実績【パーティを100回追放される】を達成しました、スキル【もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな】が解放されます
導入部になります。
「示布岐、お前はもういらん。存在が不愉快だ。消えろ」
そう言って私は崖から投げ落とされる。
奈落の底へと落ちていく私を、かつての友人が冷たい目で見下ろしていた。
そして同時に、脳内にやけに無感情な女性の声が響く。
『実績【100回追放される】を達成しました、技能【もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな】を付与します』
手の甲に浮かび上がる赤い紋章。
それは前人未到の記録を成し遂げたものに、神様が与えてくれる“ご褒美”だった。
「こんなときに……そんなもの貰ったって嬉しくないよぉぉおおおーっ!」
落ちながら、私はそんな悲痛な叫び声を響かせた。
◇◇◇
何でこんなことになってしまったのか――説明するには、一ヶ月ほど遡る必要がある。
『君、今日でクビね』
私はそんな一言で、今回も傭兵団を追放された。
これで通算99回目だった。
「どうして……」
酒場で飲んだくれ、途方に暮れる私の肩に、隣に座る女性の手が置かれる。
「まあまあ、逆に自慢しなさいよ。私は99回も追放された女ですって」
「できるかー!」
「ちなみに今回は何日もったの?」
「一週間」
「相変わらず短いわね……」
「新記録」
「嘘でしょ!? いや、確かに今まではもっと短かった気がするわ」
「私がよくやったっていうよりは、あの人たちがよく我慢してくれたってことだろうけど」
「ネガティブねえ。私、あなたがそんなに劣ってるとは思わないわよ?」
「でも、ただの荷物持ちだし。実質、無職だよ」
万物には八百万の神が宿る。
それは人間も例外ではなく、一人につき一柱宿っているのだ。
もちろん神様の能力にも個人差があって、人間にまったく影響を与えない場合もあれば、人間が不可思議な技を扱えるようになることもある。
その不可思議な技のことを技能と呼ぶ。
また、技能の種別によって、“職業”という称号が政府から与えられる。
例えば、刀剣類にまつわる技能を得た者なら“武士”。
銃や大砲を扱う者なら“射手”。
呪術と呼ばれる攻撃技能を扱う者なら“呪術師”。
傷を癒やす呪術を扱う者なら“医術師”――といった具合に。
ちなみに私は荷物持ちと呼ばれているけれど……これは、私がどの職業にも当てはまらないからだ。
要するに、私には何の力もない。
「呪力持ちってだけで、私から見ると羨ましいわよ」
呪力っていうのは、技能を使うために必要な力のこと。
というか、呪力がある人間に技能は芽生えるものなのだ。
私が例外なだけで。
それに、彼女の言う通り、呪力を持っているだけで意味がある。
だけど、他の人たちより私が劣っているのもまた事実だった。
「元気出しなさいよ。また私が傭兵団を見つけてきてあげるから」
優しく笑う彼女は、傭兵組合の受付嬢をしている。
これまで数え切れないほどお世話になって、その分だけ迷惑をかけてきた。
それでも私に優しくしてくれるんだから、お礼をどれだけ言っても足りないぐらいだ。
「というか実はね、ちょうどいい募集がここにあるのよ」
彼女は懐から一枚の紙を取り出し、前に置いた。
私はそれを手に取ると、そこに書かれた名前を見て驚く。
「こ、これって……」
「昔からの友達なんでしょ? お互いに、最初よりは大人になってるはずよ。きっと今度こそうまくいくわ」
それは私が数年前、この“都”に出てきたとき、最初に所属していた傭兵団。
田舎から出てきた幼馴染だけで構成されていて……そして、私が最初に追放された、記念すべき傭兵団でもあった。
◇◇◇
さっそく、傭兵組合で面接が行われることになったんだけど――それはまあ気まずい。
何でお前が応募してきたんだ、みたいな空気が流れてる。
四人の視線に晒された私は、両手を太ももの上に置いて、体をきゅっと縮こまらせていた。
「久しぶりだな、示布岐」
切弥が、以前よりも男らしくなった低い声で言う。
あれから3年も経ったんだし、成長するのも当然か。
「うん……切弥たちは元気してた?」
「おかげさまで順調そのものだ。なあ?」
そう言って、切弥は薊に話を振った。
彼女は相変わらず綺麗な金色の長い髪を揺らして、鼻で笑う。
「ふん、わざわざ私に聞くようなことかしら? 私たち“黒の王蛇”の噂は、傭兵として働いてるなら聞いたことはあるはずよ」
黒の王蛇――それがこの傭兵団の名前だ。
私も含めた五人で決めた名前で……別にかっこつけてる訳じゃなくて、王蛇っていうのは地元の地名にちなんだ名前。
