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4.兄弟



星が顔を覗かせ始める時間、久しぶりの休みを前にリアは王都にあるブラックベルンの別邸に帰っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ああ、ただいま。ブレンダ」


迎えてくれた侍女ブレンダに荷物を預ける。


「わたしがいない間に何かあったか?」

「いえ、いつもとおかわりなく皆様お過ごしです」

「それはなによりだ」


父と母は領地で暮らしているため、この屋敷にはリアたち兄弟とその世話をする使用人しかいない。何かと自由な両親を見てきたからなのか、一番上の兄はしっかり者に成長し、当主の仕事を父に代わり行っている。そのため、何かあっても当主代理の兄が対処するので、実を言うとリアはそんなに心配していなかった。



「姉さん!」


ブレンダと言葉を交わしていると奥から弟のセシルが駆け寄ってきた。セシルは王宮で文官見習いとして働いているが、職務が異なるため会うことは滅多にない。


「セシル!なんだか久しぶりだな。また大きくなったか?」

「姉さんがほとんどこちらに帰ってこないからそう見えるだけで、僕は変わっていません」

「そうか?いや、すまないな。帰るのがまちまちで。だが、明日は久しぶりの休みだ。ここでゆっくり過ごそうと思っている。そう拗ねてないでお前の話しも聞かせてくれないか?」

「別に拗ねていません」


そうは言っても言葉の節々にその感情を隠せてない弟にリアは苦笑する。

——昔からセシルは嘘をつくのが下手だったな。


「王子の元はどうだ?なかなか大変だろう?」

「殿下は仕事が終わらないと泣きながら書類捌いていますよ」

「相変わらず元気そうだな」

「はい、元気だけがあの人の取り柄ですから。でも、目を離すとすぐにサボろうとするし、僕に書類押し付けてくるから大変です」

「そうか、そうか。セシルは優秀だから頼りたくなる気持ちもわかるが、それは困りものだな」

「いざとなったら宰相が黙らせてくれるので、僕自身の仕事に影響はでていません」

「うんうん、偉いぞ。周りで何か起こっても自分の仕事はやり遂げる。それぐらいの技量がなければあの王宮で働いていけないからな」

よしよしとセシルの頭を撫でる。撫でられたセシルはご機嫌な雰囲気をかもし出していた。




リアは兄のところへ挨拶に行こうとしたが、セシルから夕飯の時間が迫っていることを聞き、急いで着替えをすませると食卓へ向かった。

そこには既に兄と弟のセシルが座っていた。リアも席に着くと兄、モーリスの方を向く。


「ただいま戻りました」

「うん、お帰りなさい。軍部の仕事は大変だろう?セシルから聞いたけど、明日までゆっくり疲れを癒すんだよ?」

「ありがとうございます、兄上」

「そういえば、ユージンはどうしたんだい?」

「ユージンは伯爵邸に戻っています」

「そう、あそこに……」

「いつもはわたしと同じく軍の寮で寝泊まりをしているのですが、今日はあちらに帰ると」

「ここに来るといいのに……もしかして遠慮してるのかな?もう何年も一緒に暮らしていたのになぁ」


少し落ち込んだように目を落とすモーリス。リアが見かねて声をかけようとすると、今まで静かにご飯を食べていたセシルがフォークとナイフを置いて話し出した。


「今日は久しぶりに姉上が戻られたのです。あいつの話はやめて姉上のお話が聞きたいです」


リアとモーリスはこっそり目を合わせる。お互いに軽く頷きながらセシルに目線をやった。


「そうだね。久しぶりに三人揃ったんだ。夜はまだ長いし、ゆっくり語り合おうか」

「そうですね、折角シェフが用意してくれた料理も冷める前にいただかないと。ほら、セシルも」

リアに促されて食事の手を止めていたセシルも食べ始める。


久しぶりの食べ慣れた味に安心感を抱きながら先ほどの弟の目を思い出す。

——本当にセシルはわかりやすい。

リアは手を動かしながら過去に想いを馳せた。




とある事情からその昔、ユージンはブラックベルン家に住んでいた。その時から弟のセシルはユージンに対して対抗心を抱いていた。




穏やかな風が吹く午後、幼いセシルは胸に抱き締めた物を風に飛ばされないようにしながら、はやる気持ちを押さえてある人を探していた。


確か今日はお昼から体を動かすって朝食の時に言ってた。こっちかな?


