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私を刻む  作者: カフェラテ
1/1

日常と非日常

「私達もう別れよ?」

「なんで...だよ...」

「なんでってあなたといても楽しくないから。それじゃあね」

そう言って彼に背を向けて立ち去る。

やばい、笑みが止まらない。

きっと彼は今頃ポケットに入れたプレゼントの指輪のケースを握りしめ呆然としているだろう。

あぁ、振り返りたいなぁ。

でもダメだ。

彼の視界から消え去るまで私は明るくて可愛くて優しい彼女...いや、優しかった彼女を演じきらなければならない。

でないと彼に強烈な別れを刻めないから。

私に少しでも落ち度があってはダメだ。

完璧な彼女を満足させられなかったダメな俺という現実をもって彼を追い詰めなければならない。

そうやって深い深い傷をつけて、私という存在を永遠に彼に刻みつけなければならない。

あぁ、やっぱりこの瞬間だ。私が彼の中で絶対的な存在になっていくこの瞬間がたまらない。

快楽に浸っているといつのまにか見慣れた十字路にたどり着いていた。

ここを左に曲がれば私の家。

そしてこのまま一晩明かせば明日は月曜日。

タチの悪いドラッグで手にした快楽の余韻が溶けるにつれ歪んだ私の日常がまた丸みを帯びていく...


彼氏と別れた次の日の朝はいつもよりも清々しい。

身に纏った重りを取っ払った感覚だ。

もちろん非日常が生み出したそれを取っ払っても今度は日常が私に重くのしかかるわけだけど。

まあいずれにせよ1を0にするというのは心地の良いものである。

ここからまた1を積み上げてそれを崩して0にしてその繰り返しでやがては私自身が崩れて0になる。

私は今を体に溜め込むように深呼吸をして部屋のカーテンを開ける。

部屋に差し込んだ光が眩しい。

その眩しさから逃げるようにして私は部屋を出て階段を降り一回の食卓に向かう。

「おはよう。葉月。ご飯できてるよ」

「おはようお父さん」

キッチンでコーヒーを淹れている父と挨拶を交わす。

キッチンの目の前の食卓目をやると食パンと目玉焼き、そしてベーコンが並んでいた。

いつもの、そして一般的な家庭の朝食だ。

少し特殊なのはこの朝食を今目の前の父が作ったことだろうか。

もちろん母親が仕事をして父親が家事をするなんて家庭、何かと多様性と言われる現代ではそこまで珍しくないのだろう。

まあ私達はそんな現代の波に呑まれた家庭でも無くて単純に母親がいないというだけの話なのだけれど。

母親は私が小学校低学年の時に亡くなっている。

それから父は男手一つで私と私よりも5つ上の兄を育ててくれた。

兄は去年上京して一人暮らしを始めたため、私と父の二人で今は暮らしている。

父は仕事と家事で私に構っている暇は無いのかあまり干渉して来ないので学校の成績が悪くても夜遅く帰っても何も言って来ない。

そういう子供への無関心が不良高校生を生み出していくんだろうなぁと人ごとのように思う。

不良というのは要するに今の現状に満足いってないからなってしまうもので、私はこの自由に束縛された退屈な家庭と規則に束縛された生真面目な学校とで織りなされる日常が心底嫌いだった。

だからこそ私はそんな日常の束縛をふり解ける瞬間、私を愛する人と別れるという行為を心の底から愛している。

私は実感を伴い始めた日常の重々しさを茶碗に少し残った米粒と一緒に飲み込んだ。


彼氏を作るのは簡単だ。

需要と供給と言うやつだ。

そこそこ可愛くてヤレそうな空気を出しておけば男はひょいひょい食い付いてくる。

それこそスカートの裾を一つまみ折って胸元のボタンを1.2個外せば彼氏はひょいとやってくる。

そんな客観的に見ればそこそこモテる私でも今の事態は想定外だった。

手には「放課後校舎裏まで来てください」と使い古されたフレーズが描かれた手紙が一枚。それだけならよくあることで済まされるのだが、イレギュラーなのはその筆跡だ。丸みを帯びたそれはがっついた男の物とはとても思えず...まあ要するに女子のものだった。

女子から告白されるのは想定外だったなぁ、と人ごとのような感想が漏れる。

大体同性愛とかLGBTとかそういうのは道徳の授業で魅せられるビデオでしか触れたことがなくて、それが現実に、それも私個人の日常に直に浸食してくるなんて思いもよらなかった。

要するに想定外という物なのだけれど、それは今のまでの日常にも、非日常にも当てはまらない非日常で今の私にとっては非常に都合の良いものに思えた。

それに当たり前なのだが私はまだ女の子の恋人を振ったことが無い。

たまには今までとは違う相手を振ってみるのも悪くは無いだろう。

私は今までと同じように今までと同じでは無い告白を受ける事にした。

それにしても私の未体験への欲望は留まる事を知らない。

男の子と付き合って女の子と付き合ってそれでも満足できないのならどうするのだろう?

