七夕
7月、アベルの宰相内定などの事が起こったが普通の日々。
そんな7月の7日には織姫と彦星が年に1度だけ逢うことが許されている七夕がある。
「海の向こうの大陸じゃあこういう文化があるそうだぞ」
ヘンリーがそう言って笹を持って特別監査室にやって来て、短冊をくくりつけていた。
皆は願い事を書いて出ていったのか、今の特別監査室にはヘンリーしかいない。
「とにかく、書いてみたらどうだ?」
そう言ってやって来た私とマリアとシャルルの3人にも短冊を差し出した。
「願いと言っても……」
私の願いは、ここに書くことの出来ない願い、今までその他に願い事なんて考えたことも無かった。
私がどう書こうかと迷っていると、2人は書き終えたらしく短冊を笹のある方へと持っていっていた。
(これからも皆と一緒にいることができますように……
これでいいかしら?)
私も短冊をくくりつけるべく、笹のある方へと行くとそこには皆の願い事が書いてあったのだが、
《夫婦円満 ジューン=マブーク》
《髪が生えてきますように ヨハン=ガブリエール》
《猫とたわむれたい!あと、ガブリエール伯爵が髪の話題の時に僕を見てくるのはやめてほしい パレス=コノユライン》
《そろそろ隠居するのもいいかもしれませんね、いややっぱりもう少し仕事した方がいいかもしれません カール=ペンヨーク》
なんか、カール様のは願いというよりも自分で自己完結してるような……
「う~ん、ベスは普通だな……。ここの願い事は結構面白いのばっかりだけど、例えばジューンなんてこれ以上円満になってアイツどうするんだよ、本当に。」
「普通で悪かったわね!……そういえば、ヘンリーはなんて書いたの?」
ここにはまだアベル、ションちゃん、ヘンリーの3人トリオの短冊はまだ無かった。
ヘンリーの短冊をチラリと見ると
《やっぱりもう1度結婚したい ヘンリー》
こう書いてあった。
ヘンリーは奥さんに先立たれて現在独身である。
「結婚したい、案外マトモなこと書いてるじゃん」
感心しているとそこへ、あのトール=ドレリアンと男の子が部屋に入ってきた。
「どうも………」
もう1人の男の子が小さくそう言う。この子は一体誰だろうと思っていると、
「うわぁ……レオン、なんでここに!?」
「伯父さん、僕だって来たくて来た訳じゃないよ!お母様がうるさいから仕方なく来ただけだよ!」
2人はどちらも嫌そうな顔をしてやり取りをしている。レオン……まさか、攻略対象のレオン=バルベシュタイン?
顔は綺麗な子で少し気の強そうな顔つきだが、やっぱり私には魅力を感じられない。
(属性は確か女好き、歳は私よりも1つ下……。物語開始の中1で女好きはどうなのかしら?)
「ああ、紹介する。妹の息子のレオン=バルベシュタインだ。」
やっぱりレオンだった、でもどうしてトールと一緒に……。
「私は、室長に会いに来たんですが。いないみたいですね」
そう言い、帰ろうとしたトールをヘンリーは引き留めて、短冊を渡す。トールは短冊にサラサラと願い事を書いて出ていった。
《交通安全 トール=ドレリアン》
あのね、さっきから言おうと思ってたんだけどお守りじゃないんだからもっと詳しく書こうよ。
「俺も書けたぜ、どうだ!」
《モッテモテになりたい レオン》
こう書かれていた、というか字汚い。『モ』が『テ』に見えるからテッモテモって何!?って一瞬考えてしまった。
「お前さ、本当はお母様とケンカしたんだろ?アイツをあんまり困らせるな。元々そんなに丈夫じゃないんだから」
「俺も一緒に行ってやるからもうケンカすんなよ」
留守番頼むぞ!と威勢良く言って出ていく、この部屋には一応重要書類とかもたくさんあるのだが……私達じゃなくて悪人だったらどうするつもりなのかしら?そこら辺の事はちゃんとしておいた方がいいのだけれど………。
「……行っちゃった。2人はどんなこと書いたの?」
《学園内の平穏 マリア=ローザンヌ》
《カッコいい男になれますように シャルル》
まあ、まだまっとうな願いね。
「マリア、平穏は無理よ。あのヒロインちゃんが私と衝突しないなんてそんなことは多分無い」
「ヒロイン?誰なのそれは、とにかく学園だけですんだらいいけど。なんか嫌な予感がするのよね……。私は少し疲れたから帰るわ」
マリアが帰ったあと、シャルルまでこんなことを言う。
「王女、僕もそう思う。あの子は何かを求めているような気がする。」
2人して一体何を………。
彼女の目的がフェルナンドから学園トップに移っただけ、きっとそう、多分そう。
「帰りました、あれ?ヘンリーは……一体どこに」
「ションちゃん、今帰ったの?」
「ええ、まあいろいろと忙しくて。早いところはもう収穫期ですから、その記録とかで。」
「ベアドブーク公爵はちょっと出ていきました。」
シャルルが私の代わりにヘンリーの所在について答える。
「……なるほど、レオン君と。あの子は相変わらずいたずらだのなんだので周りを振り回しているんですか。
ヘンリーから愚痴をたくさん聞かされたのですが最近はそういうものが無かったので、落ち着いたのかと思ったのですがそうでもなかったみたいですね。」
「まあ、いろいろとあるのよ。それよりもションちゃんも短冊にお願い事書かない?」
机の上にあった赤い紙とペンを差し出した。
「願いですか……願いはありすぎて困ります。」
困ったような顔をして書いたのは
《レミゼがこの先も繁栄しますように ショーン=オンリバーン》
国の事を第1に考える彼らしい願いだった。
力強く少し角張った字が彼の真面目さを表しているようであった。
「ねえ、国の事もいいんだけどさもっと自分の事も書かなければいけないわ。
例えばヘンリーみたいに結婚したいとか、健康とか何か無いの!」
「ありませんよ、大丈夫です。跡継ぎの事ならそのうち養子でも迎えますから、エリザベスさんに心配されなくても大丈夫です。」
いつもとは違ってボソボソと元気がない様子で言う。
「そういう問題でもないんだけど……。もっと自分を大切にしないとそのうち体、いや心を壊すわよ。」
とりあえず、短冊を笹にくくってシャルルと共に出ていった。
「王女、最後の言葉は一体どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。
彼の場合、前の私と違ってものすごく心が弱い訳でも孤独に耐えられない訳でもない。
能力はとても高い、人が躊躇するようなことをやる覚悟もあるけど素直で繊細過ぎる、戦士でいうと攻撃と素早さはあるけど防御力がその2つに見あったものじゃないような感じかしら?」
「よく分からない、僕にはよく分からないよ」
「皆、分からないモノなのよ。きっとションちゃん自身も完全には分かっていない」
前世の私、愚かだった西村エリと彼は違う。彼はそんな滑稽な人物ではない、弱いのと繊細なのは違う。
私がそんなことを考えているとシャルルは眉間にシワを寄せて
「………王女の言うことは時々難しくて分からない。」
こう言った。
「まあ、皆とは生きた歳が違うからね。」
彼の言ったことに私は、そう答えた。




