第15話 悪役令嬢は昔の記憶を思い出す10
事務局にて、私は自分が乱入した経緯について、見聞きしたことをありのまま話した。
事務局員は仲間の二人を捕まえ、裏が取れたので、乱入のお咎めはなくなった。
そして、その者たちの試合は無効となり、レイニー先輩の勝ちとなった。
私はウォルレッソ=タドルドとなって試合に出た経緯を話すことになり、私は失格となった。
お父様とアルフレッドが事務局に来てくれたが、話を聞いたお父様に私とアルフレッドはたっぷり怒られた。
やり方は良くないが、良い戦いであったとは褒められた。そして先輩を助けたことは良くやったと褒められた。
「しかし助けるためとはいえ、侯爵令嬢が人前でキスとは……」
お父様は頭を抱えていた。アルフレッドも同じような顔をしている。
「ヴァリアーヌ侯爵。申し訳ございません。私の身分では不釣り合いかもしれませんが、お嬢さんのことは大切にします。まずは交際から認めて頂けないでしょうか?」
えっ⁈なっ、何言っているんですか先輩‼︎
私は耳まで真っ赤にし、口をパクパクした。
「ダメです‼︎お嬢様にお付き合いなんて、早過ぎます‼︎」
「そうだ‼︎うちの可愛い娘をそうやすやすと渡してなるものか‼︎」
お父様とアルフレッドは激怒している。
「……だが、貴殿のその心積もりは感謝致す。あのような状況を見られてしまっては、これから縁談が来るかも怪しい娘だからな」
「では……」
「今は、お受けできない。もし、娘の16歳の誕生日までに婚約の話が持ち上がらなかったら、その時はお願いするやもしれない」
「では、その日を心待ちにしています」
レイニー先輩はそう言い、部屋を後にした。そして、レイニー先輩と入れ替わりにフレゴリュー先輩とディードゥル様が部屋に入ってきた。
「おお、ディードゥル騎士団長殿、どうされましたかな」
「ヴァリアーヌ侯爵様、本日はフレデリカ様にナイトの申し入れをしたく、参上致しました」
「わっ、私もです」
二人が私に⁈何故そういう展開に⁈
ディードゥル様は私の前で跪き、頭を垂れた。
「私は先程の試合を見て感銘を受けました。聞けばあの者は不正を働いていた者。それを知り、危険を顧みずレイニー殿を助けた勇気に感動いたしました。どうか私を貴方のナイトとして、永遠にお仕えすることをお許しいただけますでしょうか」
ディードゥル様が私のナイトに。騎士団長がナイトなんてこの上ない名誉である。
ディードゥル様の後ろを見ると、出遅れたフレゴリュー先輩が焦っていた。
するとお父様が私の横に来た。
「まずは、フレゴリュー殿。ご退席願おうか。騎士団長が相手といえど、このように遅れをとってまごついているような輩には、娘を任せられない。出直していただきたい」
お父様は厳しい表情で言った。でもまあ、お父様の言っていることも一理あるけどね。
フレゴリュー先輩は、唇を噛み締めた。そして私たちをまっすぐ見て一礼し、部屋を去った。
「ディードゥル騎士団長殿。娘へのナイトの申し入れ、心より感謝致す。娘にはこれ以上ない、いい申し入れだと私は思うよ。ただ、娘の気持ちを一番に考えたいとは思う」
「ありがとうございます」
「あの、ディードゥル様。返事は大会の後でもよろしいでしょうか?」
私は、ディードゥル様をまっすぐ見て言った。
「フレデリカ様。ありがとうございます。良いお返事を期待しております」
ディードゥル様は、立ち上がり部屋を去った。
さて、困った。まさかのナイトの申し入れまで起きるとは。予想外のことが起き過ぎて私は混乱してきた。取り敢えず落ち着こう。外の空気を吸って気分を変えよう。
私は、アルフレッドを連れて部屋を出た。
外に出ると、試合が再開されていた。レイニー先輩は順当に勝ち進み、今決勝戦が行われている。どうやらレイニー先輩にかけられたアンチ魔法は解除されたようだ。私たちはその戦いを見ながら話をした。
「ねえ、アルフレッド。私にナイトってどう思う?」