セシルが目的の場所へ走っていると微かに音が聞こえてきた。

庭で剣を片手に休憩している姿を見つけて駆け寄る。


「姉さん!」

「セシル、どうした?」

「これ見てください」


一枚の紙を渡す。家庭教師から先ほどもらったテストの解答用紙だ。そこには満点の文字があった。


「百点ではないか!先生のひねくれた問題でこんな点数をとれるなんて、お前は本当に賢いな。さすがわたしの自慢の弟だ」

よく頑張ったな、偉いぞ。と頭を撫でられて思わず顔が崩れる。


セシルは姉に頭を撫でられるのが好きだった。セシルが良いことをすると姉は自分のことのように喜び甘やかしてくれた。

今回のテストでもそんな姉の姿が見たくて必死に勉強して挑んだ。結果、望みは叶った……のだが……。


「リア様」


邪魔な奴が来た。セシルの眉間にしわがよる。


「ユージン、もう休憩はいいのか?」

「はい。リア様は?」

「わたしも大丈夫だ」

「セシル様?」


はあ?今気が付いたのかよ。


決して自分が小さいから見えなかったなどセシルは認めない。ユージンが鈍感だから気付けなかった。そう、セシルは結論付けた。


「ユージン、聞いてくれ!セシルがあの家庭教師の先生から満点をとったんだ!」

すごいだろう!と本人以上に喜んでいるリアを見て、ユージンの瞳がこちらを向く。

「それは素晴らしいですね」


ぴくりとも顔を動かすことなく淡々と言いきったユージンを見てセシルの眉間のしわがより一層深くなる。

そんなこと思ってないだろう!

セシルの目にはユージンの態度が白々しく映った。


「そうだ!セシル、これからユージンと2人で魔法の練習をしようとしていたんだが、お前もどうだ?」

「ぼくもですか?」

「ああ、セシルもそろそろ始めた方がいいと思う。やればやるほど魔法は上手くなるからな」


正直言ってまだ自信はなかったが、ここで断るとリアとユージンのふたりっきりになってしまうため、セシルはしぶしぶ了承した。



「今回はセシルもいるからな、危険性のないものをする」

「はい!」

「セシル、閃光弾は知っているか?」

「えっと、確か遭難したときに使う魔法ですよね?先生の授業で出てきたので知っています」

「ああ、そうだ。主に救難信号として使うことが多い。あとは、遠くの者への連絡手段として使用することもあるが、それは応用魔法を活用している場合が多く、まだ私たちには難しいので今回は基本的な使い方を学ぼう。とはいっても、わたしとユージンは魔法の発動は成功しているので、より精度を高める練習をする。セシルは初めてだからまずは空に光の弾をあげることを目標にしてやるんだぞ」

「はい」

「まずはわたしがお手本を見せよう」


リアが手を上げると掌に拳大の光の弾が現れた。


『飛べ』


言葉通りにそれは空に上がっていくとある程度の高さで弾けて消えた。周りが一瞬照らされる。


「わあ!」

「今のは軽く魔力を使っただけだが、使用する魔力量で光の強さや持続時間は変わっていく。この魔法は簡単なものだから初めてのお前でもイメージさえ掴めればすぐにできるさ」

さあ、やってごらん。


リアに勧められて恐る恐る手をあげる。


「えい!」


掛け声と共に小さな光が空に飛んでいく。弱々しくありながらもそれは光の弾だった。みんなが見守る中、最後は上空で淡い光を発しながら消えていった。


「うん、初めてにしては上出来だ」


セシルは呆然とそれを見ていたが、リアの言葉に意識を取り戻す。

よく分からないうちに出来てしまったが、姉が良いというならそうなのだろう。

ふつふつと心から沸き上がる何とも言えない嬉しさを噛み締めながら顔をあげると、ユージンが空に手を伸ばしていた。次は彼のようである。


「え……」


それは太陽にも負けない輝きを放っていた。あまりの眩しさに目を細める。それはリアが出したものより大きく、強く光を発しながらそこに存在していた。もちろん、セシルのものとは比べ物にならない。


「おお!やはり光魔法に適性があるユージンがやると輝きが違うな」

どうやってしてるんだ?