黒は兵団長である切弥の好きな色で、割と単純な名付けだったりする。
そして黒の王蛇は、今や都にいるものなら誰でも知っているような一流傭兵団だ。
数多くの“怪獣”を撃破し、政府からも信頼されている。
「はっきり言って、傭兵団に誰かを加える必要も感じていないの」
「だったら、どうして募集を?」
「雑用係がほしかったんですよ」
薊に変わって、紅菊が柔らかな口調で答えた。
彼女はみんなのお姉さん的な立ち位置で、私たちよりも4歳上だ。
だから今は……22歳、になるのかな。
相変わらずとても綺麗な人だ。
「雑用、なんだ」
「俺たちは忙しいからな。手が空いてないんだよ。そういう意味では、相場よりも安い値段で自分を売り出してる示布岐は、願ったり叶ったりの物件だ。お前でさえなければな」
「う……」
「噂、聞いてるぞ。99回も追放されてるらしいな」
「そ、それは、その……」
うろたえずにはいられない。
あまりに図星すぎて。
「示布岐、あたしたちと一緒に居た頃となにも変わってないんじゃない?」
「薊……私、頑張ったよ。色々、覚えたの。薬草の鑑定とか、お料理とか、あと怪獣の知識とかっ!」
「技能は身につきましたか?」
「兵器の設計や整備方法も覚えたし、そのっ……」
「技能は身につきましたか、と聞いているんですよ。示布岐さん」
紅菊さんの、優しくも圧迫感のある言葉に、私は言葉を失った。
そして唇を噛んで、拳を握って――がっくりとうなだれる。
確かに私は、頑張った。
頑張ったつもりだけど、みんなと比べると、大したことはできていないのかもしれない。
「その様子だと、人間性も相変わらずなんだろうな」
「多少なりとも団員と仲良くなれれば、そんなに追い出されることなんてないはずだもんね」
「最終的な判断は切弥さんに委ねます。ですが、私は示布岐さんが使い物になるとは思えませんが」
かつての友達の言葉が、私の胸に突き刺さる。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私、劣ってて、ごめんなさい――
「なあ、梅花。お前はどう思う?」
切弥は最後に、ここまで沈黙を貫いてきた梅花に話を振った。
元々無口な彼女は、じっと私を見つめてこう言った。
「いいんじゃないかな」
「え……?」
予想外の言葉に、思わず声が出る。
「いちいち説明もいらないだろうし、雑用だけなら示布岐でも十分に役に立つと思う」
「梅花……!」
「その雑用すらできなかったから、私たちは示布岐を追い出したんじゃなかったっけ?」
「薊、あのときの私たちは、示布岐を“戦力”として見ていた。でも今はその期待もない。ただ雑用として見ればいい」
「……なるほど、言われてみればそれもそうね」
「決まりだな。つうわけで、改めてよろしく頼むぞ、示布岐」
何だか、あんまり褒められてる感じも、歓迎されてる感じもしないけど――どうやら私は採用されたみたいで。
「切弥、薊、梅花、紅菊……私、頑張るね。すっごくすっごく頑張る! だから、よろしくお願いしますっ!」
立ち上がり、勢いよく頭を下げる私。
これが100回目の入団だっていうんだから、運命めいたものを感じずにはいられない。
私は、今度こそ、追放されずに真っ当な傭兵になるんだ――と、そう胸に誓った。
◇◇◇
傭兵とは、呪力を持つ獣――“魔獣”と呼ばれる、人に害をなす存在を狩る者のことだ。
魔獣と化し、今までとは異なる姿と力を得た動物は、例外なく人に牙を向く。
なので魔獣を倒し、それを証明できれば、傭兵は組合から報酬を得ることができる。
「鎌鼬――乱れ斬りッ!」
切弥は腰を低く落とすと、鞘から刀を抜き、空を切った。
すると目には見えない刃が無数に放出され、前方に立つ子鬼どもを細切れにした。
これこそが切弥の技能、鎌鼬。
呪力を使い、刀より不可視の刃を放つ技だ。
「すごい……」
私は思わずそうつぶやく。
鎌鼬は子鬼のみならず、奥にあった木々までもを切り刻んだ。
三年前とは比べ物にならないほど、剣の鋭さが増していた。
「あれぐらいの魔獣を倒しただけで驚かれても、切弥だって困るわ」
隣に立っていた薊がそう言った。
確かにそうだよね。
子鬼なんて、雑魚魔獣の筆頭格。
黒の王蛇の面々なら、あれぐらい倒すの楽勝なのは当然だと思う。
そんな話をしている間に、切弥は子鬼の死体に、傭兵組合から――正確には政府から、だけど――配布された板切れみたいな端末をかざしていた。
傭兵認定書を兼ねた通信端末だ。
魔獣の死体から放出される呪力を検知し、登録を行うことで組合から傭兵の口座にお金が振り込まれる。
そんな仕組みである。
