第10話 悪役令嬢は昔の記憶を思い出す5
私がアルフレッドに"あーん"するのを堪能していると、イーバンたちが席を立った。私たちも少し時間をおいて、後を追う。
イーバンたちが歩いていると、一人の女性が前から歩いてきて、二人の前で止まった。
私たちは近くにある物陰に隠れ、その様子を観察する。
「イーバン様……」
「やあ、久しぶりだね。今日はどこかにお出かけかい?」
「ねえ、イーバン様ー。この女誰ー?」
「んー、彼女かなー?」
「「「はあ?」」」
おっといけない。つい、私も彼女たちに混ざって叫んでしまった。彼女たちの叫びはもっともだ。あいつは一体なにを言っているのだ?
「オレは女の子皆を、平等に愛しているんだ。誰か一人なんて決められないんだよ。皆で仲良くしようじゃないか」
アホかこいつは。なんでこんな事いう奴が女にモテるのか、理解出来ない。全くもって理解出来ない。
「イーバン様は私の事だけを見ているって仰ったわ。なのになんでですか⁈」
「なにを言っているの?イーバン様は私が一番可愛いよって言ってたわよ」
女性二人が言い争っている。
「二人とも落ち着くんだ。オレは皆を平等に愛している。ただ、その時一緒にいる子を、その瞬間は一番に考えて接しているだけだよ」
つまり、皆に「君が一番だよ」と言っているわけか。ちょっとそれ詐欺じゃないか?
本人は至って大真面目に言っているから厄介だな。救いようのない馬鹿だと、私は思った。
ゲームでは、もう少し上手く立ち回っていたような気はしたが…。これから2年で学んで成長するのかもね。
バチーーン‼︎
イーバンは目の前に現れた女性に平手打ちをされた。ああ、痛そう。
私は思わず手で顔を覆った。でも、指の間から覗き見る。
女性は目に涙を浮かべて、踵を返し去っていった。
「行っちゃったね。さあ、オレたちもデートの続きをしようか」
イーバンは隣の女性の肩を抱こうとした。すると女性は、一歩横に動きイーバンから離れた。そしてその女性もイーバンに平手打ちをして、去っていった。
哀れね、イーバン。自業自得よ。
私たちは隠れるのを止め、イーバンの前に現れた。
「酷い有り様ね、イーバン」
「フッ、フレデリカ⁈どうしてここに」
「貴方の家に行ったら、街にいると言われたから探したのよ」
「オレに会いに?」
「そうよ」
イーバンは何故か照れている。
「貴方、最近女遊びが激しいんじゃなくて?色々な噂が絶えないわよ」
「別に……君には関係ないじゃないか」
「関係あるわよ‼︎」
「⁈」
だって貴方に更生してもらわないと、マーガレットが悲しむじゃない。我が家を継ぐ者としてしっかりしてもらわないと困るわ。
「オレが他の女性と仲良くすると困るのか?」
「そうよ、困るわよ‼︎」
だって、他のの女性と仲良くしたら、マーガレットが悲しむじゃない‼︎
ふとイーバンを見ると、なんだかニヤニヤしている。?何がおかしいのよ。
「まっ、まあ君がそう言うなら自重するよう努力はするよ」
「本当に?」
「……多分?」
「やる気ないじゃない‼︎」
「いや、だってオレだって年頃の男子だし……女の子とデートしたいし。……かと言って、もしまた振られたら立ち直れないから、まだそんな勇気はないし」
ゴニョゴニョ言ってて、最後の方は何を言っているのか分からなかったが、要は年頃の男子だから女の子に興味があるんだよーーと言いたいようだ。
健全な男子としては普通なのか?多少気が多いと思うが。
まあ、気をつける気持ちは多少あるみたいだし、今日のところは良しとしますか。
「じゃあ、女遊びも程々にしなさいよー」
「ああ……。帰るのか?」
「ええ、貴方に言いたいことも言えたし、特に用事もないからね」
「じゃあ……」
「お嬢様、折角ですし、宜しかったら私と、もう少しお出かけしませんか?」
イーバンが何か言おうとしたが、アルフレッドに遮られる。アルフレッドの事しか気にしていないフレデリカには、そんな事には気づかない。
「ええ、行きたいわ。どこに行きましょう」
「実は綺麗な花が、この寒い時期に沢山咲いている場所があると聞きまして。行ってみませんか?」
「ええ、行きましょう。じゃあ、イーバンまたね」
「それではイーバン様、失礼致します」
こうして私たちは、少し寄り道してから帰ることにした。
去り際にアルフレッドは、イーバンをみて少し笑った。
「⁈こいつ……‼︎」
「ん?イーバンどうしたのかしら?」
「さあ、どうしたのでしょうね」
フレデリカたちが去った場所で、イーバンは一人立っていた。
「……あいつ、絶対性格悪い‼︎」
そう、独り言を呟いたのだった。
私たちは、アルフレッドの言っていた場所へと赴いた。夕方になり、気温も先程より下がってきたので、私は今度は手袋を両手分借りて装着した。
並んで歩いているのだから、さっきみたいに半分こでも良かったんだけどな。
着いた場所は少し小高い丘。この寒い時期に白い小さな花が咲き乱れている。この街にこんな素敵な場所があったなんて、長年住んでいるのに知らなかったわ。
こんなに素敵な場所なのに、あまり知られていないからか、人が少ない。
私たちは少し歩きながら花を眺めていた。
すると、一人のフードを被った人がしゃがんで花を見ていた。その人はずっと動かずにそうしている。
私は少し気になったが、そのまま歩いて行った。私たちはベンチに腰掛けて休憩することにした。
「凄く綺麗な場所ね。ありがとう、アルフレッド」
「いえ、喜んでいただけて光栄です。お嬢様これを」
アルフレッドは紙袋から取り出し、私に紙コップを渡した。それは先ほどのカフェでテイクアウトを頼んだ温かい飲み物だった。
「ありがとう。体があったまるわね。流石アルフレッド」
「いえ、綺麗な場所とはいえ、今は冬。寒い中にお嬢様をお連れするのですから、これくらい当然です」
因みに私たちの座っているベンチは何故か狭く、腕と腕が当たりそうなくらいの距離にいる。こんな狭いベンチは珍しいけど、ラッキーよね。ドキドキするけど、なんか恋人同士みたいじゃない?アルフレッドも少しは意識してくれていると、良いんだけど。
私はチラリとアルフレッドの顔を見た。視線に気づいたアルフレッドは、私に笑みを向けてくれる。
ちょっと寒いけど、このまま時間が止まってくれたら良いのにと私は思った。
すると、どこからか大きな物音がした。
私たちは気になり、音のした方へと行った。
一体なんなのよ‼︎折角良い感じの雰囲気だったのに‼︎
私はプリプリ怒りながら、歩いて行った。
「確かこっちの方から音が聞こえたわよね」
「はい」
私たちは辺りを見渡した。しかし、何も変わったところはない。さっきの音は一体……。
「お嬢様、あそこです‼︎」
私はアルフレッドが指す方を見た。すると先程花をじっと眺めていたフードを被った人が倒れていた。腰には剣をぶら下げている。
多分さっきの音は、剣を携えたこの人が倒れた音だろう。倒れた拍子にだろうか、被っていたフードが外れており、姿が露わになっていた。
「⁈」
私はその顔を見て驚いた。燃えるように赤い髪の男性。忘れるはずがない。彼はゲームの攻略キャラ、フレゴリュー=ボルクドゥルゴ先輩だ。
何故こんなところで倒れているのか。よく分からないが、病気だったら大変だ。私はアルフレッドに指示し、屋敷に運ぶことにした。