈な争いを展開することとなっている。


リアは読んでいて胃が痛くなってきた。


「痛たたた……うー、描写がリアルすぎて胃にくる」

「だ、大丈夫ですか?お茶淹れてきましたけど、飲みますか?」

「ああ、ありがとう、ロン一等兵」


ロンが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。


「部隊長ここまで疲弊させるなんて、何が書かれているんですか?」

「それはだな、女の争いだよ。嫌みの応酬からちょっとした嫌がらせ、マウントの取り合い……はあ、お茶会を思い出す」

「お茶会って貴族のご令嬢がよくするっていう?そんなに危ないものなんですか?」

「身内のみの少人数のものなら楽しく歓談するだけだからいいのだが、大人数のものは何かしら争いが起こる。そこのゴシップ誌に載っている者の関係者同士、まあ、妻と浮気相手とかが同じお茶会に参加したときなんて言葉にできないくらい悲惨だったぞ」

「うわぁ……」

「彼女たちは歴戦の武人にも劣らない殺気を出して舌戦を繰り広げるからな。外交官の奴らもお手本にしたら、王国の交渉技術があがりそうなものなのに」

「はあ、だからブラックベルン部隊長はそういう場にあまり参加されないんですね」

いつも任務を優先させていたのは、それが理由でしたか。


部下の発言に目をそらす。

ブラックベルン家に届くお茶会の招待状はそれとなく理由をつけて断っているが、たまにこの東司令部に直接送りつけてくる者もいる。その場合は遠方の任務を入れて物理的に参加できなくしていた。

笑顔を携えながら言葉で殴り合うより、直接敵と殴り合った方がリアにとっては楽なのである。

とはいえ、最近はお茶会の誘いもないし、実に平和な日々を過ごしていた。

その中での母の帰還である。唐突だったそれに一抹の不安を覚えながらリアは本の続きを読む。





アンジェリカは泣きたくなった。

あと数時間で舞踏会が始まるのに、用意していたドレスを何者かに切り裂かれてしまった。代わりのものはない。このままでは舞踏会に参加することができない。


「リカルド様……」


彼の笑顔が遠ざかっていく錯覚を抱く。アンジェリカは心が苦しくなった。

布切れになったドレスを抱き締めていると外の廊下から複数の話し声が聞こえてきた。


「うふふ、コーデリア様ったら」

「さすがに可哀想ですわぁ、ふふ」

「でも、良い気味ですわ。コーデリア様を差し置いて、しかも、あんなみすぼらしいドレスでリカルド様に近付こうなんて身のほど知らずが一人減るのですから」

「まあ!そうですわね」


聞き覚えのある声だった。いつもコーデリアの側にいる取り巻きたちの令嬢の声だ。


「もう、そこら辺でお止しなさいな」


コーデリア……!


「あれが彼女の精一杯だったのよ。わたくしたちとは持っているものが違うのは当たり前」

「コーデリア様はお優しいですわね」

「あら、そう言ってもらえてうれしいわ。でも、わたくし、一つわからないの。蛾が蝶の真似をしても誰にも相手にされないのに、どうして醜く飛び続けるのかしら」

不思議だわ。


コーデリアたちの声が遠ざかっていく。

アンジェリカは自分の体が震えていることに気がついた。胸の奥が熱くなる。


負けない……!コーデリアにだけは負けたくない!