この端末のおかげで、いちいち組合本部に向かわずとも、報酬を受け取ることができるのであった。
「おい示布岐、ぼーっとしてんなよ」
「へ?」
「小鬼の角だ、依頼に出てただろ。小銭ぐらいにはなるから採取しとけ」
「あ、うん、わかった!」
私は短刀を取り出すと、子鬼の死体に駆け寄る。
近づいてしゃがむと、むわっとした特有の生臭さが鼻をついた。
確かに、魔獣の“討伐依頼”だけなら端末だけでも完了できる。
けど採取はそうもいかないから、こうして傭兵自身が切り取って、組合に持ち帰る必要があった。
私は手早く角を切り取る。
そうしている間にも、みんなは森を先に進んでいる。
「待って!」
「示布岐さんが遅いからですよ」
紅菊が冷たく言い放つ。
私、そんなに遅いかな……いや、遅いんだろうな。
ただでさえ落ちこぼれなんだから、失望されないようにしなくちゃ。
私はさらに必死に角を切り落とすと、袋に入れると、慌ててみんなの背中を追いかけた。
追いつくと、一番後ろを歩いていた梅花がこちらを見て微笑んでくれた。
◇◇◇
私たち五人は、その後も現れる魔獣を倒しながら、森を進んだ。
「やはり数が多いですね」
「ああ、今回は当たりだったか」
「その割には、全然形跡がないわね。魔獣が多いだけでデマだって可能性もあるわよ」
「油断は禁物だよ、薊」
「ふんっ。わかってるわよ、私だって武器もなしに戦うつもりはないわ」
みんなが狙っている獲物は魔獣じゃない。
もっと大きな相手――“怪獣”だ。
どれだけ切弥が強くなっていたとしても、生身で勝てる相手じゃない。
だから、武器がここに届くのを待つ必要があった。
「みんな、止まって。予定地点はここだよ」
私の声で、みんなが足を止める。
そして一斉に空を見上げた。
「時間はどうだ?」
「ちょうど、ぐらい」
「予定通りに来てくれればいいんですが」
「来なけりゃ値切るだけの話だ――と、言ってる間に来たぞ」
空を、機械じかけの鳥が埋め尽くす。
ばさっ、ばさっ、と翼を大きく羽ばたかせながら飛び去っていったそれは、頭上から五つの大きな箱を落としていった。
それはどすんっ! と地面を揺らしながら地面に落下。
同時に箱は壊れ、中から見上げるほど大きな――5メートルほどの高さの“鎧”が現れた。
「整備のみならず、配送までやってくれるんですから、便利になったものですね」
紅菊がそう言った。
私も思わずうなずく。
この鎧の名は“呪鎧”。
簡単にいうと、中に乗り込む形式の“呪力増幅装置”であり、同時に“対怪獣用兵器”でもある。
切弥の“風神”や他の呪鎧と違って、技能も無く、短刀ぐらいしか武器のない私の機体は、とても地味だ。
何ならどことなく木を思わせる茶色い装甲も地味だし、のっぺりした見た目だって地味で――まさに荷物持ちの私にふさわしい。
みんなが自分の呪鎧の前に立つと、操縦席の扉が勝手に開く。
全員が軽く飛び上がって搭乗するのを見て、私も慌てて自分の鎧に乗り込んだ。
中は薄暗いだけの空間だ。
その中央に立つと、伸びてきた線が私の体に絡みつき、頭部と四肢を呪鎧に接続する。
神経同調完了。
私のあらゆる感覚は呪鎧と共振し、この巨大な体は、まるで自分の体のように動かせるようになった。
「全員、同調に問題はないか?」
切弥の言葉に、私はうなずく。
これで怪獣とやり合う準備は整った。
もはや身を潜めて進む必要もない――というかできない。
だから堂々と、切弥を先頭に、ずしん、ずしんと地面を揺らしながら私たちは歩く。
そうやって騒がしく進んでいると、やがて森の中央あたりで、急に大量の鳥が飛び立っていった。
自然と私たちの視線はそちらを向く。
まるで木々が盛り上がるように――ぬるりと、白い何かが立ち上がろうとしていた。
「がしゃどくろ……」
梅花がそうつぶやき、搭乗する呪鎧から声が発せられる。
彼女の言った通り、あれはがしゃどくろと呼ばれる“怪獣”で、過去にたくさん人が死んだ場所で発生しやすい怪獣と言われている。
姿は何のひねりもなく、ただただ巨大な骸骨で、立ち上がればその高さは20メートルにも達する。
こんな化物が近辺の村でも襲えば、ひとたまりもない。
「がしゃどくろにしては大きいほうじゃない。飛び道具もないし、強度もそこまで高くないから、腕の長さにさえ注意してれば怖い相手じゃないと思う」
私は、少しでも役に立とうと、これまで得てきた知識を話す。
けれど反応はなかった。
役に立ってるといいけど……わざわざいわなくても知ってる、ってことなのかな。
「まずは俺が仕掛ける。薊と梅花は離れた場所でサポート、紅菊は待機して回復呪術をいつでも使えるようにしておいてくれ。いいな!」
『了解っ!』
声を揃えて3人が返事をした。