「侯爵令嬢としては、いずれ必要かと存じます。まあ、遅くても学園卒業くらいまでには」
「そうよね」
でも私はアルフレッドと生きたいから、殿下と婚約しなかったら、アルフレッドとは身分差的に恋が上手くいっても駆け落ち?婚約破棄なら追放だし。ナイトになってもらっても、ディードゥル様の名誉を傷つけてしまう。
フレデリカにはゲーム期間中ナイトは居なかったし、やはりナイトの話は断るべきよね。でも、傷つけたくない。上手いこと断らないとね。
ワァアアアーー‼︎
「優勝はレイニー=ウェザディルディ‼︎」
大会はレイニー先輩の優勝で幕を閉じた。
試合が終わるとあたりはすっかり暗くなっていた。その日は大会上位入賞者や、観戦に来ていた貴族たちを交えて、我が家でパーティーが行われた。
絶対私の話題が出るに違いないと思ったので、パーティーには出なかった。しかし、ディードゥル様には伝えなくてはいけないので、自室に来ていただき、丁重にお断りをした。
ディードゥル様は少し哀しそうな目をされていたが、納得してくれたようだった。
「納得はしました。ですが、なにかありましたらいつでも呼んでください。私の心はいつも貴方と共にあります」
「ありがとうございます。ディードゥル様」
ディードゥル様は一礼し、部屋を後にした。暫くすると扉をノックする音がした。
誰だろう?アルフレッドは今、パーティー会場できっと忙しいだろうし。
扉を開けると、フレゴリュー先輩がいた。
「フレゴリューせ……。どっ、どうしたんですか?」
危ない危ない。ゲームの癖でつい先輩と言うところだった。
「?今いいだろうか」
「はい」
私は先輩を部屋に招き入れた。しかし、先輩は部屋に入ってこない。どうしたのだろうか。
「あの……」
「先程は、叔父上に気圧されてあの様な形になってしまったが、気持ちを伝えたくて来た」
ああ、ナイトの話ね。
「フレデリカ、好きだ。ナイトも門前払いされた身では、到底交際など申し込める訳もない。気持ちだけ伝えに来た。だから返事は要らない。……いつか、自信を持って申し込める日が来たら、また改めて言うよ。……じゃっ、じゃあ」
「あっ……」
フレデリカが口を挟む間も無く、フレゴリュー先輩は去っていった。まるで嵐のような人だ。しかも告白して去っていく。ナイトの話……では無かったという事なのか?
なんだか一気に言われてよくわからなかったが。私は圧倒されて、暫く呆然としていた。
しかし、今日は疲れた。試合もだが、色々なことがあり過ぎた。
告白もだが、キッ……キスを……。私は思い出し顔が赤くなった。だから違うって‼︎あれは解毒剤を飲ませるために……‼︎
私は火照った顔を冷ますため、バルコニーに出た。今日は満月。雲に隠れておらず、綺麗なまん丸お月様が見える。
暫く月を眺めていると、木が揺れる音がした、風の音じゃない、誰かが揺らしているような音だ。私は身構えた。
すると人影が、木からバルコニーに飛び移った。
その人は立ち上がり、私の方を見た。
「レイニー…せ…っとと、様」
いかんいかん、また癖で。
「やあ、おてんばお嬢様」
「ごっ、御機嫌よう。この様な場所からの訪問なんて行儀が悪いのではありませんか?レイニー様といえば、礼儀正しく女性に紳士な方と聞いておりましたが」
そう、レイニー先輩は主人公以外にはこんなことする人じゃない。
「君みたいな規格外の人には、本当のオレを理解してもらえるかなと思ってね」
そのセリフ、主人公に言うセリフですよ。
「私は侯爵令嬢ですのよ」
「知っていますよ。でも、君は僕と同じ匂いがしますよ」
レイニー先輩はわざとらしく、僕と言う。私の侯爵令嬢の振る舞いにあわせて。
「素で話せと言ってるんですね?」
「分かってるじゃないか」
レイニー先輩は、満足げに笑う。
「で、この様な場所から現れるなんて何の用ですか?」
「そりゃ、勿論君に会いに」
