春の人事異動
6年目、
私は戻れないところにまで来てしまった、それでも私は心を慰めながら進んでいく。
“幸福の国”という虚像に囚われた哀れな狂人と戦った、国を愛する男とその傍らにいた王女の話__。
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春の人事異動、まるでどこかのおっさん漫画かのような言葉………。
ただの人事発表でこんなにも大々的にやる必要があるのかな、建国記念でもないのにと思ったがこれが大臣発表の式典なので当たり前なのかなと私は1人で考え納得した。
(ああ、私は戻れない所まで来てしまったのね……)
歴史は正しきものへと修正されていく。
この先アベルは悪徳宰相となって国を牛耳る、国家転覆を企んで国を逐われる。
「エリザベス、どうしたの?式典に行かないといけないわよ」
3番目の姉アン王女が心配そうに私に声をかける。
分かっている。だけれど行ったら何かが音を立てて崩れるような気がして、シナリオどおりに狂うような気がして、そう思うと足枷を付けられた様に身体が動かなくなった。
(………抗おうとすれば、この世界は容赦なく私のやったことを無にする。)
昔どこかで誰かが言った言葉が私の胸に刺さって心を抉る、痛む胸を押さえながら私は姉に大丈夫だと言って会場へと向かう。
スタイルのよい姉は薄緑色に花柄のドレスが似合っていて同性の私が見てもほれぼれとする。私は銀糸に真珠などを刺繍した深紅のドレス、耳には銀のあしらわれたイヤリングで胸にはサファイアが輝いていた。
(お姉さまが羨ましいわ、私には淡い色が似合わないから………。)
自分の冴えない容姿を思い浮かべてソッとため息をついた。
席につき、私は周りを見回す。
宰相のアベル、そしてその横にはヘンリーやションちゃん、カール=ペンヨーク伯爵などやローザンヌ公爵の姿があった、おそらく大臣の地位に任命されるのだろう。
宰相の下に各府の長である大臣がいる。
外務、内務、民部、財務、司法、軍務、教育、工務、農林産業の9つの府がこの国には存在する……つまり大臣9人、そして大臣の下には大臣補佐官、補佐次官と続いていく。
「今日から、新たな人事の元で皆の者に国のために励んでもらう!
宰相、アベル=ライオンハート……発表してくれ。」
国王の力のこもった言葉に続いて、アベルがピンと背筋を伸ばして勢いよく立ち上がった。
「これより、人事の発表をします。
宰相は私、アベル=ライオンハートが務めます。
外務大臣、ヘンリー=ベアドブーク
内務大臣、マルセイ=サマードック
民部大臣、ナチュダ=バードミル
財務大臣、カール=ペンヨーク
司法大臣、ミカエル=ドレリアン 留任
軍務大臣、パレス=コノユライン
教育大臣、クリストファー=ローザンヌ 留任
工務大臣、カイン=タイガーボディ 留任
農林産業大臣、ショーン=オンリバーン
以上が大臣の人事でございます、続いて各大臣補佐官は____」
アベルの発表が続いていく。
私の足りない頭で考えてみるにこれはまあまあ妥当な人事であろうと思う。
外務や農林産業にその道のエキスパートであるヘンリーなどを置く、そして侯爵の宰相の下で公爵4人を大臣にしつつ、子爵であるパレス君を軍務大臣にすることで身分の低い貴族も納得させるという考えられた人事だろう。
(パレス君を軍務大臣か………)
宰相、大臣職は本来は伯爵以上の貴族のみにしかなれないという暗黙の了解があった。それを破ってまで大臣に据えたということは他に適任がいなかったのか………。
「とてつもない人材がいないってことなのかな?」
押し込み強盗や高利貸しじゃなくって人材不足の方が流行ってるわ、この国は……。
賄賂をもらう偉い人も少ないから恨みを晴らす人の商売あがったりになりそうだと静かに思った。
人事発表が終わり、人々はそれぞれ固まってヒソヒソと話している。
これが噂の新たな派閥なのだろうか……だが、不安定な情勢を考えたのか、固まらずに人が来たら挨拶をする者もいた。
「ションちゃん、貴方は誰とも話さないの?」
新たに大臣になって、髪型をオールバックに変えた愛しい人に私は話しかけた、濃紺の礼服がよく似合っている。胸には、ルビーで出来た深紅のバッチが輝きを放っている。
今年で44歳の彼はポツポツと白髪が所々に見受けられ、出逢ったときから時が流れたのをいやでも痛感してしまう。
「まあ、私は派閥に興味はないので。ですがもしもの時を考えたらどこかに入っておいた方が良いんですよね……」
眉間にシワをよせて若干不機嫌そうな顔をしながら答える、大勢で集まるのを好まない彼らしく私は笑みがこぼれた。
「とにかく大臣就任おめでとう!すごいね……」
「いえ、私の最終目標は宰相ですから……。野心なんて持ってはいませんが、父が志半ばでなれなかった宰相になるのが私の使命です」
つまり大臣は通過地点の1つということだろう、他の者が野心を持ってなりたがる中で宰相になることが義務であるかのような口調で言う……。
(そんなに気を張って大丈夫かしら?………きっと大丈夫、ションちゃんは私とは違って脆くない人だもの)
彼が宰相になった姿を想像してみる、その頃には私はこの国には居らずナクガア王国に嫁いでいるだろう……。
王宮には楽師や画家、サーカスなどいろいろな人間が来ている。それだけこの宰相や大臣の発表が大きなモノであることが分かった。
「あら……あれは画家ね。ねえねえ私達を描いて貰わない?」
「え!?その……2人でですか?」
戸惑っている彼の服の裾を引っ張って私は画家に描くことを頼んだ。
「なんでそんなに仏頂面なの……もう少し笑顔になってよ」
「なりたいのは山々ですが、周りの視線が気になりまして……」
ずいぶんと周りを気にするのね、そういえば言われてみれば気になるわ……。
気を取り直して、精一杯笑顔でいると………お父様とヘンリーがやって来た。
「やあ、私もいれてもらおうか__ぐぇ!」
「何言ってんだよ、俺らはパレスに良いカツラ屋を紹介する約束だろ!」
入ろうとしたお父様をヘンリーが首根っこをつかんで止める。
「そんなこと約束してな__、何そんなに怒ってるの……行く、行くから!」
お父様はヘンリーの迫力に押され、慌てて人混みの中にヘンリーを追いかけていった。
「なんだったんでしょう………」
それにしてもパレス君、そんなに薄毛が深刻だったかしら?
そして、数時間たって……
「デッサンが終わりました……。後日、お届けしますので。」
そう言って、画家は帰っていった。
ションちゃんは急に悲しそうな顔をして、
「……エリザベスさん、これからは人の目もありますのでこのような事は控えてください。
王女も今年で初等科を卒業される歳です、もはや子供だからと言うのが通用しなくなってあらぬ噂がたてられます。
それに他人の前では殿下と呼ばせてもらいます、分かってください…………。」
こう言った。
確かにその通りだ。
「分かった………。気を付ける、私はなんて呼べば良いかしら?」
「普通に大臣でも侯爵でも何でも良いですよ……そんな悲しそうな顔をしないでください、誰も居ないところだったらいつものようにしてていいんですから。」
彼の優しさが私の胸にしみた。
そして、後日__
「遂に……届いた!」
ションちゃんと私の2ショットの肖像画……、一生家宝にする!
その後、部屋でゴロゴロと転がり回るエリザベスの姿がシャルルなどに目撃されて、あやうく医者を呼ばれてしまうところだった。