私が入っていないのは、何もするなってことなんだろうな……。
「はぁぁぁあああああっ!」
呪鎧用の巨大な刀を抜いた“風神”が、がしゃどくろに向かっていく。
がしゃどくろは、赤く光る瞳で敵を認識すると、その腕を振り上げた。
◇◇◇
何百年も前、人類は“呪力”を得た。
同時に、人類以外の動物も呪力を持ち、魔獣と呼ばれる存在になった。
魔獣から人々の生活を守るために傭兵団が活躍する一方で、いつの間にか、呪力は生活になくてはならないものになっていった。
呪力があふれる世界。
その結果なのか――魔獣はさらに進化し、巨大で凶暴な“怪獣”と化した。
対抗すべく、人類は呪鎧を作り出した。
それを操縦する傭兵団を“呪鎧兵団”と呼び、英雄としてまつりあげ、誰もが憧れた。
呪鎧兵団が怪獣の一部を都に持ち帰れば、軽いお祭り騒ぎである。
男たちは雄叫びを上げ、女たちは黄色い声援をなげかけ、それを浴びる私たちは浮かれる。
別に悪いことじゃない。
対等な対価だと思うし、褒められて喜ぶのは誰だって同じことだから。
けれど、そういうことがずっと続くと、人は変わってしまうのかもしれない。
たまに思うんだ。
『……わ、私だって楽しかったわよ。また遊びたいと思ったわ!』
「こっち見ないでよ示布岐。無能が伝染るから」
故郷を出てくるんじゃなかった、って。
『あらあら、怪我してしまったんですね。それでは……痛いの痛いの、飛んでいけ~! なんちゃって、ふふ』
「それぐらいの怪我で痛そうな顔をしないでください。治療の必要もありませんね」
あのままみんなと一緒に過ごしてればよかった、って。
『心配いらないよ。示布岐となら、ただ一緒にいるだけで楽しいから』
「……」
夢なんて見るんじゃなかった、って。
『よっしゃあ! ならあの山のてっぺんまで競争だ! 今日こそは俺が勝つからなぁ!』
「チッ、足手まといになってんじゃねえよ。安いかもしれねえが、相応の対価は払ってんだ。だったら最低限働けよ無能!」
何で。
何でだろう。
ああ、それなりに料理もうまくやってたし、荷物持ちとしても働いてたつもりなんだけどな。
もちろん呪鎧乗りとしても、技能が使えないなりにやったし、呪鎧の整備だって少しぐらいは。
それでも、やっぱり私のやったことはどれも足りなくて、期待はずれで。
100回目ならうまくいくと思ってた。
でも違った。
100回目だからこそ、私のこれまでの過ちが全部、まとめて露呈した。
ぐうの音も出ないぐらい、完膚なきまでに、私の価値の無さが。
◇◇◇
そして、私が“黒の王蛇”に復帰して一ヶ月が経った。
すでに私とみんなの間に会話はなく、私はほぼ“いないもの”として扱われていた。
今日は洞窟に発生した怪獣を狩りに向かっている。
洞窟内では呪鎧を運んでもらうわけにもいかないので、最初から搭乗した状態で進む。
でも、その日は奇妙なことに、魔獣と遭遇することはなかった。
普通、怪獣がいるところには、取り巻きみたいに沢山の魔獣がいるものなんだけど。
そんな不可思議な状況の中、広場に出たところで、切弥は珍しく、
「休憩するか」
と言い出した。
薊、梅花、紅菊も従うので、私もすぐに呪鎧から降りて、“荷物持ち”らしくみんなにお茶を振る舞った。
でも、誰もそれに手を付けないし、私のほうを見ることもない。
“違う世界の住人”だって線引きでもしたように、徹底的に私の価値を否定する。
それでもめげずにニコニコしていたら、ふと、切弥がこっちを見た。
「何で笑ってんだよ」
「え、あっと、それは……」
「そんなに俺らと一緒にいるのが面白いか?」
「だって……幼馴染、だし」
「そうか、でも俺らは面白くないぞ。ただ不愉快なだけだ」
さすがに――直にそこまで言われると、息が止まるような思いだった。
私、そこまで言われるようなことしたっけ、って、さすがに思ってしまった。
「あの、私って、そんなに役に立ってない?」
「ああ、立ってない。なあ、そうだよなみんな」
「ええ、いるだけで不愉快だわ」
「どうして自分から抜けないのかずっと不思議に思っていました」
「……」
「梅花だって、そう思うだろ?」
「……まあ」
唯一、私の味方だと思っていた梅花もそれを認めた。
私は本当の意味で孤独になって、急に血の気が引いたような感覚に陥った。
「そういうことだ。要するにさ、誰もお前のこと、友達だなんて思ってないんだよ」
「あ……あ……」
「つかさ、普通、募集してたからって応募するか? 受かったからって付いてくるか?」
「神経を疑うわね」
「私もさすがに、示布岐さんがそこまでおかしい人だとは思いませんでした」
「え、あ……私……私っ……」
「なあ、梅花もなんか言ってやれよ」
