第18話 悪役令嬢は王家の秘密を知る1
入学式まで後少し、私はある調べ物をしていた。
それは居なくなった側室とその息子アーバン王子について。実はゲームには詳しい記述は無かった。後継者争いで破れて去ったとだけ書かれていた。それに、フレデリカの家にシルヴィーとして殿下が来ていたと言う記述もゲームにはなかった。
フレデリカとして生きてきた中では、後継者争いとかそういう話も聞いたことがなかった。二人は療養の為王家を離れ、療養先で亡くなったと言われている。
この時点で色々隠されていそうな雰囲気がプンプンする。
一応一年間、王家に関係する者になるし、内情を知っといたほうが良いかもしれないと思って最初は調べようと思った。だが、ある事を思い出し、絶対に知る必要が出来たのだった。
それは本宅に戻り、入学に向けて殿下の攻略情報を思い出していたある日ーー
「よし、今日はこのメモを見ながら再度殿下の攻略情報を思い出しましょう」
私は机の引き出しから二つの紙の束を取り出した。何故二つかって?10歳のフレデリカに転生して14歳の時に作成した物。もう一つは、10歳から16歳までの記憶を忘れ、16歳の時に作成したもの。
二つの内容を見比べてみるが、それ程書いてあることに差異はなかった。14歳の時のが、10歳からフレデリカとして生きて得た知識も記載されていたので、少し細かいが。
私は古い方をベースに、殿下の細かなルートを思い出すことにした。
主人公と殿下の出会いは、5月。主人公が転校してきた初日の出来事だ。裏庭を殿下が歩いていると、木に登って降りられなくなった猫を助ける為に、主人公は木に登っていた。そして猫を助けることは出来たのだが、バランスを崩して落ちてしまう。
そこを通りかかった殿下が受け止めたのが出会いだ。
……うん、ベタだよね。
それから普通の令嬢とは違う主人公に興味を示した殿下は、次第に主人公に好意を抱くようになる。
そんなある日、主人公は攫われる。犯人は、その昔城を追われた側室の息子。殿下の兄だった。幼い折、王家を追われ何もかも失った自分と違い、殿下は皆に愛され幸せに過ごしていた。それが許せなかった。だから殿下が一番大切にしている人を攫った。
それで攫われた主人公を殿下が助け出してめでたしめでたしだったかな?
あっ、殿下の兄が主人公を攫った原因がフレデリカなんだった。フレデリカから殿下の想い人を聞き出した兄は、主人公を攫った。
主人公を危険な目に遭わせたフレデリカは、殿下の怒りを買い、国外追放されるのだった。
そう、殿下の兄はフレデリカから情報を得た。フレデリカから‼︎
って私、殿下の兄知らないんですけど‼︎何処で知り合ったのよ、フレデリカーー‼︎
私は心の中でめいいっぱい叫んだ。
ゲームでの殿下の兄は外套に身を包み、フードを深くかぶっていて身体的特徴が何一つ分からない。おまけにボイスもなかったからね。フレデリカとの出会いや、何処で聞き出したかも分からない。
ただ「あのフレデリカと言う女は、お前に相当ご執心なようだな。お前と主人公の仲の良さを、恨みながら色々語ってくれたよ。お陰でお前が本当に大切にしている奴が分かったよ。女の嫉妬は怖いな。色々厳しく当たったり、色々してたみたいだな。噂も色々と聞いたよ」
と言うセリフがある。フレデリカは殿下の兄に恨み辛みを語っている。初めてあった人に語るかしら?語るより以前からの知り合いなのかしら?
