3日目・大騒ぎの私達
3日目………気がつくと私は部屋で寝ていたようだ。
3階のダンスホールで声を聞いた辺りから記憶がぼんやりとしていてその先がうまく思い出せない。
(そういえば、あの本__)
昨日(正確には今日なのかもしれないが)、イヤな噂があるあの208号室の中で見つけたあの本__。あれは、私にとって因縁のある本だ。
私が自殺を決めた一因となったあの白い本、そんなものがこの世界に存在するはずが無いのだ。
私は静かに208号室の扉を開けた、そして本棚に手を伸ばしてその本を取る。
『羽ばたく彼ら』
有名な小説家によって書かれたエッセイ___、彼の歩んできた道、人生観、などが書かれた……。私が持っていたモノよりもかなりボロボロになっており、古文書みたいになっていた。
「エリザベスさん、こんな所で一体何をしてるのですか?」
「特に何も?
ぁ、あの……この本って一体どんなモノなの?」
私は入ってきたションちゃんにこの『羽ばたく彼ら』の事について聞くことにした。
「あー、その本そんなところにあったんですか、道理でどこを探しても見つからないはずだ。確かウチの初代当主が初代王から賜った本だとか、でもなんて書いてあるのかは全く理解できないんですよね」
「まあ、そうでしょうね……。あの、この本私に譲ってくれないかな?」
「いいですよ、これ以上この家に本が増えるのは良くないので別に構いません。」
ションちゃんは私に本を譲ってくれた、初代王が元の持ち主ということは彼は転生者、いや異世界転移をしてきた人物の可能性が出てきた……。
「今日は、我が領にあるサロンを視察に行く予定です。」
「あ、そっか……急いで準備するよ」
私は本を持って部屋を出た。
______
サロン、
自宅に教養のある人物を招き、語り合う私的な集まりの事。
「けど、サロンって大抵が貴族階級よね?」
「ええ、王都ではそうですがココでは中流階級の者、商人達が開くことが多いです」
そういえば、オンリバーン侯爵家の歴史の中でもションちゃんの父親のヘンドリック=オンリバーン侯爵が『サルディン移民検討委員会』という名のサロンを開いていたという記録があった。
ある地主の屋敷内で開かれているサロンを私達は見学する事となる。
議題は『移民』
「この先、30年前の様に移民問題が発生する可能性があります。それは、レミゼ王国南部にあるカオレエア王国の急速な国力低下で将来的に滅亡する可能性が高い、30年以内には必ず以前のような問題に発展しかねません。___」
ションちゃんは挨拶の言葉を述べる。
その後、招かれている人物達によるディベートが行われる。
「30年前の惨状を思い出してください!私達は彼らによって仕事を奪われました、また奪われても良いのですか?」
「それはあまりにも薄情ではありませんか?」
意見は主に、自らの仕事や生活を脅かす彼らを迎え入れる事に反対する者、同じ人間として助け合うべきだと賛成する者。
__私は話についていけず、右耳から左耳へ内容が出ていく。
討論が終わった後、ションちゃんに話しかける男がいた。
「久しぶりです、オンリバーン侯爵。」
「おう、久しぶり!……あ、こっちはこの家の主のチャーリー=ヘンブレンです。
チャーリー、第3王女のアン王女と第5王女のエリザベス王女だ。」
「どうも……。」
2人は古い友人らしく親しげに話している。
「ショーン、これを見てください。」
「これは、昨日の新聞か……。」
《600年8月10日付・レミゼ新聞
王太子殿下、アン・エリザベス王女殿下が避暑旅行に……
今月の8日から王太子殿下はレミゼ南部の貴族の領地を視察に参られた。王女殿下は北部のオンリバーン侯爵領に行かれた。このオンリバーン侯爵の特別待遇は一体どういうことなのだろう?
オンリバーン侯爵の父はあの有名なヘンドリック=オンリバーン侯爵、彼はあの573年の『サルディン移民検討委員会』の設立、その後のサルディン移民の排斥運動などに関わっているなどのタカ派として知られていて__》
「ずいぶんとヒドイ内容だなあ、ちっとも父がサロンを開いた真意を理解していない。そもそも、あのサルディン移民の排斥は父の仕業じゃないのだけれど……」
それに、私達の旅行とションちゃんのお父さんはなんの関係もないだろう。
「ねえ、お姉様…私達は出ましょう。少し外の空気も吸いたい」
「分かった、出よう」
私達は外に出て辺りを歩き回る。
「サルディン人の排斥が気になるのでしょう?私が聞いた話によると__」
移民受け入れについて議論する目的で創られたのが『サルディン移民検討委員会』だったらしい、そして目的どおり議論が始まったのでサロンは解散した。だけれども、その後受け入れ反対の過激派が主導権を握ると彼らのほとんどを殺してしまった。
「その移民の大量虐殺を『サルディン移民検討委員会』のせいだって言ってるのよ、あの新聞は」
なんだそれは……。
_____
私の名前はチャーリー=ヘンブレン、目の前に座っている侯爵の古い友人のような者だ。
「あのアール=ザクセンブルを覚えていますか?」
私は、ある男の話題を出す。アール=ザクセンブル、オンリバーン侯爵の遠縁の男でこのままショーンに子どもが無ければ彼が後を継ぐ事になる。
「ああ、あの男か……なかなか骨のある青年やと思っているけど、アイツがどうかしたのか?」
「そんな呑気な事言っていてはダメです!彼、自分が当主になればオンリバーン侯爵領を独立させるって言っているんですよ!」
あのイヤな男は恐ろしい事を言っているのになんでそんなにも呑気になっていられるんだと少し苛立った。
「ハハハ、独立ねえ………させた所でどっかの属国になるのが目に見えてるのに、ただのアホやなぁ。」
「笑っている場合ですか!?……」
この侯爵には身分に似合わない豪快さというか懐の深さがあったのだが、彼は急に笑うのをやめて真面目な顔になった。
「なあ、この国は一体どこに向かうんやろう……ふぅ、もう少し人に寛容になる事は出来んのか」
飲んでいるのは水であるが彼は酔っぱらいのように繋がりの無い、要領の得ない話をポツリポツリと始めた。
彼は、“豪快さと繊細さ”という貴族が持つには相応しくないモノを生まれ持ってしまった。
「………“子熊”とまで言われた貴方がなんとも情けないことを、もっと自信を持ってください。」
“子熊”は彼の昔のあだ名のようなモノである。今とは違い、やや小太りだった彼を揶揄してつけられたものだ。
ちなみに今では全然定着もせず、使っているのはごく一部だけだ。
「そのあだ名はやめてくれ。まぁ、親父の“北の牛人間”よりはましだけど……牛人間って何?」
「さあ?……なんか騒がしいですね」
話していた私達の元に息を切らせた使者と思われる男が入ってくる……
「オンリバーン侯爵、王女殿下!すぐに王都にお戻りください……宰相閣下が逝去しました」
男はこう知らせた。