決意を胸にアンジェリカは立ち上がり歩きだした。





「ドレスを裂くなんて、コーデリアはすごい奴だな」


またページをめくる。





昔から針を扱うのは得意だった。新しい服を買う余裕がなかったから、服のほつれは自分で縫っていた。まさか、その技術がここで活かされるなんて。

鏡に映る自分の顔をなぞる。アンジェリカが身にまとっているのは、もとはベッドのシーツ。これをなんとかドレスに見立てて即席で形にしたものである。今、流行りの光沢のある生地でもないそれは白一色であった。


挫けては駄目よ、アンジェリカ。今夜だけは下を向かずに、前だけを見続けるの。


自分に気合いをいれたアンジェリカは舞踏会へ向かって歩を進める。

すれ違う人々が自分を凝視している。若い令嬢の笑い声が聞こえる。それでも彼女は足を止めなかった。

アンジェリカが会場に入ると一瞬、談笑していた声が止む。しかし、しばらくすると再び会場に音があふれかえった。

アンジェリカはリカルドを探すために目線を巡らせる。すると、前方からリカルドが令嬢の波をくぐり抜けてこちらにやってきた。探し求めていた彼の登場に心が跳ねるが、その後ろからこちらを見つめるコーデリアの姿に弾んでいた心が沈んでいく。それでも、愛しい彼のためアンジェリカは美しく見えるようにゆっくりとカーテシーをした。

しかし、それも彼の言葉により固まってしまった。


「おや、なんでここにいるんだい?こんなところにいてはいけないよ」

「え、リカルド……様?」


呆然と目の前のリカルドを見つめる。彼の言葉にアンジェリカが動けないでいると、クスクスと笑うコーデリアが声をかけてきた。


「まあ!あなた!もしかしてそれってシーツかしら?ふふ、面白い方ね。でも、リカルド様もこのようにおっしゃっているわ。ここはあなたみたいなドレスも用意できない貧乏人のいるところではないの。悪いことは言わないから早く小屋にお帰りなさい」

「あらあら、ねずみが一匹迷い込んでいるわ」

「まあ、怖い!」

「誰か摘まみ出してちょうだい」


コーデリアの勝ち誇った顔に、周りの蔑むような笑い声が脳内を駆け巡る。アンジェリカの足が後ろへと下がる。


心が、折れそう……苦しい。助けて、リカルド様……!


手を体の前で握り、目を閉じる。もう何も見ていたくはなかった。


「ああ、これは失礼を。あまりにも美しいので白鳥が一羽迷い込んでいるのかと勘違いしてしまいました」

「なっ!」


聞こえてきた言葉に目を開く。

アンジェリカが自分を認識していることを確認したリカルドは片膝をついて手を差しのべる。アンジェリカを見つめる瞳は甘く、優しさを抱いていた。


「レディ、貴女の純白の羽を触る権利を私に授けてくれませんか?」

「でも、わたし……」

「ともに踊りましょう、アンジェリカ。どんな宝石を並べようが貴女の美しさには敵わない。今宵の貴女は湖畔の主だ。このホールという湖で踊る可憐な白鳥の姿を、私は間近で見つめていたいのです」

さあ、手を取って。


リカルドの青い瞳が宝石のような輝きをもってアンジェリカを見つめる。アンジェリカは夢心地でその手を握る。すると、立ち上がった彼がアンジェリカを引き寄せた。抱き締められる形となったアンジェリカは彼の体温を間近に感じ、思わず顔を赤く染めてしまう。


「申し訳ございません、コーデリア様。私は白鳥の虜になってしまいました。貴女は高貴な方だ。私などでは貴女の期待に応えることができない。ですがコーデリア様、貴女もまた、美しい人だ。貴女の目に留まりたいと願う紳士も大勢いらっしゃいます。今度はその方にお声がけください」

「……っ!わたくしのことなど気にしなくて結構ですわ!せいぜい、そのみすぼらしい女と仲良くすることね!ふん!行くわよ!あなたたち!」

「コーデリア様!お待ちくださいませー!」

「おぼえていなさい!」


コーデリアの後を追って取り巻きの令嬢たちが立ち去る。それを見送った二人の邪魔をする者はもういない。軽やかな音楽が鳴り響く中、リカルドとアンジェリカは目と目を合わせ二人だけの世界に溶け込んでいった。