興奮したようにユージンに話しかけるリアを見て、ムスー、と頬を膨らませるセシル。自分とは出来が全然違うこともショックだったが、何よりもユージンがリアの関心を引いているのが嫌だった。


あいつばかり褒められてむかつく!


「セシルにはわたしが詳しく教えようと思っていたが、ユージンの方が良いかもしれないな」


こいつに教えてもらう?……絶対にイヤだ!


「おい、セシル!どこに行く!」


リアに引き留められたがそれを無視して走り出す。

とにかくここから離れたかった。




森の中を宛もなく歩く。いつもは立ち入らないのだが、今のセシルにとってはひとりになれる絶好の場所がここだった。


母さんはあいつが来てもいつも通りにこにこして向かえたし、そんな母さんを見て父さんが反対するわけない。兄さんも何かとあいつに構っているし。

そして一番腹が立つのはあいつが姉さんにべったりとくっついて離れないことだ。


いつからか家に来て住み着いているあいつはぼくの家族のふりをしている。そして、みんなあいつを受け入れている。自分だけそれができない。自分だけみんなと違う。そんなぼくを姉さんたちはどう思うだろうか。

——このままではぼくの家族があいつに盗られちゃうのでは……?


「姉さんの言葉、無視しちゃった……」


顔を落としたセシルの視界にきらきらと光に反射する自分の髪が見えた。それを手にとってよく見ても黒くはない。そこにあるのは母と同じプラチナブロンド。毎朝鏡から自分を見るのは青の瞳。これも母の色だ。別に母が嫌いなわけではない。セシルは家族全員大好きだった。でも、兄は父と同じ黒髪黒目で姉は黒髪青目だ。兄や姉のように父の要素がない自分の色は誰にも言えなかったが、正直いやだった。

父への憧れと、こんなことを思う母への罪悪感、家族を信じきれない自分への失望の気持ちが絡み合って沈んでいく。


幼心にその不安は重すぎて受け止めきれなかった。


ガサガサ

ビクッ、と咄嗟に後ろを振り返る。茂みが揺れていた。

茂みの奥から影が見える。それはこちらに近づいてきていた。


動物?魔獣だったらどうしよう?まだぼくは攻撃魔法が使えないのに……!


「セシル様」

「ユ、ユージン!?なんでお前がここに!?」


そこにいたのは今一番会いたくない人物だった。

軽く息を切らしたユージンは茂みを掻き分けセシルに近づく。


「帰りましょう」

「うるさい」

「ここは魔獣も出ます。貴方を庇いながら戦う力は俺にはまだありません。早く安全な場所に」

「お前に守ってもらうくらいなら獣のエサになった方がマシだ!」

「セシル様……」


自分が足手まといだと言外に言われているようで、ユージンが言っていることが正しいと分かっていても今のセシルには素直に受け入れられなかった。

それからしばらく森の中を歩き回っていたが、後ろを離れることなくユージンがついてきた。


「ついてくるな!お前ひとりで戻ればいいだろう!」


何を言ってもユージンは側を離れない。


「いい加減にっ……!」


思いの丈をぶつけようと後ろを振り返った瞬間、足を踏み外して落ちる。気付かずに崖の側まで来ていたようだ。体験したことのない浮遊感と衝撃に目が開けられないままセシルは意識を失った。




暖かい何かに包まれている。

セシルが目を覚ました頃には辺り一帯が薄暗くなっていた。先ほどから何か自分に乗っている。きしむ体を動かして確認すると、それはユージンだった。頭から血を流して気を失っているようだ。自分の体を確認すると小さな切り傷があるくらいでほとんど怪我していなかった。ふと、先ほどの暖かさを思い出す。

セシルはユージンに落下の際、庇われたのだ。


だから、自分は無事でユージンだけがこんな重症に……。

「どうして」


セシルにはユージンの行動が理解できなかった。

散々反抗的な態度をとり続けてきたのに、なぜ守ろうとしたのか。


「見捨てればよかったのに……ぼくなんか」


セシルが複雑な想いを抱いていると、茂みの奥からうなり声が聞こえてきた。ユージンを背にして振り返る。そこには数匹の狼がいた。奥にもまだいる。ユージンの血のにおいに釣られてきたようだ。