「……」
「言えって」
「……正直、少し、引いた」
「だろ? なあ、そうなんだって。頭おかしいんだよ、お前、昔からずっと」
「そんな――いたっ!」
切弥が私の黒い髪を鷲掴みにする。
そのままずるずると私の体を引きずっていった。
「いたいいたっ、切弥っ! やめてっ!」
切弥はなにもいわない。
と、そのとき薊が立ち上がり、彼の前に立ちふさがった。
「薊……?」
「んだよ薊、止めんのか?」
「いや、手伝おうと思って。あそこに捨てるんでしょ? あと髪は持ちにくいし腕にしなよ」
「ははっ、それもそうだな」
二人は分担して、私の体をどこかに運んでいく。
もう私は声を出すどころじゃなくて、頭の中は真っ白になっていた。
ぼんやりとした視界で紅菊と梅花のほうも見てみたけれど、二人は動こうとしない。
それどころか紅菊は笑っていて、でもそれは視界が悪いせいだと自分に言い聞かせた。
「この前な、知り合いの傭兵から聞いたんだが、有名な傭兵団になると、たまに組合を通さない裏の仕事を紹介されることがあるらしい。そいつが言うには、バックには政府や王家がいて、人を殺させてるって話だ」
「何が……言いたいの……?」
「それによく使われるのが、この洞窟らしい。いくら死体が眠っていようと、誰も見つけない、探さないのが不文律だ」
「……私を、殺すってこと? そんなに、嫌いだったの?」
「ああ、大嫌いだったよ。全員、最初からずっと」
切弥は迷いなく、すぐに答える。
他のみんなも否定しない。
「示布岐、お前は存在が不愉快だ。頼むから、俺たちの前から消えてくれ」
そして彼と薊は私の体を揺らして、崖の下に向かって投げ飛ばした。
奈落の底へと落ちていく私を、かつての友人が冷たい目で見下ろしていた。
そして同時に、脳内にやけに無感情な女性の声が響く。
『実績【100回追放される】を達成しました、技能【もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな】を付与します』
手の甲に浮かび上がる赤い紋章。
それは前人未到の記録を成し遂げたものに、神様が与えてくれる“ご褒美”だった。
「こんなときに……そんなもの貰ったって嬉しくないよぉぉおおおーっ!」
落ちながら、私はそんな悲痛な叫び声を響かせた。
◇◇◇
そして今、私は落下している。
重力に引かれて奈落の底に叩きつけられようとしている。
いくら私が傭兵稼業をやっていたとはいえ、この高さから落ちればひとたまりもない。
(死にたくない)
心からそう思った。
(こんなみじめな死に方、したくないっ!)
けれど、今の私に何ができるというのか。
手足をばたつかせても意味はない。
壁にしがみつこうと手を伸ばしたが、届かない。
よしんば届いたとしても、手が吹き飛ばされるだけだ。
(何でもいいから、私に、私にできること――)
自分の手の甲が目に入る。
そこに記された印は、私が技能を得た印だ。
確かに【100回追放される】なんて実績、私ぐらいにしか達成できない“前代未聞”だよね。
でも何? あの【もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな】って。
それが技能の名前なの? ふざけすぎでしょ。
こんなわけのわからない力で何ができるか知らないけど――念じろ。
呪力を集めて、技能を発動しろ。
もしかしたら、万が一にでも、生き残る可能性があるかもしれないから。
目をつぶって。
全意識を技能の発動に集中させて――
「……いだっ」
そのとき、私の背中はどすん、と何かにぶつかった。
同時に浮遊感も消える。
「ここ……どこ?」
金属で作られた、だだっ広い空間がそこにはあった。
本当に広くて、何十体でも呪鎧が置けそうなぐらいだ。
「これが、あの技能の力なの……?」
ひとまず中の探索を行うことにした。
とりあえず、今いる場所は、ただ広いだけで何も置いてないみたい。
別の部屋を目指そうと扉の前に立つけれど、ドアノブらしきものも、取っ手もない。
試しに半透明の水晶――たぶん呪鎧とかにも使われる鉱石だと思うけど――に手を置くと、勝手に開いたので思わず「うわっ」とのけぞってしまった。
気を取り直して、次の場所へ。
他にも同じように広いだけの空間がいくつかあって、人の気配もなかった。
廊下に窓があったので、外を見る。
「空は真っ暗で……下のほうに、青くて大きな何かがある」
そういえば、体が少し軽いような気がする。
うーん。調べても、全然ここがどこなのかわかんないな。
次に私は、何やら一番重要っぽい部屋に向かう。
例のごとく、触れると扉が開く。
「もう驚かないぞー、っと……うわ、何かすごいとこにきちゃった」