ひたすら欲望のままに進んで、進んで、行き着く先はどこなのだろう?


授業が終わり私は校舎裏に向かう。

手紙の差出人はどんな子なんだろう。

そもそもなんで私の事を好きになったのだろう。

自慢じゃ無いが私はそこそこ女の子ウケの悪い性格と格好をしている自負がある。

それとも性欲のツボというのは男もレズビアンも同じなのだろうか。

まあなんでもいい。

それはこれから現れる、本人に聞けばいい話だ。

できればかわいい子がいいなぁなんて呑気に考えていたら校舎裏のすぐ近くにたどり着いた。

この角を曲がれば校舎裏だ。

私はなんでも無い事のように角を曲がってそして開けた視界で彼女を探す。

いた、20メートルほど前に女の子の姿を見つけた。

女の子も私に気づいたようで目線を私と少し合わせてそして逸らした。

なんだかやけにソワソワしている。

そんな彼女の様子からやはりこれは告白されるのだろうなと確証を得る。

まああんな文句で実は宇宙人でしたとかそんな予想外の展開になるのは小説の中だけだろう。

私は彼女の方に歩みを進める。

そして彼女と私で対面したと言っていい距離になった。

対面した彼女を少し観察する。

私の前にいる女の子は背が私より少し高くてショートカット、運動部系の爽やかな顔立ちをしていた。

丸っこい字からもっと大人しそうな子を想像してたけれどいずれにせよかわいい子で良かった。

私は少しの喜びとともに口を開く

「手紙をくれた子ですか?」

「はいそうです。あの、私、横井理沙って言います。」

横井理沙と名乗った彼女はそう言って口をつぐんでしまう。

「あの今日はどういう要件で呼び出したの?」

「はい、あの、私...河野先輩のことが好き...なんです。だから、その...付き合ってください!」

やはり想定通りの答えが帰ってきた。

しかし先輩って口ぶりからするに横井さんは一年生なのか。

今まで付き合ってきたのは全員同級生かそれより歳上だからなんだか新鮮だ。

ともかく私もあらかじめ用意していた答えを返す。

「えーと、横井さんだっけ?横井さんと私って初対面だと思うんだけど、私のどこを好きになったの?」

「その、よく先輩のことは行きの電車で見かけてて、先輩、学校ではクールで近寄りがたい感じなのに、よく年寄りの人に席譲ったりしててそういう所が好きだなぁって」

彼女は所々つまりながらもしっかりと話してくれた。

まあ不良がたまに良いことをすると...って奴だろう。

顔が良いと実に得である。

私は彼女が望んでいる言葉を投げかけてやる。

「いや別にそれは当たり前だし...でも告白は嬉しいよ。それに、私もあなたのこと好きになれそう」

「先輩、それって...」

「付き合おうって言ってるの」

「え、やった!やった!え!?本当にいいんですか!?」

「良いって言ってるじゃん笑 これからよろしくね、横井さん」

「よろしくお願いします!...って本当に夢見たい。同性に告白するなんて変かなって。拒絶されたらどうしようって。でも告白して良かった!ほん...とうに...よか...ったよぉ...」

安心したのか彼女は泣き始めてしまった。

それにしても告白が成功して泣かれたのは初めてだ。

今まで告白してきた男子は全員、成功した瞬間にその先の行為へ向かうための切符を手に入れたような、そんな欲深い顔をしていた。

だからこそ彼女の純粋な泣き顔はとても新鮮に映って...私は初めて告白を受けることに少しの罪悪感を感じた。

私は彼女が落ち着くのを待って、それから口を開く。

「じゃあ理沙ちゃん。これからよろしくね!」

「はい!よろしくお願いします!河野先輩!」

「うーん。これから付き合うんだから苗字じゃなくて下の名前で呼んで欲しいなぁ」

「ええ!?下の名前で!?えっと...あの...ちょっと待ってくださいね。」

なんて言いながら彼女はぶつぶつ私の名前を復唱し始めた。本当にこの子は泣いたり焦ったり...

「はい!じゃあその...葉月先輩!改めてこれからよろしくお願いしますね!」

そして笑ったり。忙しい子だ。

こんな純粋な子を振ることができるのだな、と思うとなんだかたまらなくて、罪悪感と欲望とが混ざり合った笑みが私の口からこぼれた。





































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