今度こそ本当に獣が自分達を狙っている。セシルの背中に汗が伝う。

後ろには意識を失っているユージンがいる。自分がここを離れれば、すぐにでもあの牙が彼を貫くだろう。しかし、自分が戦って勝てる相手じゃない。

セシルには二人ともに生き残る未来が想像できなかった。


にらみ合いが続いていたが、やがて一匹の狼が前に出てきた。うろうろと動き周りセシルたちを見つめていたが、あるところで足を止めて姿勢を低くする。セシルは本能的に理解した。

飛びかかってくる気だ。

次の瞬間、狼が口を開けながら大きく跳躍した。白い牙が何本も見える。

数秒後の未来を想像して目を強く閉じる。

しかし、いつまで経っても痛みが襲ってこない。それどころか、前方に熱気を感じた。


キャインッ!

狼の悲鳴が聞こえ、反射的に目を開けた。そこには炎に包まれる狼とセシルを守るかのように立つ人の背中があった。黒髪が風になびく。


「姉さん!」


呼ばれて視線を寄越したリアは笑っていた。しかし、相当急いで来たのだろう。肩を上下させており、その服は所々汚れている。

普段見ることのない姉の様子にセシルは驚いたが、その表情だけはいつも通りこちらを安心させるものだった。


「セシル、無事か?」

「はい、ですが……」


後ろを振り返る。ユージンはまだ意識が戻ってない。


「ユージンは気を失っているのか。来るのが遅くなってすまない」

「いえ!……ぼくがこんなとこに来なければ、ユージンは……。姉さんはどうしてここが?」

「ユージンを追ってきた」

「ユージンを……?」

「ああ。ユージンがセシルを追うと言うので、ユージンに追跡魔法で目印をつけたんだ。わたしは他の者に知らせようとしたんだが、結局誰も捕まらなくてな。書き置きを残してきた。だが、庭を焦がしてしまったから、後でブレンダに叱られてしまうかもしれない」

その時は三人一緒だぞ!抜け駆けなんて許さないからな!

次々に襲いかかる狼を払いながらそう言うリアにセシルは胸が熱くなった。


一方、リアはこの状況を冷静に見ていた。

襲ってくるのは一匹づつ。集団ではまだ来ない。様子をうかがっているのか?魔狼でないだけマシだが、いずれにせよ、数が多い。このままではじり貧だ。わたしの魔力が尽きるのが先か、狼どもを焼き払うのが先か、微妙なところだな。それに……。

ちらりと後ろを見る。そこには怯えたようにリアの服を掴むセシルとその後ろに横たわっているユージン。

全員の生存率を上げるにはこの方法しか……!



「セシル、よく聞け。このままではらちが明かない。全員生き残るためには応援が必要だ。だが、わたしはまだ二つ同時に魔法が使えない。だから、セシル、お前が閃光をあげろ」

「ぼ、ぼくが?」

「ああ、さっきやっただろう?もう夜だ。母上が心配して捜索隊を出しているところだろう。光が上がれば誰か気付いてくれる。」

「で、でも、あの時はどうしてできたのか、ぼくにもわからないんです」

「あはは!そんなものさ。わたしも最初のうちはどのようにして自分が魔法を使っているのかわからなかった」

「姉さんも?」

「ああ。だがな、その()()()()()は後から理解すればいい。一番大切なことはやりたいと思うことだ!作りたいと、叶えたいと願え!セシル!」

そうすればお前の魔力が応えてくれる。わたしを信じろ。


リアの服を掴んでいたセシルの手を後ろ手で握る。目線は目の前の狼に向いたままだ。手を握られたセシルはその熱さに驚いた。


姉さん、手が熱い。ぼくたちを守るために魔法たくさん撃ってるせいだ……。


自ら作り出した炎に照らされるリアの額には汗が浮かんでいた。


「ぼく、やる。やりきってみせます!」

「セシル……!」


リアの手をぎゅっと握るとゆっくり離す。瞳を閉じて体内にある魔力を引き出す。昼間のユージンが作り出した光の弾を想い描く。


どこまでも届く光を!