パタン。


大まかな流れは掴んだ。後で、他のものも読んでおくか。


リアは一旦、本を閉じると先程までの内容を振り返る。


「アンジェリカの根性は目を見張るものがあるな」

「隊長は主人公がお気に入りで?」

「ああ、困難に立ち向かう姿は見ていて応援したくなる」

「あれ?リカルドには何も思わないんですか?一番人気なんですよね?彼」


ロンの疑問に首をかしげる。


「リカルドか?ずいぶん遠回しな表現をする奴だと思うが、特には……。ああ、だが、アンジェリカを誤解させる発言はどうかと思うな」

「それは、期待を一度落としてからまた上げるという恋愛テクニックのことですね。この手の恋愛小説にはよくあることです」

「そうなのか?面倒なことをするもんだな。皆はそういうのが好きなのか」

「はい。そのドキドキ感が堪らないとの感想が寄せられているようです」

「ふーん、そうなのか」

「このように本の中の人物に自己投影をして楽しむのが、恋愛小説の醍醐味ですから。現実では味わえないスリルを求める気持ちもわからなくはないです」

えっ、副隊長って案外こういう恋愛小説好きなの?


ロンがユージンを見ても、その無表情な顔からは何かしらかの感情を読み取ることはできなかった。


副隊長、基本的に無表情だからなぁ。部隊長が関係することには表情豊かになるときもあるけど。


ペラペラとページをめくるリアを見る。


「部隊長はこういう令嬢間のトラブルとか抱えていないんですか?」

「わたしはそういうところには気をつけているんだよ。だから、こんなことになったりしないさ」

「まあ、そうでしょうね。部隊長に喧嘩売る奴なんて自殺願望者としか思えないですから。あははは!」

「あ?何だ?何か言いたいことでもあるのか?」

「あ、ああ!そういえば、まだ仕事が残っているんでしたー!僕はこれで失礼します!」

「チッ、逃げたな」





そうこうしているうちに三日が過ぎた。今日は父と母が領地からこちらに来る日である。

仕事を終えたリアはユージンを連れてブラックベルン家の屋敷に帰ってきた。つい先日もくぐった門を通り、屋敷に入るとブレンダが出迎えてくれた。


「ブレンダ、父上と母上はどうしていらっしゃる?」

「はい。旦那様はモーリス様と書斎に、奥様はセシル様と居間でご歓談中でございます」

「そうか。先に顔を出したいところだが夕飯まで時間がないだろう?ユージンとわたしは着替えるので挨拶は食事の席でやろう。それでいいか?」

「俺はそれで大丈夫です」

「かしこまりました。そのようにお伝えしておきます」

「ああ、頼む」


軍服から私服に着替えた二人は先に食事の席についた。ちなみにリアの服は動きやすさ重視のパンツスタイルである。

しばらくすると他の家族が入ってきた。始めに入ってきたセシルはリアの姿を目に映すと嬉しそうに駆け寄ろうとしたが、その隣にいるユージンに気付き顔を歪める。極力ユージンを見ないようにリアに近づき話しかけた。その様子をじっと見ていたユージンのもとにモーリスが近寄る。


「ユージン、来てくれたんだね。嬉しいよ」

「モーリス様、ご無沙汰しております」

「ふふ、そんなに堅苦しくしなくていいのに。今日は母上たちもいらっしゃるから、久しぶりに顔をみせてあげてね」

きっと、喜ぶさ。

「はい」

「セシル、リアにばかり話しかけないでユージンにも挨拶しなさい」

「……今さら話すことなんてありません。嫌でも王宮で顔を会わせるんですから、今日くらい姉さんとお喋りしたいです」

「お前たち、そんなに王宮で会うのか?」

「ええ、残念ながらなかなか姉さんには会えず、何故かこいつとばかり遭遇するんです」

「ふふ、引き寄せられる何かがあるのかな?」

「気持ち悪いこと言わないでください!」


からかってきたモーリスに全身で抗議するセシルを見て、リアはユージンに話しかける。


「いつもセシルがすまないな。素直になれないだけで、あれでもお前のこと慕っているんだよ。本当に嫌いならセシルは家に入れたりしないからな」

「リア様が謝ることでは……。心配しなくとも俺もわかっています。セシル様は嫌いなものを排除する傾向があります。俺がここにいるのに行動してないのはまだ許されているのだと……。いつ、その時が来てもいいように覚悟はできています」

