第12話 悪役令嬢は昔の記憶を思い出す7
翌日、フレデリカは朝早く起き、朝食を済ませた。そして部屋に戻り、中に動きやすいインナーを着てから洋服を着る。
念入りにストレッチをし、準備は万端だ。
今日は魔法・武闘大会。王都で毎年行われているのよりは規模が小さいが、国内から猛者が集う年に一度の祭典。
ヴァリアーヌ家は、男は剣と魔法、女は魔法の研鑽を積むよう躾けられる。それは領土内の教育も然りで、学問、武芸、魔法を学ぶ学び舎が他の領土より充実している。常に優秀な人材を排出しており、王都で働く優秀な人材は、我が領土出身者が結構多い。
ナイトになる騎士も、うちの領土出身者が多いのよね。
ナイトとは、騎士がこの人と決めた人に生涯剣を捧げると与えられる称号。誰でもなれるわけではない。騎士団に所属し、優秀な成績を収めている者。騎士の家系で大会等で優秀な成績を収めている者が対象だ。
捧げる相手は、基本的に王族か侯爵家の者。他の貴族でも当主はナイトがいる場合もある。
騎士からナイトに志願したり、その逆もあったりと、どちらからと言う決まりはない。また、申し込まれて絶対受けなくてはいけない決まりはない。双方に断る権利はある。
騎士にとって誰かのナイトになるのは、憧れである。中には好んでならない者もいるが。
ナイトになると従者みたいに常に一緒というわけではない。王族のナイトになると、騎士団を辞職して近衛騎士に転職することになるが。
貴族につく場合は、双方が若いうちは其々の場所で研鑽を積み、後にその貴族の領土の騎士団に移り、選んだ相手を守っていくことになることもある。王都の騎士団にいる者は、そのままそこに在籍しているものも多い。仕える相手が、王都で仕事をしている者も多いからだ。
纏めると、ナイトという称号は主人・騎士共にその名を皆に知らしめる証。主人が優秀であればあるほど、騎士の名声は上がる。その逆も然り。
双方にメリットのある称号なのだ。
我が家の場合、お父様にはナイトがおり、その者は騎士団ヴァリアーヌ領部長を務めている。お母様は元王族で、昔はナイトがいてその者が近衛騎士隊長を務めていたが、降嫁する折に、国の為にその剣を捧げて欲しいと言った。その方は今は王宮警備隊長を務めているそうだ。
だが、ナイトの称号はそのままで、二人は離れていても強い絆で結ばれているのだ。
私たち姉妹にはまだいない。憧れの存在ではあるが……。
そう言えば、ゲームのフレデリカはナイトって居たっけ?思い返してみるが、居なかった気がする。なら居ない方がいいわね。只でさえ今はゲームより前の時期で分からないことだらけだし、万が一に備えてゲームの状況から逸脱しない方が懸命だ。
コンコンッ
扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、お出かけの時間です。ご用意も準備万端ですね。お嬢様は本日は魔法部門に出場でしたね」
「ええ、そうよ」
そう、本日の大会には私も出場するのだ。長年交渉していたが、今年お父様からやっと出場の許可を貰えたのだ。
私が出場するのは魔法部門。武器はロッド以外持ち込み不可。魔法使いの戦いだ。
私は魔法耐性の付いている、黒のハイネックとレギンスのようなインナーを装着している。上の服は動きやすくスカートも短め。魔力が込められた宝石がついたアクセサリーを装着している。
手には手の甲に魔石がついた、指先の空いたグローブを装着している。
ロッドは軽くて丈夫なものを選んだ。
よし、完璧ね。
この世界に転生した私は、憧れの魔法に心ときめいた。折角魔法が使える世界なのだから、極めてみせる‼︎と意気込んで、日々訓練していた。
幸いフレデリカは魔法の能力が元々高かったので、次々と覚えられた。それに、アルフレッドは優秀なので教えるのが上手なのである。
しかし、実際に覚えていく中で気づいた。魔法使いは魔法だけではダメだと。魔法を使うには時間がかかる。隙が出来る。強力な魔法ほど発動に時間がかかる。まあ、前衛に守ってもらっている間に唱えるのがセオリーなのだが、いつもそうだとは限らない。相手と戦いながら唱えたりしなくてはいけないこともあるだろう。
