第17話 悪役令嬢は婚約をする2
「ここに我が息子シルヴァントと、ヴァリアーヌ家令嬢、フレデリカの婚約を認める」
パチパチパチパチーー
私とシルヴァント王子殿下は、国王様と王妃様の前に行き、深々と頭を垂れた。パーティーの参加者からは、盛大な祝福の拍手とお祝いの言葉を頂いた。皆が笑顔で、とても温かい雰囲気に包まれていた。
ーー私を除いて。
国王様と王妃様には子供は殿下一人しかいない。側室との間に子供が一人いたが、数年前に側室と子供は王家を去った。確か私が10歳の頃。あの頃は我が国だけでなく、隣国も御家騒動みたいのがあった気が……。兎に角色々ゴタついていた。お父様が忙しそうにしていたのは覚えている。
でも、子供の私には情報は余り入ってこなかった。王家の王子とその母親が消える事件だよ。普通は凄い騒ぎになるよね。なのに去った後に側室の母国に帰ったみたいな事が伝えられているだけだ。
これ、国の偉い人たちが意図的に何か隠しているよね。
ゲームでは後継者争いに敗れてとだけ書いてあったけど、それ以上詳しい記述は無かった。
殿下の婚約者になる私は、王家の一員予備軍になるわけだし、危険な目に遭ったりとかしないかな?大丈夫かな?
今までは婚約破棄しか頭に無かったから、全然王家について考えていなかった。私はこの場に来て今更ながら色々不安になってきた。
「はあ……疲れた」
国内外の色々な方にお祝いの言葉をいただき、会話し、慣れないことをした私はすごく疲れた。侯爵令嬢として今まで色々な教育を施してもらえていたので、対応は出来るが、中身は私。
前世の私は前に出るのが苦手な、どちらかというと目立たない存在だった。
だから、こういうのは性格的本来苦手なのである。フレデリカになって前よりは社交的になったけどね、苦手なものは苦手なのよ。
私は風に当たりたくなり、バルコニーに出た。一通り挨拶したし、後は普通のパーティーと変わらないから、私がいなくても大丈夫なはず。
私は椅子に腰掛けて目を瞑っていた。ああ、このまま寝れちゃいそう。私は少しうとうとしていた。
私はどの位意識をなくしていたのだろうか。一瞬のような気がするが、疲れが少し取れた気がする。大概そういう時は結構寝ているものだ。私は目を開けた。
……ん?なんか見えるものの角度が……。私の体が横になっている⁈
私は慌てて体を起こそうとした。
むにゅっ
私は自分の手の下を見た。柔らかいけど、少し硬い……太腿⁈私は顔を上げた。
「よく寝れたかな?フレデリカ」
「あっ、あっ……」
私は一気に顔が赤くなるのを感じた。シルヴァント王子殿下‼︎私は今殿下に膝枕してもらってたの⁈
なんで⁈どうして⁈
私は口をパクパクさせながら、頭が混乱していた。
「私も少し疲れてしまってね。夜風に当たりにきたら、君が寝ていて、頭がフラフラしていたので膝に寝かせてみたのだが……嫌だっただろうか?」
殿下は心配そうに私を見ている。うたた寝をして頭がフラフラ揺れていつどこかにぶつかるかわからない私を助けてくれたのだ。
そのような親切心に感情は関係ない。欲を言えば、アルフレッドにして欲しいが。
「いえ、助けていただいてありがとうございます。お陰でどこにもぶつからずに済みましたわ。でも、このようなお恥ずかしい姿を見せてしまい……恥ずかしいですわ」
「私たちは婚約者なのだから、そのように恥ずかしがる必要はないよ」
いや、ちゃんと破棄しますから‼︎
……そう言えば、殿下はいつ私の事を好きになったのかしら?
「あの殿下……」
私は殿下に聞こうとした。
「フレデリカ、その「殿下」はやめてくれないか?」
「へっ?」
「昔みたいに名前で呼んで欲しいんだ」
「名前?」
分からない。私は殿下を名前でなんか呼んでない。私がフレデリカに転生する前の記憶にも、後で私が体験した出来事にも、そんな事実は存在しない。
取り敢えず私は言われるがままに、名前で呼んでみた。
「シルヴァント……様?」
これでいいのかしら?
「……昔みたいにシルヴィーとは呼んでくれないのか?」
シル……ヴィー……。シルヴィー?