一番重要っぽい、という読みはどうやら正解だったみたいだ。
通信端末に似た装置が無数に配置されたその部屋の真ん中に、椅子が一個だけ置かれている。
座ると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『おはようございます、主様。どうぞご指示を』
「マスター? 私のこと?」
『はい、あなたが私の主であると認識しております』
「技能のせいなのかな……じゃあ、あなたは誰?」
『私はこの施設の管理用疑似人格です。主様の行動を補助させていただきます』
いよいよ、とんでもない場所に来ちゃった気がしてきた。
技能って、神様に与えられた力って時点でトンデモなんだけど……こんなのもアリなんだ。
「まだ質問してもいい?」
『はい、何なりとお聞きください』
「私、落ちてたよね。どうしてここにいるの?」
『転送要求がございましたので、こちらで転送装置を起動し呼び寄せました』
「転送装置……」
『ご所望でしたら元の場所に戻すことも可能ですが』
「いや、いい、大丈夫っ!」
せっかく生き残ったんだし、もう死にたくないよ。
ここがあの世って線も捨てきれないけど・
「違う場所に戻ることも可能?」
『はい、移動距離は限られるため、洞窟の出口が限界ですが』
「万能転送装置ってわけじゃないんだ……じゃあ他にはどんなことができるの?」
『この施設には――ピ、ビビッ、ガー……』
「あれっ? 壊れた? 嘘でしょっ!?」
『ザアァァァァ……ピッ、ピピッ、機能の拡張には管理者権限が必要――ガッ、ビーガー、ビッ、機能の拡張、承認しました。管理用疑似人格、更新中……更新中……』
この手の機械を触ったことがある人なら、聞いただけで冷や汗が流れる音が繰り返し鳴っている。
でも、別に私が壊したわけじゃないしなぁ……。
『――更新完了しました。おまたせしてしまい申し訳ありません、主様』
「いいけど、大丈夫なの?」
『問題ありません。それではこの施設の機能について説明いたします』
ヴゥン、と目の前に画面が表示される。
おお、割と最近実用化されたばっかりの投影技術だ。
『ご覧の通り、こちらの施設には主に3つの機能がございます。一つは、先ほど説明いたしました転送機能。申請さえあれば、どこからでも荷物をこちらに送ることが可能ですので、荷物持ちも不要です』
「荷物持ちである私の存在意義が……」
『次に、物体生成機能です。立体印刷装置を始めとした各種機能を利用し、“設計図”と“素材”さえあれば、あらゆるものを製作することができます』
「鍛冶屋さんの真似ができるってこと? いや――もしかして、呪鎧も作れる!?」
『条件さえ満たせば可能です』
「すごいっ、それすごいよっ!」
私は思わず立ち上がって喜んだ。
だって、呪鎧ってこの国でも作れる工場は2箇所しかなくて、馬鹿みたいに高いから、個人所有はほぼ不可能って言われてるんだよ?
ちなみに、私たちが使ってた呪鎧は政府から貸与されたものなのだ。
「私個人で呪鎧を持てれば、怪獣と戦うこともできる……」
誰かの役に立てる人間になりたい――そんな夢は、まだ終わっちゃいない。
友達に捨てられたのは悲しい。
悲しくて、悲しくて、悲しくて、唇を噛んで血が出るぐらい悲しい。
でも、もしかしたら、今よりもっと頑張ったら、また前にみたいに戻れるかもしれないから。
『最後の機能についての説明をしてもよろしいでしょうか』
「あ、うん。お願い」
『最後に、技能習得機能です』
「えっ」
『何か問題がございますか?』
「ごめん、もう一回言ってもらってもいい?」
『技能習得機能です』
「そ、そげんかこつできるわけなかろうもんっ!」
思わず地元の方言が出てしまった。
石炭の数でも数えて落ち着くんだ私。
『物は試しです、こちらの技能樹形図より選択して、技能を一つ習得してみてください』
画面が切り替わり、線で繋がった絵がいくつも表示される。
「これ、触ればいいの?」
『触れても可能ですし、音声でも指定が可能です。画面に触れたまま横にずらせば、他の系統の技能を閲覧することができます』
言われた通りに、触れたまま指を滑らせると、画面が動いた。
武士系、射手系、呪術師系、医術師系――見たことも聞いたこともある技能がずらりと並んでいた。
さらにずらすと、あまり聞いたことのない“採取”、“鑑定”、“生産”などの欄もある。
『あまり私が主様に口出しするのもよろしくはないのですが――』
「何?」
『生産系技能の取得はあまりおすすめしません』
「えっ、何で? つまりこれって、呪力を使ってどこででも道具を作れるってことだよね?」