私の知り得る情報では、これ以上は分からないので、私は殿下の兄について調べることにしたのだ。
まずはお父様の書斎から。お父様は国でも重要な要職に就いている人。何か情報を持っているかもしれない。私はある朝、お父様に勉強をするので本を見せて欲しいとお願いした。
その日はお父様が仕事で一日中家にいない日。私は敢えてその日の朝にお願いした。私はお父様が仕事に出かけた後、すぐに書斎に向かった。アルフレッドには、勉強するから一人にしてと言い、念の為誰も入れないように部屋の鍵をかけた。
ーーさて、調べますか。
私は机の引き出しを開け始めた。この件は本には記されていない。国は真実を隠している。でも何かしらの形で残っている可能性は高い。手帳や日記等に書かれていたりとか。公にならない形でなにかあると、私は踏んだ。
すると一冊の本を見つけた。タイトルは書いていない。中を開けると、お父様の字で書かれたものだった。日記帳だ。
日付は6年前、ビンゴ。やはり、持っていた。他のものと違い隠しておきたかったのだろう。
でも迂闊ですよ、お父様。いくら鍵がついている引き出しだからって、開けれないわけではないのだから。お父様が鍵を、部屋の鉢植えの下にしまっているのは知っていますわよ。
私は椅子に腰掛けて、日記を読み始めた。
***
2月10日
今日は嫌な天気だった。何故この様な事が起きてしまったのだろう。止められなかった自分が不甲斐ない。
隣国の継承権問題が落ち着いたと思ったら、今度は、我が国の側室のご乱心。母国の継承権争いに触発でもされたのだろうか。全くあの紅の国にも困ったものだ。
しかし、こんな事をしても自分の立場が悪くだけだと言う事が、分からなかったのだろうか。それだけ精神が病んでいたと言うことか。
取り敢えず、シルヴァント王子殿下は一命を取り留めたので良かった。亡くなっていたらこの国は終わりだ。しかし、我が国までごたついていると他国に知られるのは問題だ。大ごとにならない様に処理しなければ。
2月11日
大変な事が起きた。側室が亡くなった。軟禁されていた部屋で自害した。
残されたアーバン王子殿下はこれからどうすれば良いのか、呆然としている。
無理もない。勝手に母親が謀反を起こし、死んでいった。自分を愛してくれなかった人だが、大事な母親には変わりない。アーバン王子殿下はそっと涙を流した。
可哀想でならない。まだ12歳だと言うのに。
我が国ではなく、隣国の血を濃く引き継いだ真紅の瞳の王子。我が国は、その血を濃く受け継いだ翠の瞳の者が王位を継ぐ。基本的には王の子は翠の瞳になる事が多い。瞳の色が違う時点で、側室の子だからとは関係なく、王位を継ぐ可能性は限りなくゼロに近いと言うのに。
何故側室はその様な事を。何故一人息子を残して死を選んだ。全くもって理解出来ない。
***
「あれ?」
私は隣のページを見ると一枚破られた跡がある。その為、次は4月15日だ。
特に大したことは書いていない。仕事のこととか、家族のこと。
パラパラめくるとアルフレッドが屋敷に慣れてきたとか、例の事件でシルヴァント王子殿下を我が家で一時預かることになった事が書いてあった。
そこにアーバン王子殿下の事は書いていなかった。
やはり、破られたページに色々書いてあったみたいね。
これ以上、ここにいても収穫はないし一旦終わりにしましょう。お父様に普通に聞いても、多分なにも教えてくださらないと思う。
シルヴィーなら可能性はあるが、日記には例の事件で塞ぎ込んでしまったと書いてあったから、聞いて古傷を抉る様な事は避けたい。
この件は、違う方向からのアプローチを考えることにしましょう。
私は日記を元に戻し、部屋を後にした。
数日後、私は王都の別宅にいた。
「これで、完璧ね」
私は鏡の前でくるりと回った。少し濃い青のワンピース。裾と袖には白いラインが入っている。丈は膝下丈。制服としては、私的には長く感じるが、お嬢様にはこれくらいの丈が良いわよね。侯爵令嬢がミニスカとか、あり得ないし。
ワンピースには白くて大きな襟がついている。襟に入っているラインは、服の色と同じ青だ。袖は肩がパフスリーブになっていて、先が少し広がっている。
私は胸元に結んだスカーフの結び目を確認してニコッと笑った。
可愛い。ゲームでも思ってたけど、この制服可愛い‼︎そして、フレデリカ似合う‼︎
うん、ピンクの髪ってやっぱ良いわね。制服との相性もバッチリよ‼︎