「ユージン、お前は深く考えすぎだ。そんな可能性の低い話してもどうにもならないだろう?」

「いえ、ことによっては十分あり得る話です」

「まさかセシルに嫌われるようなことする予定でもあるのか?」

「いえ、そんなことは……だが、そうなるとやはり……」


一人で何かを呟いていたと思えば、こちらを見つめて頬を赤く染めるユージンにリアは首をかしげる。


「どうしたんだ?何か悩みでもあるのか?わたしに言いづらいなら兄上にでも……」

「リア様」


モーリスを呼ぼうとしたリアの手をそっと握ると、目線を合わせる。


「その時が来たら必ずお伝えします。だから、決して逃げないと、俺の想いを受け止めると約束してくれませんか?」


ど、どういうことだ?この雰囲気、重大な何かを暴露する前の空気。……もしかして、ユージンは……。

軍規違反でも犯しているのか!?いやいやいや、真面目なユージンに限ってそんなこと!大体、仕事中はわたしとずっと一緒にいるんだぞ。そんな素振り見たことない!

でも、そういえば、セシルに嫌われるって……。

セシルは善悪に対して潔癖なきらいがある。もし、ユージンが悪事に手を染めているならセシルが怒るのは確実だ。それで気にしていたのか……?


「な、内容によるが、できるだけ善処しよう」

「今はそれだけで十分です」


自分に向けられる微笑みに思わず目線をそらす。

いや、こうは言ったがやはり隊長を務めるわたしが自らの副官を正さなくてどうする!


「ユ、ユージン!やはり軍に身を置くものとして悪行は見逃せない。例え、どんな理由があろうともお前が悪事に手を染めるなど許されない行為だ!わたしも一緒に罰を受けるから、明日、統括のところへ行こう」

「一体、何をおっしゃっているんですか?」

「へ?だって、それをするとセシルに嫌われて、お前も思い悩む程のことなんて、他人にいえない悪事を働いているとしか考えられないのだが……」

「違います」

「そ、そうなのか?」


ユージンからさっきまでの笑顔が消え、無表情になる。


「俺はリア様の足枷になるようなことはしません」

「あ、ああ」

「もちろん、犯罪に手を染めることもありません」

「うん……」

「リア様、俺が貴女を裏切るとお思いですか?俺は死んでも貴女の期待を裏切ったりしない」

「……」

「貴女の先程の考えは間違いだったと、お分かりいただけましたか?」

「はい……」

じゃあ、ユージンは何について言っていたんだ?

「なに姉さんの手を握っているんだ!離せ!」


見つめ合っている二人に気付いたセシルから手刀を落とされて繋いだ手が離れる。セシルがユージンに対して威嚇していると、また新たな人物が入室してきた。


「まあ、何の騒ぎ?」

「母さん!ユージンが姉さんにベタベタと……」

「まあ!ユージン!久しぶりに会えてうれしいわ!また見ない間に大きくなって」


セシルの言葉を遮って、ユージンに近づいたのはリアたちの母、アクアであった。父のクラークとともに来たようだ。これで家族全員が揃った。


「母さん……」

「母上、前会ったときとそんなに変わらないですよ」

「聞いてないね」



リアの母であるアクアは現国王の実の妹である。王女であったアクアはその麗しく可憐な容姿から『王国の青真珠』と呼ばれていた。その美しさは今もなお色褪せることなく健在で、クラークと結婚してからも夫共々昔と変わらないその姿に、何か禁術でもかけているのではないか、なんて噂がたつほどである。ちなみに、リアと街に出るとかなりの確率で姉妹に間違われる。しかも、リアが姉でアクアが妹と思われる。それ程までにアクアの容姿は幼く見えるのだ。

