第9話 悪役令嬢は昔の記憶を思い出す4
あれから数年が経ち、私は14歳になった。もうちんちくりんなガキではなく、立派なレディである。
しかし、アルフレッドとの仲は未だ主従関係から抜け出せていない。
このままでは、16歳の誕生日に殿下と婚約してしまう‼︎
私は焦り出した。最初は6年あればきっといけると思っていたが、うまくいかない。アルフレッドも私の事嫌いではないのだろうけど、恋愛感情があるかは微妙だ。
やっぱり国外追放を目指した方が良いのかしら?最近はそんな気もしてきた。
このまま何も進展せず時間が過ぎていく可能性もあるので、私はゲームについて覚えている事を書き出してみた。
「ーーふう。書き出してみると、色々あるわね」
私は、頭の中で書いた内容を整理した。
私が婚約前にアルフレッドと結ばれなかった場合、国外追放にかけるしかない。
その場合、方法は二つ。
1、シルヴァント王子殿下と主人公が結ばれる事。
2、イーバンと主人公が結ばれる事。
2は妹が悲しむからダメ。となると一択しかない。
学園に入学したら、二人の愛を応援しないとね。
そう言えば、気になったことが一つあった。イーバンの事である。
ここ最近、無駄に色気が出てきて男の子から男へと成長してきた。そして前は違ったのに、女たらしになった。
まあ、ゲームでは入学時点でそうなので、その前にそうなるのは自然な流れなのだが。
なんか噂で、昔好きな人に振られて、その影響で女にだらしなくなったって言うのを聞いたけど。
それが本当なら私のせいなの⁈
私は自分でゲーム開始時のイーバンを作り上げてしまったの⁈
こんなのゲームでも明かされてない設定よ。分かるわけないじゃない‼︎
……これは、私がゲーム開始時までに更生させるべきなのかしら。
「はぁ……」
私は気が重くなった。出来る気がしない。でも、やるだけの事はしないとね。
私は早速イーバンに会いに行った。
イーバンの家と私の家は目と鼻の先にあり、歩いても10分以内に着く距離だ。
今は冬。近いけど、外に出て歩くのは寒いわね。
私はアルフレッドと共に、歩いてイーバンの家へとやってきた。
「これはフレデリカ様、こんにちは。イーバン様でしたら外出しております」
「外出?どこに?」
「街に出かけると仰っていましたが……」
「ありがとう、探してみるわ」
私たちは馬車に乗り、ここから一番近い街であり、ヴァリアーヌ領内一の栄えている街ヴァレンへと向かった。
私はドレスじゃなくて普段着を着ているから大丈夫だけど、流石にアルフレッドの燕尾服は目立つ。なので、アルフレッドには着替えてもらった。
「さてと、街は広いわ。イーバンのやつどこにいるのかしらね」
「お嬢様、ここに行ってみませんか?」
アルフレッドが差し出したのは、最近オープンしたカフェのチラシだ。美味しそうなパンケーキが載っている。たっ、食べたい。
でも、今はイーバンを探すのが先よ。
「とっても行きたいけど、まずはイーバンを探さないと」
「そのイーバン様ですが、十中八九女性といます。ですから、女性が喜びそうな場所にいる可能性は高いかと思います」
「成る程……」
「まあ、もしこのお店にいませんでしたら、このパンケーキでも食べながら次にどこに行くか考えましょう」
「それもそうね」
折角のアルフレッドとのお出かけだ。どうせなら楽しまないと。イーバンを探すのはついでよ、ついで。
出かける目的が、フレデリカの頭の中で変わっていった。
私たちは目的のカフェに辿り着いた。お店は大繁盛しており、満員だ。私たちは少し待つことになった。
ううっ、パンケーキは食べたいけど外で待つのは寒いわー。私は両手に息を吹きかけ、手を擦った。何もしないよりマシだ。
するとアルフレッドが手袋を一つ私に差し出した。
「お嬢様、だから手袋を持つようにとあれほど……」
「だって〜」
前世ではスマホを使う為に、手袋は極力使わなかったのよ。その癖が抜けないのよね。
私はアルフレッドが貸してくれた手袋をつけることにした。
「あれ?手袋一つ?」
「はい、一つです」
「手は二つあるのよ。もう一つのも貸してよ」
「イヤです」
「まっ‼︎」
アルフレッドが私の言うことを拒否するなんて。どういうこと⁈