……シルヴィー⁈
私は目を見開いた。まさか、まさか……。
「シルヴィー……なの?」
あの愛らしい美少年のシルヴィーなの⁈殿下が⁈嘘でしょ⁈
「……もしかして、私がシルヴィーと気付いてなかったのか?」
「……はい」
だって、お父様はシルヴィーに対して恭しい態度ではなかった。普通に私たちに接するように接していたもの。そんな相手をどうやって殿下だなんて思うのよ‼︎
確かに、見た目の特徴は一緒ね。でも、シルヴィーは女の子みたいに可愛い美少年だから、成長しても、女性に間違われそうな、中性的な男の人になってるかと想像していたし。
殿下も綺麗だけど、背はかなり高いし、女装させたら似合うかもしれないけど、普通にしてたらちゃんと男の人だし‼︎
「そうなのか……。アルフレッドは気付いていたから、フレデリカも分かっているものだと思っていたよ」
「えっ⁈」
私はバルコニーの出入り口を見た。そこにはアルフレッドがこちらの様子をハンカチを持ちながら涙ながらに見ている。
アルフレッドの不可解な言動が、今理解出来た。
アルフレッドはシルヴィーがシルヴァント王子殿下と気付いていたんだ。だから、あの二人にあんなことを……。
私はあの時、小さな子供が少しでも明るくなれるならと思って約束をした。
事情がありそうな子だったから、もう会うこともないだろうし、アルフレッドを超えることはないから約束した。
約束と言うか、元気付ける為に言っただけだ。
だが、現実は違う。殿下は私との幼い頃の約束を実行する為に、立派に成長され、国王に了解を取り、婚約を成立させた。
アルフレッドは、私がずっとシルヴィーを想っていたと思っている。だから、イーバンが私に好意を寄せているのをよしとしていなかった。私にはシルヴィーがいるからと思っているから。
……あれ?アルフレッドはいつからシルヴィーが殿下だと気付いていたの?
これじゃあまるで、幼い頃、シルヴィーが我が家に来た時に気付いていた事になるんじゃ……。
「アルフレッドが気づいたのって……」
「フレデリカの家に滞在している時だな」
やっぱり‼︎なんで気づけたの、アルフレッド‼︎
「アルフレッドは、本当に優秀だな。私の特徴や仕草ですぐに気がついた。ヴァリアーヌ侯爵も私の身分を隠して預かってくれたからね。アルフレッドも黙っていてくれたんだよ。アルフレッドには、プロポーズする日まで黙っていて欲しいと頼んだんだ」
二人がそんなやり取りをしていたなんて……全然知らなかった。
ああ、だから私の恋は叶うわけがなかったのね。アルフレッドは、私が殿下に昔から恋していると思っていた。私たちが両思いだと思っていた。私たちは身分的に将来結婚出来る。あの優秀なアルフレッドがそんな二人を見て、私に恋心を抱くなんてことはあり得ない。
もし、万が一に抱いたとしても、墓場まで持っていく。絶対に表には出さない。
私なりに好きって態度を出してたつもりだが、主従愛って捉えられていた可能性のが高いわよね。……はあ。
私は心の中で溜息をついた。
「だから、プロポーズする時には知っていたと思っていたのだが……」
殿下は、控えていたアルフレッドを見た。アルフレッドは目が合うと、深々と会釈し、こちらへやってきた。
「アルフレッド、どう言うことだ?」
「はっ、殿下。申し訳ございません。パーティーで殿下がプロポーズする前にお嬢様にこっそりお伝えするつもりだったのですが、その前にお嬢様が殿下とお話をされまして。お嬢様は、成長された殿下を見てシルヴィー様と気づいて、自分から話に行かれたのだと思っていました」
成る程ー‼︎確かに会って早々に自ら二人きりになるとか、そう勘違いしてもしょうがないよね。
「しかしあのシルヴィーが、殿下だなんて……。随分男前に成長したわね……。っとと成長しましたね」
「昔みたいに気軽に話しかけて欲しいのだが」
「でも……」
「せめて二人きりのときや私とアルフレッドの三人でいる時くらい、いいじゃないか」
「分かったわ。シルヴァント様?」
「シルヴィーでいいよ」
「……シルヴィー」
「ああ」
「じゃあ、シルヴィーも昔みたいに話してよ。なんだか変な感じだわ」
「……善処するよ」
本当にシルヴィーなんだ。いやー、男の人って不思議。こんなにも変わるものなのね。それともこの髪と瞳で、気づかない私が間抜けなのかしら?
「一つ疑問なのだが、フレデリカは私がシルヴィーだと気づいてなかったのに、何故あのようなことを?」
「ああ……」
そっか。シルヴィーは私が気づいていてあのような事を言ったと思ってるんだった。
「私はただ、案に殿下には私じゃなくて、他にお似合いの人がいるんじゃないですか?って言ったの。好きでもない私との婚約より、将来好きになる人と結婚して欲しいと思っただけよ」
そう、まだ見ぬ主人公の為に‼︎
「……」
「?どうしたの?」
シルヴィーは固まって動かない。私、変な事言ったかしら?
「いや、フレデリカらしいなと思っていただけだ。昔から変わらないな。本当に優しい人だ」
「お嬢様がそのような思慮深い考えで、殿下にお話になられていたとは。流石です」
「えっ?だって王族だって、出来れば好きな人と結婚したいでしょ?私なんかと婚約したら、学園生活で良い人見つけられないじゃない」
「フレデリカ。私なんかと卑下してはいけないよ。君は私にとって最愛の人なんだ。今も昔も、そしてこれからも。これだけは何があっても変わらないよ」
いや、変わりなさいよ‼︎そんな宣言欲しくないから‼︎
「お嬢様、そんな心配をなさらなくても殿下は心変わりしませんよ」
アルフレッドも、そんなフォローいらないから‼︎こんなの拷問よ‼︎アルフレッドのバカバカバカ‼︎人の気も知らないで‼︎
かくして、私は好きな人に恋の応援をされていた事実に気づき、これからも応援され続けるのであった。