『はい、ですが左上に表記されているように、習得可能な技能には限りがあります』
「あ、100って書いてある」
『主様が追放された数です』
「そこで決まるの!?」
『というのは冗談で』
「冗談なのぉ!?」
『主様がこれまで重ねられてきた鍛錬や、技術の習得、及び知識の蓄積により付与される数値となっております。主様の努力の証です』
「努力……」
ちょっとずるい気がしてたけど、そう聞くと悪くない感じがする。
頑張って、努力して、人の役に立つ人間になれ――お父さんにそう言われて育ってきたから。
『話を戻しましょう。技能習得数に限りがある以上、無駄に取ってしまうのは好ましくありません。そして生産技能は、この施設の設備で代用が可能です』
「あ、そっか。設計図さえあれば色々作れるんだもんね」
『はい、ですから生産以外の技能を習得されるのがよろしいかと』
「でもそれだと……私だけで、色々できるようになりすぎているような……」
『当たり前です』
「へっ? あ、そっか、だから――」
『【もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな】、です』
合点がいってしまって、何だか悔しい私だった。
◆◆◆
示布岐を殺した切弥は、清々しい気分で組合に帰還した。
ずっと背負ってきた重荷がやっと降りたような気分だ。
口元に笑みを浮かべ、いつもより浮かれた口調で受付嬢に話しかける。
「よう、申請書類がほしいんだが、いいか?」
「はい、どちらの書類でしょうか」
「傭兵団の人数変更と、傭兵引退手続きだ」
「えぇっ!? 鎌蔵さん、引退なさるんですか!?」
受付嬢の言葉に、他の傭兵たちがざわつく。
だが切弥は「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら人差し指を左右に振った。
「俺じゃねえよ、示布岐だ。あいつが傭兵生活に限界を感じたらしくてな、代わりに手続きしてやろうってことになったんだ。なあ?」
仲間に同意を求める切弥。
薊と紅菊はうなずき、梅花は唇を噛んで顔を逸らす。
「つうわけで、構わないよな?」
「……こちら、書類です。本人不在で通るかどうかはわかりませんよ」
「ははは、それもそうだなぁ。ああ、あとあいつの呪鎧も外に持ってきたから、政府に回収するように言っといてくれよ」
そう言って、手をひらひらと振って離れていく切弥。
受付嬢は納得いかない様子で、その背中を見送る。
申請書類が提出されてから数時間後。
外が暗くなる頃、早くもその返事が役所から戻ってきた。
「人数変更はともかく、引退申請なんて本人の許諾なしで通るわけが……」
彼女は封筒から取り出したその紙を見て、絶句した。
怒りなのか悲しみなのかわからない感情に、手が震える。
「何でよ……そんなのおかしいでしょうがッ!」
声を荒らげ、ガンッ! と思い切り机を蹴った。
その大きな音に、組合中の視線が受付嬢に集中する。
だが彼女はその感情を隠そうとはしなかった。
「昨日だって、端末越しに『頑張る』って言ってたじゃないの。それが昨日の今日で引退なんて、そんなことありえるはずがない……!」
もう付き合いだって長い。
毎日のように連絡を取り合っているし、よく飲みに行くし、友達だと思っている。
そんな示布岐の身に起きた“何か”を前に、抑えられるはずなどなかったのだ。
◇◇◇
翌朝、一人の傭兵が組合を訪れた。
海外から取り寄せた女中服を纏ったメイドを引き連れ、両手にきらびやかな指輪をいくつも身につけた彼女は、呪鎧兵団“金色の栄光”団長、薄華至喜。
この国でも珍しい、“個人所有”の呪鎧を持つ、見た目通りの金持ち女である。
至喜は受付嬢の前に立つと、扇子で口元を隠しながら目を細めた。
「あらぁ? ひどい顔ね。寝不足は女の敵よぉ?」
「……ご心配なく。それで薄華さん、本日はどのような用事でしょうか」
「人探しよ。あなた、示布岐って子は知ってる?」
「示布岐を……? 薄華さん、あなたもあの子を探してるんですかっ!?」
「す、すごい勢いね……」
「あ、申し訳、ありません」
後ろに立つ女中が、何やら太ももあたりに手をやっている。
主が襲われたときのために、短刀でも握っているのだろう。
受付嬢は殺気にあてられ、思わず萎縮した。
「いいのよ。その様子だと、そちらも探しているのね。わたくしは昨日、彼女と会う約束をしていたのよ」
「薄華さんと示布岐、知り合いだったんですか?」
「わたくしの片思い、だけどね」
「はあ……」
「彼女、とてつもない才能の持ち主よ。独学と言っていたけれど、あれほど呪鎧の設計に優れた人間をわたくしは他に知らないわ」
「そこまでなんですか?」