するとアルフレッドは、私の左手に手袋をはめた。そして、自分に近い方の私の右手を握り、自分のポケットに一緒に入れた。
アルフレッドの右手には手袋がはめられている。
「これなら二人とも暖かいですよ。如何ですか?」
「そっ、そうね。暖かいわね」
なんなの、この展開‼︎遂にアルフレッドとのフラグでも立ったのかしら⁈
冬って寒いし苦手だったけど、最高ね‼︎私はずっとこのまま、手を繋いで入れたら良いのにと思った。
暫く並んでいると、だいぶ列が進んだ。私たちの並んでいる場所からは店内のお客がよく見える。
「お嬢様、ビンゴです。イーバン様がいらっしゃいますよ」
耳元で囁かれるアルフレッドの声にうっとりしつつも、気を確かに持ってアルフレッドの指差す方を見た。
イーバンが、女性と座っている。なんとか相手から見えなくて、尚且つこちらが見張りやすい位置に座りたいものだ。
「お嬢様、少しお待ちください」
そういうと、アルフレッドは店の入口へと行ってしまった。あーあ、もっと手を繋いでいたかったな。
アルフレッドを見ると、なにやら店員さんに話しかけている。一体なにをするつもりなのだろう。
私は待っていると、周りから色めき立った声が聞こえてきた。よく見ると、待っている客の女性は皆、アルフレッドを見ている。
まあ、あれだけカッコ良ければ仕方ないわよね。今日の格好は先程着替えてもらい、スーツにコートを着ている。何故スーツかと言うと、燕尾服を却下されたアルフレッドは、妥協案でスーツを提案してきた。
なんでも「お嬢様と街に出かけるのに、従者である私が仕えるに相応しくない格好は出来ません」と言うのが理由らしい。
アルフレッドって結構頑固者よね。まあ、そこも可愛いんだけど。
暫くするとアルフレッドは戻ってきた。
「お嬢様、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なんだ、一体。
待っていると、私たちの番がやってきた。案内された場所はイーバンの後ろ姿が見える場所。でも、あまり離れていないので、耳を澄ませばなんとか会話は聞こえそうだ。ここなら私たちのことは気づかれないだろう。
もしかして、さっき店員さんと話してたのは席の件かしら?どんな手を使ったかは分からないが、グッジョブ‼︎アルフレッド。
私たちはさっさと注文して、聞き耳を立てた。
「ナーナは可愛いな」
「も〜、イーバン様ったら。他の子にも言ってるんでしょ」
「そんなことないよ。君が一番だよ」
ぞわわわわっ。口から砂吐きそう。
昔のイーバンを考えると、誰だこいつはって言いたくなる。
ゲームのイーバンを思い出すと、平常運転ねって感じだけど。
その後もイーバンの甘い口説き文句は続き、私はそれでお腹いっぱいになってしまい、折角のパンケーキがあまり食べられなかった。
「イーバンの甘い口説き文句のせいでお腹いっぱいよー。うぅっ」
「お嬢様、もう召し上がらないのですか?」
「アルフレッドはまだ食べられるの?」
「はい。ここのはくどくなくて食べやすいですね」
「私は別の意味でくどくてお腹いっぱいよ。良かったら私のも食べる?」
「良いのですか?」
「ええ、残すのも忍びないしね。あ〜ん」
私はパンケーキをフォークで刺し、アルフレッドに差し出した。ちょっとした悪ふざけである。
「あーん。……んんっ、そちらのチョコがかかったのも美味しいですね」
アルフレッドは美味しそうにもぐもぐし、にっこりと笑った。
ちょっとした悪ふざけのつもりが、こんなことになるとは。逆にこっちが照れてしまうわ。
私は頬が赤くなるのを感じた。
「あーん」
アルフレッドは次を催促している。私は、またパンケーキをアルフレッドの口に運んだ。
……なんだか、小鳥に餌をあげるような……そんな気分ね。
「すいません、お嬢様。お嬢様が面白いことをしたので、つい」
「いっ、良いわよ。そういうノリの良いところも私は好きよ」
ちょっとした悪ふざけから始まった、あーんは思いの外楽しいひと時へと変わった。
イーバンの甘い口説き文句も役に立つことがあるのね。私は空いている左手をテーブルの下で握りしめた。
グッジョブ‼︎イーバン‼︎