私は鏡の前で自画自賛していた。
今日は入学式、ついにあのゲームの舞台に足を踏み入れる時が来たのだ。
着替え終わるとアルフレッドがやってきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、アルフレッド……?どうしたの?」
アルフレッドは、少し目を見開いて固まっている。
「いえ、とてもよくお似合いで、思わず見ほれてしまいました」
「えっ、そお?ありがとう」
「お嬢様、入学式の前に旦那様がお話があるので朝食をご一緒にと」
「お父様が?」
私はアルフレッドと共に下へと降りた。下に行くとお父様と、その隣にはディードゥル様がいた。
「おはようございます、お父様、ディードゥル様」
私は挨拶をして席に腰掛けた。ディードゥル様が何故我が家にいるのかしら。お父様がお話があると仰っていたけど、多分この状況からして、ディードゥル様が関係あるのよね、きっと。
私はディードゥル様を見た。目が合うと、ぎこちなく微笑まれた。真面目で無骨な方だから、あれが彼なりの笑顔なのだろう。
「お父様、お話とは一体」
私はすぐに本題を切り出した。気になって朝食どころではない。私の感が言っている。嫌な予感しかしない。
お願いだからこれ以上、予定外の事を増やさないで。ただでさえ、ゲーム開始時と大幅にズレてしまっているのに、これ以上増えて婚約破棄が出来なかったら困るんだから‼︎
しかし、私の願いは虚しく砕け散る。
「今日よりお前に護衛の騎士が付くことになった」
「護衛ならアルフレッドで間に合っていますが。お父様も知っているでしょう。アルフレッドの有能さを」
「それは勿論知っている。だが、これは国王様からのご命令だ」
「国王様の……?」
「ああ、殿下にやっと婚約者が出来た。実はな、殿下には今まで婚約の話が何度か持ち上がった。勿論その中にお前もいたが」
それは全然知らなかった。
「しかし、殿下は拒み続けた。何故だか分かるか?」
……思い当たる事はある。だが認めたくない。認めたら私の目的を果たす大きな障害になる。
「殿下は幼い頃のお前との約束を果たすために拒み続けていたのだ」
あぁあああーー。やめてえぇえええーー‼︎
「お前が16歳になるまで、ひたすら自分を磨き続け、約束の日に迎えにきたのだ」
うぅうううーー。それ以上聞きたくない。
「そして、生涯お前だけを愛し、側室は一切持たないそうだ」
重い、重過ぎる……。恋愛対象としてみていない人からの愛が、こんなにも重く感じるなんて……。ああ、MPがごっそり削られていく。
私のアルフレッドに対する想いって重いのかな?自重した方が良いのかな?と言うか気づいているのかな?
「だからお前の体はもう、一個人のものではないのだ。王位を継ぐ人は殿下しかいない。つまり、未来の王はお前からしか生まれないのだ」
お父様、それセクハラ発言よ‼︎私は子供を産む道具じゃないんだから‼︎
そりゃ、王位を継ぐ者は必要でしょうけど……。世の中子供が産めない人もいるのよ。欲しくても出来ない人もいるのよ。
「お前は侯爵令嬢だ。分かっているな?」
「お父様、私が子供が産める保証はどこにあるのですか?世の中には産みたくても産めない人もいますよね。実際王妃様は長いこと子宝に恵まれず、一時期精神を病んでいたと聞きましたが。それがきっかけで側室を持たれたとか」
「「「⁈」」」
三人は固まった。私は今、言う事を憚られている事を言っている。
王妃と側室の関係は先に述べた理由から最初から良くなかった。そして、王妃より先に懐妊しアーバン王子殿下が産まれた。
今はいない、側室とその息子の話はタブー。誰も口にしない。
でも、私は敢えて口にする。私はアーバン王子の話が聞きたい。だから、敢えてこの機に乗じて口にするのよ‼︎
「フレデリカよ。側室の話はすべきではない。慎みなさい」
「何故ですか⁈私なりに調べてみましたが、継承権問題で側室が問題を起こし、捕まって自害したことしか分かりませんでした。私は未来の王妃。もし、私に子供が出来なければ、同じ道を辿るかもしれないのですよ。私には真相を知る権利があるかと思いますが」
長い沈黙が続いた。お父様は深く息を吐き、私を見た。
「……分かったよ。ディードゥル殿、アルフレッド。すまないが少し席を外してもらえるか?」
「「畏まりました」」
二人は一礼し、部屋を後にした。
「……では、少し昔話をするか」
そう言い、お父様は話し始めた。