「あら、聞いたことはなかったの?」
「趣味で少し触ったことがあるとは言ってましたが……」
「そんなもんじゃないわよ。自己評価が低いのはあの子の悪い癖ね」
「振る舞われる手料理もなかなかのものでした」
女中がぼそりとそう呟く。
至喜も同調し、「うんうん」とうなずいた。
彼女ほどの富豪ならば、かなり舌は肥えているはず。
それを納得させるほどなのだ、かなりの腕前であることは間違いない。
「それで、あの子は今、どういう状況なのかしら。“黒の王蛇”に所属しているという話は聞いているわよぉ」
「それが昨日、その黒の王蛇の団長である鎌蔵切弥とその団員たちがここにやってきて……」
「また追放されたのねぇ」
「それだけではなく、傭兵を引退すると……」
「なっ、それは困るわよぉっ!」
バンッ、と机に手をおいて前のめりになる至喜。
今度は受付嬢がのけぞる番だった。
「あの子の設計図を使って新しい呪鎧を作ることになってるのよぉ? それなのに本人がいなくちゃ話にならないじゃない!」
「私だって友人として困ってるんです。でも、もう呪鎧も政府が回収してますし」
「……探しますわ」
「都は一通り回りました」
「それなら国中。いいえ、世界中を探して回りますわぁ。薄華家の総力を上げてッ! さあ、いきますわよ!」
「はい、どこまでもお供いたします」
女中とともに、組合を去っていく至喜。
取り残された受付嬢は、そのあまりの勢いに、ぽかんとその背中を見送ることしかできなかった。
◇◇◇
一方その頃、示布岐のいなくなった黒の王蛇の面々は、休暇をとっていた。
別に彼女がどうこうというわけではなく、切弥が用事が出来たとかで、一人どこかに消えてしまったからだ。
残る紅菊、梅花、そして薊の三人は、拠点に使っている宿のそれぞれの部屋で過ごしていた。
紅菊は普段着として使う着物の手入れを、梅花は呪鎧に関する技術書を読み、薊は一日中、鏡で自分の顔を見つめていた。
今日の朝食を終えてから今まで、薊は一言も言葉を発していないし、鏡の前から一歩も動いていない。
ただただ虚ろな瞳で、自分自身の姿を眺めているだけだ。
そんな彼女がようやく動き出したのは、昼過ぎのことだった。
ふいに鏡の前から立つと、部屋に置いてあった鋏を手に取り、再び戻る。
そして右手で強くそれを掴み、振りかぶり、自分の顔に真横から刃を突き立て――
「あああぁぁぁあああああああっ!」
直後、宿に少女の叫び声が響き渡った。
紅菊と梅花はすぐさま立ち上がり、声の聞こえた薊の部屋に向かう。
鍵のかかった扉は紅菊が勇ましく蹴破った。
「薊さんっ!」
「薊ぃっ!」
二人は血まみれで床に倒れる薊に駆け寄り、声をかける。
紅菊は自らの着物が血で汚れることもいとわずに、頬から鋏を引き抜くと、手をかざし回復呪術を発動させた。
「紅菊、回復を!」
「ええ、すぐに取り掛かります」
【練気功】は最も単純、かつ傷の治療に効果的な呪術である。
傷口はみるみるふさがっていき、薊の顔は元の状態に戻った。
「薊さん、大丈夫ですか?」
紅菊が声をかけると、薊は先ほどまでの叫びが嘘のように、平然と起き上がった。
そして目をまん丸にして、二人のほうを見つめる。
「あら、二人とも。何をしにきたのかしら?」
「何って……覚えてないの? 今、薊は自分で自分の頬に鋏を突き刺したんだよ?」
「ああ……そうだったっけ。そういえば、そうだったわね。でももう平気。ごめんなさい、うるさくて。血も自分で片付けておくから」
「だけどっ!」
「梅花さん」
食い下がる梅花の肩に、紅菊がぽんと手を置いた。
「薊さんがいいと言っているのですから、それでいいじゃないですか」
「紅菊……そんな、これでいいわけが……」
「いいのですよ」
「……」
「あなたも、そう思うでしょう?」
「……わかった」
二人は薊の部屋を去っていく。
一人部屋に残された彼女は、ふらふらと部屋の隅に置かれていた布巾を手に取り、四つん這いになって軽く床を掃除した。
そして再び、鏡の前に戻り、じっと自分の顔を見つめる。
「……」
無言で、何もせず、ただただ虚ろに。
けれど今度は、“虚無”というわけにはいかない。
瞳から、一筋の涙が溢れる。
頬を伝い、顎から雫となって、手の甲に落ちた。
「私……どうして泣いてるのかしら……大嫌いな示布岐が死んで嬉しいんでしょう? だったら笑わないと」
涙は止まらず。
「うふふふふ、あはははは。ふふふ、あははははははははっ」
誤魔化すように笑うと、胸の奥にある何かを隠せるような気がした。
思いついたままに書いてみたやつです。
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