第16話 悪役令嬢は婚約をする1
今日は婚約パーティー当日。ついに私は殿下と婚約する。私の中では婚約破棄するつもりなので、今日のパーティーは無駄としか思えない。行きたくない。
「ああーー、面倒くさいな」
「お嬢様、思っていてもそれは言っちゃダメですよ」
おっと、心の声が漏れていたようだ。気をつけなくては。
「ねえ、アルフレッド。ご褒美ってなに?」
「それは内緒です。パーティーでは国内外の偉い方の対応をしなくてはいけませんから、神経を使う事でしょう。そんなお嬢様を癒すもの、と思っていてください」
私を癒すもの?そんなのアルフレッドしか思いつかないんだけど。私はあなたに「よく頑張りましたね」と言われて頭を撫でられればそれで元気になれる自信があるわ‼︎
なんとも安上がりな侯爵令嬢である。
私は茶色のドレスに身を包み支度をした。婚約発表なら、若いしもう少し華やかな色を選択すべきなんだろうけど、別に嬉しくないし。時期が冬だから、薄い色着たい気分じゃないし。それに私の髪ピンクだから、茶色の服との組み合わせ、好きなのよ‼︎
私は誰かに文句を言われた時の、言い訳でも言っているかの如く、ブツブツと心の中で呟いた。
あくまで殿下に媚びない格好をする。私なりの最後の悪あがきだ。まあ、こんな事で婚約せずに済むなら苦労はしない。無駄に思えるが、最後まで何かせずにはいられなかった。
すると扉をノックする音が聞こえた。
「お姉様、少しよろしいですか?」
マーガレットだ。私は昨日あんな事があって傷つけてしまって、なんて声をかけたらいいか分からず話しかけれなかった。
「もっ、勿論よ」
私は、緊張して声が裏返ってしまった。扉が開き、マーガレットは部屋に入る。その目元は少し腫れていた。
「昨日は……その……」
「マーガレット、貴方を泣かせてしまいごめんなさい。ヴァリアーヌ家の今後について、ちゃんと話し合いましょう。出来れば三人で」
「お姉様……」
婚約発表の前にちゃんとしなくては。イーバンもマーガレットも納得出来る形で、二人にはヴァリアーヌ家を継いでもらわなくては。
私はアルフレッドに頼みイーバンを呼んでもらった。ヴァリアーヌ家、家督会議の始まりである。
「ーーでは、三人揃ったので話し合いを始めます」
イーバンも到着し、私たちはアルフレッドが用意してくれたお茶とお菓子を食べながら話し合う事にした。
「まず、イーバン。貴方に私の気持ちをきちんと伝えておくわ」
私はイーバンの目をまっすぐに見た。この分からず屋にはしっかり言っておかねばならない。
「はっきり言っておくわ。私は貴方を愛してはいない‼︎」
「⁈」
「貴方のことは従兄弟以上には見えないの。それは理解してほしいわ」
私はストレートにイーバンを振った。イーバンも分かってはいるのだろうけど、改めて言われてショックを受けている。
「そして私は殿下と婚約する。この決定は誰にも覆せない」
そう、そんなことしたら我が家は終わりだ。ああ、自分で言ってて悲しくなってきた。
「我が家の為にも、次期当主を決めなくてはいけない。つまりまだ相手のいないマーガレットは婚約をしなくてはいけない。これはヴァリアーヌ家に生まれた者の宿命よ。受け入れなさい」
「はい、お姉様。私はお姉様の婚約が決まった日から、その心積もりは出来ております」
「流石ね、マーガレット」
本当に出来た子だわ‼︎流石本物の侯爵家の令嬢ね。
「マーガレット、貴方の婿は予定ではイーバンだけれど、絶対にイーバンでなければならないわけではないわ」
「えっ?」
「そりゃ、ヴァリアーヌ家にとってイーバンが最適でしょうし、お父様や叔父様はそれを望んでいるわ。でも我が家に釣り合う殿方で、お父様がお許しになれば他の方でも良いのよ。ただ……」
私はもう一度イーバンの方を見て話し始めた。
「イーバンがマーガレットと婚約しなかった場合で、私が殿下に婚約破棄されたとしてもイーバンが私と婚約することはあり得ない」
「⁈」
「私が出戻ったところでマーガレットがこの家を継ぐのは決まっている。私が継ぐと言う選択肢は殿下との婚約で消え失せたのよ。そんな私とイーバンが婚約なんてあり得ない。なら何故マーガレットと婚約しなかったのかとなるわ」
イーバンは私の言うことを、ただ黙って聞いている。ただ、マーガレットに他に好きな殿方がいて、イーバンとの婚約を望まなければ話は別だが。私が婚約破棄された後に、イーバンに申し込まれたら私に拒む権利はない。
でもそうはならない。だってマーガレットはイーバンを愛しているから。
あの子の想いも、イーバンの私への想い並みに長いのだ。
そして私のアルフレッドへの想いも。
婚約破棄の為にも絶対に二人には幸せになってもらう‼︎
「おっ、オレは……。ずっとフレデリカが好きだった。忘れようとして他の女の人と遊んでいたが、忘れられるどころかますます好きになってしまった」
「イーバン……」
「君が好きな人と幸せになるなら身を引こうと考えていたんだが、殿下との婚約の反応が微妙だったから引くに引けなくて」
流石イーバン、片思い歴長いだけあってよく私のことを観察しているわね。
んー、ここは殿下が好きとか芝居を打つべきなのかしら?
すると控えていたアルフレッドから、思わぬ発言が飛び出した。
「お嬢様なら、幼少の折に婚約を約束された方がいらっしゃいますよ」
「「「⁈」」」
なっ、何をいきなり言いだすんだアルフレッド。それはまさかシルヴィーとのこと?
「アルフレッド、それはどういうことですか?お姉様にそんな好いておられる方がいるなんて、私は知りませんでした」
「おっ、オレもだ。小さい頃からの付き合いだが、そんな話は初耳だ」
「詳しくはお話し出来ないのですが、殿下とお嬢様は幼少の折に遊んだ際、婚約の約束を致しました。それは小さい子供のままごとのようなものと思う者もいると思います。ですが、殿下はずっとその思いを胸に生きておられました。それはお嬢様も同じです。そして先日のパーティーで二人は結ばれたのです」
アルフレッド⁈なんで殿下が出てくるわけ⁈意味が分かんないよーー‼︎
私は混乱してなにも喋れなかった。
そんな私を他所に、マーガレットとイーバンはアルフレッドの語った内容にビックリし、そして納得していた。
「そうか、フレデリカは想い人と添い遂げることが出来たんだな」
「お姉様、おめでとうございます」
二人は私を温かい目で見つめる。
やめて、そんな目で見ないで、誤解だから‼︎
すると、イーバンはマーガレットの手を取り、真剣な目で言った。
「マーガレット、婚約をしてほしい。まだ、フレデリカを好きな気持ちは消えてはいないが、フレデリカが幸せなら、オレは彼女の望む自分になりたい。時間はかかるが、君を幸せにしたいとは思っているよ」
「イーバン、ありがとう」
私は蚊帳の外で二人はなんだか良い感じになっている。
アルフレッドを見ると、私を見てウインクをした。まるで、これで万事解決ですねと言わんばかりだ。
さっきのはアルフレッドがついた咄嗟の嘘なのか?内容はシルヴィーの事があるから妙に真実味があった。それもあって二人は信じたのだろうけど。
時間が来てしまったので、私たちは一緒に王宮に移動することになった。私はアルフレッドと二人きりになる機会がなく、先程の真意を問いただせずにいたのだった。