そんなアクアだが、今は一人むくれていた。


「もう、どうして連絡くれなかったの?あなたからの手紙指折り数えて待っていたのに」

「申し訳ございません。俺なんかがアクア様の貴重なお時間を頂戴するわけにはいかないので……」

「もう!『なんか』なんて言わないで!その言葉嫌いよ。わたくしはあなたたち全員の様子が知りたかったの」

「すいません」

「謝るのではなく、お話、聞かせてちょうだい。子供たちの成長がわたくしの楽しみの一つなのだから、ね?」

「はい」


プリプリと怒っていたかと思えば、リアとそっくりの青い瞳を輝かせて笑みを見せてくるアクアに、ユージンは照れくさそうに返事をした。




「ふふ、久しぶりにみんなの顔が見れてうれしいわ!あなたもそう思うわよね、クラーク?」


最近は手紙でしかやり取りしていなかった愛する子供たちの元気な姿を見て、上機嫌になったアクアは隣に座る夫のクラークに笑いかける。そんなアクアの様子をはじめから見ていたクラークはその黒い目を細めて優しく微笑んだ。


「そうだね。リアもユージンも変わりないようだ。軍の仕事はどうだい?」

「特に問題ありません。あえて言うなら、国境沿いにいた頃と比べて力仕事が少ないので、少々退屈になるときがあるくらいでしょうか」

「おや、気を抜いているのかい?」


クラークの目が一瞬光る。


「ご心配なくともそんなことはありません」

「リア様は部下の育成に力を注いでいます。東司令部就任時と比較すると、リア様の指導により隊員は着実に力をつけています」

「あれは最初がひどかったからなぁ。比べられるものではないと思うぞ」

「そう。励んでいるようで安心したよ。リア、君の采配一つで隊の運命が変わる。生きるか死ぬかは隊長である君次第だ。その両手に部下の命を抱えていることを忘れてはいけないよ」

「もちろんです。もう、あいつらはわたしのなので一つたりとも取りこぼしたりしません」

「リアがそう思っているなら大丈夫だね」

「話は終わったかしら?もう、せっかく家族みんな揃ったのに、難しいことばかり話していてはもったいないわ。ちょうど料理もできたようだし、ね?クラーク」

「ああ、そうだね。いただこうか」


クラークの合図とともに給仕が料理を運んできた。

しばらく、各々の近況を話し合っていたが、アクアがタイミングを見て別の話題を切り出す。


「このドレス、王都で流行りのデザインなのよ。どうかしら?」


そう言って立ち上がり、くるりと一回転するアクア。何枚にも重なった鮮やかな青の生地が美しいグラデーションを作り出す。若かりし頃と変わらない、その可憐な容姿によく似合っていた。


「お似合いですよ、母上」

「ふふ、ありがとう、モーリス。王妃様からお誘いを受けているの。このドレスで伺おうかしら」

「お茶会ですか?」

「ええ、そうよ」


お茶会の単語に存在感を消すリアだったが、アクアの視線がこちらを捉えた。


「リアも一緒にどう?あなたが来たら王妃様もお喜びになるわ」

「いえ、わたしには軍の仕事がありますので難しいかと」

な、ユージン?


隣に座るユージンに同意を求める。優秀な部下である彼はリアの心情を察してくれた。


「はい。リア様に目を通していただかないと処理できない案件ばかりですので、時間がとれるか怪しいところです」

「だからわたしのことは気にせず楽しんできてください」

「まあ、軍のお仕事ってそんなに大変なのね。わかったわ。今回はわたくし一人で参加するけど、時間ができたら教えてちょうだいな」

「あははは……」


母の言葉に苦笑いで対応するしかなかった。


危ない危ない。参加者が確定していないお茶会ほど危険なものはない。王妃様から誘われたら皆二つ返事で参加する。久しぶりに母上がこっちに戻られたんだ。一発目は王妃様も力が入るだろう。しばらくしてから時間を見つけて身内だけで開こう。うん、そうしよう。


リアが頭の中で計画を立てているころ、アクアはまた、違う話題を話していた。


「ところであなたたちはもうアレを読んだかしら?」


来た!