なので私は身体も強化した。侯爵令嬢がそんな事をと窘められるのは目に見えていたので、万が一に備えて護身術をと言い、アルフレッドに教えてもらった。
お父様もお母様も護身術程度ならと、認めてくれた。
そして、それに便乗して剣術もこっそり教えてもらった。部屋のカーテンを閉め切って素振りをしたり、近くの森に出向いてアルフレッドに教えてもらったりと何気に涙ぐましい努力をしていたのだ。
アルフレッドもやや呆れ気味だったが、私は一人でも戦える力が欲しかった。
だって国外追放されたらどんな暮らしか分かんないし、アルフレッドに守られるだけなんて嫌だもの。
私も彼を守りたい。それに戦える魔法使いなんてカッコいいじゃない‼︎
そんな訳で、何気に剣も魔法も出来ちゃう侯爵令嬢になったのである。
今日の試合は魔法部門、武闘部門、総合部門の三つがある。
魔法部門は先に述べた通り魔法の戦い。武闘部門は、魔法を使わなければOKの戦い。総合部門はなんでもありな戦いだ。
一応観客席の前には防御魔法が張られているので、観客席に被害が及ぶことはない。自分からフィールドに入りさえしなければ、被害に遭うことはないのだ。
今日の試合で、自分の実力がどの程度か分かる。私は試合が楽しみで、ワクワクしていた。
私はロッドを手に取り、部屋を後にした。
ヴァリアーヌ領随一の街、ヴァレンにある闘技場。石で出来た円形の闘技場で、屋根はなく騒がしい声が外まで響いてくる。外壁や床に使われている石はよく見るとキラキラと光っており、細かな魔石が入っている。
魔石とは元々魔力を有した石のことで、魔力を吸収する性質を持つ。魔法の戦いでも使われる闘技場にはうってつけの造りになっているのだ。
「ううー、緊張してきたーー」
「お嬢様にとって初の大会ですからね。大丈夫ですよ。お嬢様は日々鍛錬されていましたし。絶対に勝てます」
「うん‼︎じゃあ、行ってくるわね」
「健闘を祈ります。では、私は旦那様達のいらっしゃいます観覧席に行きますので」
アルフレッドは観覧席に行くために階段を上っていった。ああ、緊張する。高校受験の時くらい緊張する。
周りを見渡すと、参加者が沢山いる。私のように家からやっとの事で許しを得た、子息・令嬢たち。明らかに手練れの雰囲気漂う魔法使い。魔法使いとして生計を立てていて、そこそこ出来そうな人たち。大雑把に分けると、その三つに分けることが出来る。
自分がどこまで通用するか分からないが、初めての出場で浮かれているボンボンたちには負けたくない‼︎
戦いはトーナメント制。くじ引きで決まったので、初戦で強い人に当たることもある。どうか初戦くらいボンボンたちと当たりますように‼︎
「フレデリカ=ヴァリアーヌ様どうぞ」
「ええ」
こうして私は、戦いの場へと赴いた。
「次は、注目の選手、ここヴァレンを収めているヴァリアーヌ侯爵家のご令嬢、フレデリカ=ヴァリアーヌ様ーー‼︎」
オォオオオーー‼︎
「お姉様ーー‼︎」
「お嬢様ーー‼︎」
360度見渡す限り、人・人・人‼︎沢山の歓声が上がる。一番良い場所ではヴァリアーヌ家に関連する人たちが観戦している。
皆に私の練習の成果を見せてあげるんだから‼︎
「次に、キルレット伯爵家のご子息、ウルクマル=キルレット様ーー‼︎」
相手は伯爵家の者ね。自分の実力を試すのには良い相手ね。
「ーーでは、始め‼︎」
私は合図と共に一気に距離を詰めた。取り敢えず、自分の武術が男の人相手にどの位通じるかも知りたいし、アルフレッド曰く、魔法使いは手練れじゃないと、肉体の強化はしていない人が多く見られると言っていた。
相手は私が一直線に突っ込んでくるのでビックリしている。私は怯んだ相手に、蹴りをおみまいする。そして、ゼロ距離で初級魔法を撃ち込む。
ーーそして勝った。
「勝者、フレデリカ‼︎」
ワァアアアアーー
勝った……。武術も魔法も通じた‼︎
その後もボンボンたちや魔法使いとして生計を立てている者に難なく勝っていき、私は準決勝まで駒を進めた。
「では、準決勝を始めます。対戦はフレデリカ=ヴァリアーヌ対レイニー=ウェザディルディ‼︎」
私は出てきた対戦相手を見て驚いた。濃い紫の髪と瞳、長くて綺麗な髪が一本に結われ、なびいている。
「レイニー先輩……」
そう、相手はゲームの攻略キャラ、レイニー=ウェザディルディだった。