天を指した指先に光が集まってくる。それはどんどん大きくなり、セシルの頭くらいのサイズになったとき勢いよく空に上がっていった。森を抜けて空中に飛んでいったそれは弾けるように光を放出し、辺り一帯を激しく照らした。


あまりの眩しさに狼たちは一瞬怯んだが、暗闇が戻ると先ほどよりも興奮したように吠えだす。

飛び出してきた個体をリアは炎で薙ぎ払う。だが、いかんせん、数が多すぎた。こちらも魔法の乱発でかなり体力が削られている。


救助が来るまでなんとか持たせなければ……!


リアがそう考えていたその時、今まで個々でしか攻撃をしてこなかった狼たちが集団で襲いかかってきた。リアは気付いた。セシルに向かってくる一匹の狼に。自分に来る奴等を無視してセシルの方に魔法を飛ばす。


「させるか!」

「姉さん!」


弟の声が聞こえた。炎は狙い通り狼に当たり退けることができた。リアは最後まで目を閉じることなく正面から狼を迎える。

魔法の発動が間に合わないことはわかっていた。それでも諦めることはできない。たとえ噛みつかれようとも最後の一撃を喰らわせなければ!

残りの魔力を全て使うつもりで魔法に組み込む。狼は目と鼻の先まで迫っていた。


「その使い方は良くないな」


声が聞こえると同時に目の前にいた狼が消えた。馬のいななく声が聞こえる。


「効率的な戦いには魔力の操作を覚えないとね、リア」

次までの課題だ。


まるで挨拶をするかのように朗らかに言いきったのはブラックベルン家が当主クラーク・ブラックベルン。リアたちの父である。

槍に貫かれた狼を一払いで振り落とすと、馬上から残りの狼を見下ろす。


「父上!」


声に喜びの感情が乗る。

助けが来た!しかも、父上だ!


リアが歓喜している一方で、突然の介入者の登場により狩の邪魔をされた狼は怒り狂っていた。平時ならすぐにでも立ち去っている場面だったが、興奮した彼らには目の前に立つ者の実力を測ることができなかった。

——可哀想なことに。


それからはあっという間だった。

飛びかかってきた狼は皆、いとも簡単に打ち捨てられ、その場に立つ者は馬に乗ったクラークのみ。闇より暗い黒で周りを一瞥すると槍に付いた獣の血を振り払い、リアたちに近寄る。馬を降りたクラークはリアとセシルの頭を一撫でし、寝たきりのユージンの元へ行った。

その時、森の奥から蹄の音が聞こえ、馬に乗ったモーリスが出てきた。


「リア!セシル!大丈夫か?……ユージン!なんてことだ。頭から血が……」

「ユージンは私が先に連れていく。モーリスはリアたちを頼んだよ」

「はい、父上」


ユージンの様子に愕然としていたモーリスだったが、クラークの指示に従う。モーリスがリアたちを保護している間に、クラークはユージンを抱え屋敷の方に走り去っていった。



「さ、私たちも行こう。ああ、リア、魔法の使いすぎで体温が上がっているね。帰ったら体を休めるんだよ?いいね?」

「これくらいなんともありません。……それより兄上、ユージンは大丈夫でしょうか?」

「私は医者じゃないから詳しいことはわからないけど、見たところ出血量も多くはない。治療をすれば直ると思うよ。それにうちの侍医は腕がいいんだ。心配要らないさ」

だから、セシル顔をあげて。

「兄さん……ぼく……」

「うん、言いたいことはなんとなくわかるよ。でも、それはユージンに言ってあげないと、ね?」

「……はい」

「うん、偉いね。……さあ、2人とも乗って!家に帰ろう」


モーリスの前にリアとセシルを乗せ、馬は歩き出した。セシルはリアの胸に顔を埋めて体を震わせる。リアもそんなセシルを抱き締めて前を向いていた。妹たちの心情を察したモーリスは二人の頭を撫で、空を見上げた。そこには瞬く星が夜の訪れを知らせていた。






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