月夜に照らされた顔は、少し意地悪そうに微笑む。レイニー先輩は一歩私に近づき、私の頬に手を添えた。
「何故あのフードの男性が私だと分かったのですか?」
「そりゃ、君と戦ったから。同じ人だなってすぐに分かったよ」
成る程、手練れは姿を隠しても分かってしまうのか。
「では、どうして私を庇ったのですか?」
「君との戦いが、楽しかったから」
「えっ?」
なんとも意外な答えが返ってきた。
「ちゃんと日々鍛錬しているのが分かったよ。侯爵令嬢なのに魔法だけでなくちゃんと体も鍛えていて。こんな令嬢見たことないよ。面白くて、興味が湧いたんだ。だから、君を汚い手段で傷つけようとしていたのが許せなかった」
「でも、無茶しすぎです‼︎魔法を封じられて、毒まで……」
「確かに危なかったな。ははっ」
「笑い事じゃありません‼︎」
「でも、普段楽に勝ててしまうから、ああいうのも新鮮だったよ。……それに思わぬいい思いもしたしな」
「えっ?」
レイニー先輩は私の頬にキスをした。
「なっ……⁈」
私はレイニー先輩を叩こうとするが、ひらりとかわされてしまった。
「君に助けられて、口移しで解毒剤を飲ませてもらえた。怪我の功名ってやつだな」
そう言い、先輩はバルコニーの手すりの上に乗った。
「ヴァリアーヌ侯爵に言ったことは本気だから」
「えっ?」
「オレは君のことを本気で好きだってことだよ」
「ちっ、ちょっと……」
レイニー先輩は、木に飛び移り去って行った。フレゴリュー先輩といい、フレデリカとは関わり合いがない人たちに次々と好意を抱かれて、私は混乱した。ゲームとはあまりにも違い過ぎる。ちゃんとアルフレッドと恋人になれる日は来るのだろうか。
私は不安になりながら、少し早いが眠りにつくことにした。
***
「……さま。お嬢様」
「アル……フレッド」
「ああ、良かった。倒れられた時はどうなるかと思いましたよ」
私は起き上がり、辺りを見渡した。ここは……私の部屋ね。私は……
「ねえ、私は今何歳?」
「先日16歳の誕生日を迎えたばかりですよ。大丈夫ですか?頭が痛いと仰って倒れられましたから」
「ちょっと、記憶が混乱しているみたい」
そう、私はイーバンと話していて、頭が痛くなり倒れた。
そして、転生したのがフレデリカが10歳の時だったという事を思い出し、16歳までに体験した事を思い出したのだ。
しかし、脇役であるフレデリカの情報が少ないとはいえ、現時点で大分ゲームのフレデリカとズレてしまっているような気が……。
だって、ゲーム開始前に攻略キャラ四人に見事好かれてしまった悪役令嬢。私って本当に悪役令嬢なんだよね?まるで逆ハールートの主人公じゃないか‼︎
自分に好意が向いている人を、主人公に向けるってゲームより大分ハードモードね。
まあ、婚約破棄が目的だから、殿下の好感度だけ下がれば問題はないか。後妹の為にイーバンもね。
これはもう主人公の皆に好かれる体質に頼ろう。彼女ならきっと彼らの心を射止めてくれるはず‼︎あっ、イーバンの心は射止めちゃダメよ。
私はまだ見ぬ主人公の顔を浮かぶて、手を合わせた。
神様仏様主人公様‼︎どうか私に対しての好感度を下げてください‼︎アルフレッドと国外追放させてください‼︎
「お嬢様?なにをしているんですか?」
「神頼みよ」
「はあ。あっ、明日の婚約発表パーティーが不安なんですか?」
そうだった、忘れてた。
私は明日、殿下と婚約する。入学前の最後の大仕事だ。疲れるな。
ああっ、マーガレットが泣いて行ってしまったままだったわ。
入学前にちゃんと話せると良いんだけど。
「ああ、疲れる」
「パーティーは大変かもしれませんが、頑張ってください。……そうですね、頑張ったらご褒美を用意します」
「ご褒美?」
「はい」
一体どんなご褒美をくれるつもりなんだろう?笑顔で答えるアルフレッドを見て、内容が気になって仕方がないフレデリカであった。
やっと過去編終了です。入学前の話を少し書いたら、やっと学園に入学です。