1日目・何もいない、いない
朝方、馬車の中で目を覚ますと、ようやくオンリバーン侯爵家の屋敷に着いたようだった。
夜には着くと言っていたのだが何かトラブルでも起きたのだろうか………。
小高い丘にそびえ立つ中世の雰囲気を残した4階建ての古城、建国以前に建てられた要塞が前身と言われており、守備能力はトップクラスであるのだとか………。だからか王宮のような優美さや繊細さなどは無く、建国初期の血生臭く退廃的で暗く不気味な印象を持ってしまう。
太陽神の描かれた背丈よりも高さがあるドアが開かれるとまるで映画でみるような吹き抜けのホテルエントランスが広がり、白と黒の市松模様の大理石の床に真紅のカーペットが敷かれて玄関正面の大階段の踊り場には大きな時計が置かれている。
大階段を昇り、2階には私と姉が泊まる部屋やションちゃんの書斎、寝室などいくつかの部屋がある。
3階は食堂やダンスホール、4階は見晴らしのいいバルコニーがあるらしい。
外観は殺風景なモノであるが、内装は豪華な貴族のそれだった。
「避暑とはいえもう少し近いところにしてほしかったわ、私は疲れたから少し横になるわ」
「分かりましたわ、お姉様。」
確かにこればかりは姉の言う通りだ、避暑地としてはあまりにも遠い場所だ。
(なんだかドラキュラでも出そう……)
のんきにそんなことを考えながら、姉を部屋においたまま散策する。すると、ションちゃんが小さくこじんまりとした庭にいるのが見えた。
「エリザベスさん、今日は着いたばかりで疲れたでしょう……ゆっくりと休んでいてください。」
「いや、大丈夫。こういうのは初めてじゃないし、私はお姉様と違ってナクガア王国とか遠くに行ったこともあるから」
それもそうですねと言いながら、ションちゃんは花に水をあげている。
庭には薔薇や百合など大きく華やかな花はなく小さく儚い花が植えられていた、なんでもショーンの父ヘンドリックの趣味で植えられたものらしい。
「意外ね、庭いじりなんて貴族の夫人でも滅多にしている人なんていないわよ?」
「自分でも意外です、小さい頃はこういう手伝いとか嫌いでしたから……今思えばもう少しやっておけば良かった。」
剪定をしながら悲しそうに言う。
「なんかお爺さんみたいに見えてくるね、楽しみがお花とか盆栽とかそういうのだけなんてどんな生活なんだろう……」
「まだそんな先の話はしたくありませんね……」
____
その頃、屋敷の部屋の一室で休んでいた第3王女アンがどうしていたかというと……
「寝れない、やっぱり枕が変わるとダメね……。エリザベスはどっかに行ってしまうしあの侯爵は気が利かない、どうなってんのよ!」
ぶつくさと文句を言っていた、こうしているのも暇なので外に出てみるかと思い扉を開ける。
(これ絶対にオバケとか出そうよ……私、そういうのだけは無理なのよ!)
昼にも関わらず、王宮とは違い暗い城内にアンはぶるりと震えながら階段を降りた。
ガサガサ!
後ろから物音がする。
「ヒィ!……何よ、誰!」
振り向くが、誰もいない。
さっきの物音は一体なんだったんだろう………。
怖くなって私は急いで階段をかけ昇り、部屋に戻った。
____
夕方になり、夕食の時間になったのだが姉は降りてこない。
面倒だったが、部屋に呼びに行くと
「この屋敷絶対何かいるって!とにかく私は誰に何を言われようとここから出ないわ!」
だそうで、こうなったらテコでも動かないと思いあきらめた。
夕食はコース料理だった。
ナイフやらフォークやらがいくつも並ぶ。毎日王宮で同じような(素材もなにもかも王宮の方が最上級ではあるが)食事をいつもしているはずなのに何故か新鮮に思えた。
前菜、スープ、口直しのソルベ、メインディッシュ……
どれも素朴な味がした。
「それにしても、なんか食事の量が多いな……」
「久しぶりに坊っちゃん……いいえ旦那様が、それも客人を連れてお帰りになったので料理人が張り切りすぎましてな」
執事が嬉しそうに答える。
「明日からは、少なくしてくれ。」
確かに私はなんとか腹に詰め込んだが正直言って苦しい、お腹がポコンと出てたぬきの像みたいになっている。
「旦那様、良いワインが入りました。食後にいかがですか?」
「俺が昔、酒で失敗したのを忘れたんか?それは使用人の皆で飲めば良い。」
そのまま、プイッと食堂から不機嫌そうな顔をして出ていった。
いつもとは違う彼の雰囲気に私は戸惑いを隠せない、お酒で失敗……前世では未成年のまま死んだ私はお酒の味を知らない。だけれども酒が人を陽気な気持ちにする一方で人の人格を変え、周りの人間の人生を狂わせてしまうモノだということは一通り理解しているつもりだ。
哀しげな顔をする執事をおいて私も席を立つ。この感じからしてこの事は触れない方がいい話題なのだろう。
____3階の書斎にショーンはいた。
私は、ノックをして返事を待ってから部屋に入った。
「失礼しまーす、ねえションちゃんちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「この屋敷って、オバケとか出ないよね?」
お姉様のあの怯えようは酷いもので、ちゃんと屋敷の持ち主本人からいないと言う証言を引き出して気休め程度に姉に伝えようと思ったのだ。
「オバケ……私は見たこと無いのですが、使用人たちは父らしき人を見たとか誰もいないはずなのに人影や物音が聞こえるとか信憑性の無い噂を口々に言っていますねぇ」
「お姉様になんて言おうかしら、適当に言っておくか………」
「それでいいと思いますよ?」
書斎には、いろいろな本がある。歴史、軍事、領地、税収など見ただけでめまいがしそうな題名もあれば少し前に流行った恋愛小説や推理小説まで……
それらは本棚に入りきらず、山積みになってそこらじゅうに本の山が出来ている。絶対にいつか崩れる、地震とかきたら一発で悲惨な状況になるわと思った。
「それにしてもなんでこんなにいろんな種類の本が?いつかこの部屋が埋まってしまうわよ」
「片付けたいのですが、なかなかそんな時間がなくて」
ションちゃん曰く、歴代当主が集めた領内の記録+何代か前の本好きの当主に押し付けられた本達が集まりに集まってこのような状態らしい。
チリも積もればではなく本も積もれば山となるだった。
「うちは古紙回収業者でもなんでもないんですが………」
ションちゃんのトホホと言った呟きが部屋に広がった。