すかさず話題に入り込む。


「『永遠の愛を君に』ですか?」

「そう!それよ!今回のお話も素晴らしかったわぁ。特にリカルドがアンジェリカを悪意から救い出すシーンなんて読んでいて胸がドキドキしてしまったわ。やっぱりリカルドは素敵な殿方よねぇ」


うっとりした顔で内容を振り返るアクアの隣で、今まで静かに食事をしていたクラークが動きを止める。よく見ると彼の手に持つフォークが曲がっていた。銀食器がいくら柔らかいとかいえ、普通は握っただけで曲がったりしない。

そんな夫のことなど話に夢中で気付かないアクアは、尚もリカルドがいかに素敵か語り続ける。だんだん殺気にも似たオーラをまとい始める父にリアは焦り始めた。


「は、母上!」

「なあに、リア?あなたも今回のリカルド、とてもかっこいいと思ったでしょ?」

「いえ、わたしは……」

「姉さんはあんな軽薄な男にときめいたりしません!」


いきなりの援護射撃に驚いたが、これ幸いとセシルに同意する。


「まあ、そうですね」

「あら、そうなの?」

「だいたい心に決めた相手がいながら他にもいい顔する奴なんて信用できません!そんな奴に姉さんが心惹かれるはずが……」

「じゃあ、リアはどんな殿方が好みなの?」


アクアの発言にその場が水を打ったように静まり返る。男性陣が固唾を呑んで見守っていることなど知らずに、問いかけられたリアは腕を組み考え込む。


「うーん……サンダーソン統括とか?」


ガタッ。


「ダリル……他人の娘に手を出していたのか……消した方がいいな」

「クラーク様、俺もお手伝いします」

「僕も行きます」

「ちょっと、待って!そのメンバーで行ったらいくら統括といえども無事じゃすまないから!」


一斉に立ち上がった三人を止めようと果敢にもモーリスが立ち向かう。


「モーリス様、大丈夫ですから俺を信用してください」

「ユージン……」

もしかして、父を止めるために立ち上がったのか?

「心配せずとも、確実に仕留めてみせます」

違ーう!そうじゃない!駄目だこいつら他人の話聞いてない。目が殺る気に満ちている。


モーリスは軍のトップをブラックベルンが殺害したと題した新聞が出る未来を思い、気が遠くなった。

そんな男性陣のことなど露知らず、リアはアクアと喋り込んでいた。


「まあ!そうなの?」

「ええ、統括はお強いだけではなく隊をまとめあげるのがとてもお上手で、わたしも見習いたいと思っています。もちろん、軍人としてわたしが目指しているのは父上なので父上のことも好きですよ」

「ははは。リア、あいつよりも私の方が強いし、隊を率いるのも得意だからね。そこを間違えてはいけないよ。あと、父上じゃなくパパと呼びなさい」

「わかりました、父上」


リアに好きといわれたクラークは直ぐ様座り直し、先程とは打ってかわって上機嫌で食事を再開する。


よかった!一番危ないのが落ちた。あとの二人は……。


やはりこの三人相手に自分一人では止められないと諦めの境地に入っていたモーリスだったが、クラークの脱落により希望が見えてきた。


「リアの好きは尊敬に近いんだね!そうだよね!」

「?まあ、そうですね」


モーリスの必死な問いかけに頷いたリアを見て、残りのセシルとユージンも自身が心配していたことにはなっていないと落ち着きを取り戻した。







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