第21話 悪役令嬢は学園に入学する2
「……様。お嬢様」
「あっ……」
「大丈夫ですか?少し顔色が悪いようですが」
「大丈夫よ。今日からの学園生活を考えて、少し不安になっただけよ」
私は居るはずのない主人公、リリアナを見つけた場所を見た。……いない。見間違えだろうか。気がつくと、私たちは中庭まで歩いてきていた。
「では、お嬢様。私は職場に向かいますので」
「あっ、ああ。そうね。初出勤頑張ってらっしゃい」
「はい。お嬢様も後でいらしてくださいね」
私はアルフレッドに手を振り見送った。ここは中庭。生徒たちが休憩する憩いの場。芝生が広がっており結構広い。校舎に近い場所には椅子とテーブルがたくさん並んでいる。この中にはにはカフェが併設されている。
と言っても、普通のお店のように建物があるわけではなく、校舎にお店が入っている。場所は中庭への出入り口付近。校舎の中と外、どちらからでも買えるようになっていて、お店は販売のみ。
生徒は品物を受け取って教室に持って帰るも良し、中庭や校舎内のスペースで食べるも良しと言う感じだ。お客がどこで飲食するかで、トレーで渡すか、袋に入れて渡すか変わる。
アルフレッドは、今日からこのカフェでアルバイトをすることになったのだ。
時を遡ること数週間前、私はお父様と揉めていた。議題は私が学園に通っている間のアルフレッドの仕事について。
私は学園にアルフレッドを連れて行くつもりだった。だってアルフレッドと離れたくないし、ゲームでもアルフレッドは学園についてきていた。しかし、それをお父様に反対されたのだ。
私の通う学園は、王侯貴族の子息令嬢が多く通う学園。セキュリティは最高峰だ。普段はお供を連れてしか外出しない人たちが沢山いる。しかし学園では皆、供を連れずに出歩いている。それだけ安全な場所なのだ。だから、私がアルフレッドを連れて行く必要はない。殿下でさえ学園内は一人なのだから。一応何かあった時の為に、学園に控えてはいるらしいが。
でも、ゲームのフレデリカはアルフレッドを連れて学園に来ていた。多分フレデリカのワガママによって。そして、フレデリカが授業を受けている間、このカフェでアルフレッドは働いていた。
だから私もゲームになぞってアルフレッドにカフェでアルバイトをしてもらうことにしたのだ。
それがまさか、お父様に反対されるとは。こっちがビックリなんですけど‼︎
私はなんとかお父様を説得?してアルフレッドは晴れてカフェでアルバイトをすることになった。
それはもう必死だったわよ。だってお父様に反対されるなんて思っていなかったから。よく分かんないけど取り敢えず必死に説得していた記憶がある。
なんと思われともいい。だって私は悪役令嬢なんだから。ワガママ通してアルフレッド連れて行ったって構わないじゃない。
こうしてなんとかアルフレッドを連れて行く事を許可してもらい、一緒に学園に通うことが出来たのだ。
ゲームでのアルフレッドは燕尾服のままアルバイトをしていたのよね。そして、優しい執事が私のためにお茶とお菓子をとかみんなキャーキャー言ってたなぁ。
いや、私の従者だから‼︎
私はアルフレッドを見送った後、教室へと向かった。教室に入ると、殿下がやってきた。
「おはよう、フレデリカ。今日からこうして同じ教室で学べることを嬉しく思うよ」
「シルヴァント王子殿下、おはようございます」
「その……王子殿下はやめてもらえないかな。ここでは、クラスメイトとして接してほしい」
「では、シルヴァント様」
「うん」
どうやら納得していただけたようだ。いくらクラスメイトでも殿下は殿下。様は付けなきゃ呼べないわ。本心ではシルヴィーと呼んで欲しいとか思ってそうだけど、流石にそこまでは言ってこなくて助かったわ。
まあ、主人公も一貫してシルヴァント様って呼んでいたしね。
そういえば主人公‼︎リリアナはどこに行ったのかしら。学園の門をくぐったところで、遠目に見かけたけど。まさか私の見間違いとか?ゲームでは5月入学だし。いやでも、あの姿を私が見間違えるとは……。
席に着き、悶々と考え込んでいると、教室が急に騒ついた。
……凄く嫌な予感がする。
私は恐る恐る振り向くと、そこにはリリアナ=コーネリウスがいた。茶色の髪はつやつやとしており。腰あたりまで伸びている。毛先は少し内側にくるんとなっている。碧色の瞳は、大きくくりっとしていて愛らしい。小柄な体で、全体的に可愛らしく、男が守ってあげたくなるような風貌だ。
既にクラスの男子生徒たちが、頬を染めて見惚れている。
流石主人公。愛され能力高過ぎ‼︎ゲームの難易度もそんなに高くなく、好感度は上がりやすかったから、このゲームの主人公は恋愛チートだよね。
ああ、私もアルフレッドに対してそんな能力が欲しい。ゲームみたいに好感度を数値化して見てみたい。あっ、見るのはアルフレッドだけで十分よ。……ゲームでも見れなかったキャラだけどね。
私は一人ツッコミを入れながらそんなことを考えていた。
そうだ。殿下よ、殿下。ゲームとは出会い方が違うけど、彼女の容姿にも惹かれていたはず。私は殿下の方を見た。
……あっ、あれ?
隣の席の殿下は、読書中に集中していて、全然この騒ぎを気にしていない。おい、少しは気にしろよ。
そう言えば、リリアナとはクラスが違ったはずなのだが、何故このクラスに?まさか殿下の下見?
いやいやいや、プレイヤーじゃあるまいしそんなことあるわけ……。
……いや、無いわけじゃない。現に私が転生者なのだ。他にいてもおかしくはない。
気になる。ただのリリアナなのか、それとも転生者なのか。後者ならかなり厄介だ。相手の目的次第で、展開がかなり変わってしまう。ゲーム通りにいかなくなる。
でも良かったと前向きに思っておこう。ここからがゲームスタートなのだ。初日にその可能性に気づいたのは大きい。これは、相手に悟られないように、おいおい慎重に調べてみよう。
私は気合を入れて席を立った。そして、彼女の前に行く。
「御機嫌よう。教室が急に騒がしくなったので何事かと思いましたわ。……貴方、見たことのない顔ですけれど、どなたですの?」
これは、イレギュラーな展開。正直どう行動して良いかは分からない。でも、フレデリカならきっとこうする。六年フレデリカとして生きてきたのよ。イレギュラーな展開もきっと乗り越えれるわ。
「あっ、あの私リリアナ=コーネリウスと申します」
このおどおどした態度、まさしくリリアナが学園に来た時そのものね。
「コーネリウス?コーネリウス伯爵家の方?」
「はっ、はい」
「おかしいわね。あの家には子供は跡取りの子息しかいなかったはずだけれど」
「私は妾の子供です。今までは母と田舎で暮らしており、貴族とは無縁の世界にいました。それが先月コーネリウス伯爵様が父親と判明しまして。つい先日コーネリウス家に入ったばかりなのです」
「まあ、庶民育ちの方なの。どうりで振る舞いがなっていないはずだわ。もっと堂々となさい。そんなおどおどした姿を見せないで頂戴」
「すっ、すみません」
「ーーで、いつまで入り口にいるのよ。このクラスならさっさとお入りなさいな」
「えっと……その。自分がどのクラスか分からなくて……」
「分からないですって⁈貴方、門で受け取った紙に記載されているでしょう⁈」
「はっ、はい。すいません」
「全く……」
ふう、どうだったかしら私の演技は。フレデリカは最初から庶民出のリリアナには手厳しい態度を取っていたけど、こんな感じで大丈夫だったかしら。
リリアナは紙を見て自分のクラスを確認している。
「あっ、分かりました。私隣のクラスでした。すみませんでした」
リリアナは謝罪し、頭を下げる。
「なってないわね。謝罪の際はもう少し頭を下げるものよ。背筋は正したまま、頭をこうして……」
私はリリアナの頭と背中に手を添えて、姿勢を正す。……いや、この場合頭だけ押さえつけてやる方が良かったかしら?六年という歳月が、リリアナへの態度がどうだったか薄れさせてしまっていた。
フレデリカは、高潔な人間。庶民出の礼儀作法がなっていないリリアナに厳しく指導していたはず。それを周囲が酷いと言っていただけで、虐めていたわけではない。だから、この対応で大丈夫なはず。
「あっ、ありがとうございます……」
教育的指導が終わり、リリアナは自分のクラスへと戻って行った。
「……変なところはなさそうね」
去り際にリリアナは小声で呟いていた。それが私には、不穏なセリフに聞こえたのだった。