チューリップ
無事、夏休みに入った。
ショーンとの約束の水曜日までは、あと4日ある。
私が悩んでいたのは、なにを贈るか。何か生活用品の方がいいだろうか、それとも何かお菓子の方がいいだろうか…
「………あの、王女様。ここは無難に何かお花を贈るというのはいかがでしょうか?オンリバーン侯爵はチューリップがお好きなことで有名ですし…」
マリッサが言う。
……花か、正直言って何かパッとしない。だけれども彼の好みが分からない今は好きだというチューリップを贈るしかない。
「分かったわ、チューリップね。ねえ、マリッサ……お母様のところへ行くわよ!支度をしなさい。」
王妃はエリザベスが自ら訪ねてきたことに驚いていた。
子供達が会いに来ることなんてほとんどない、家族全員が集まることは茶会や夜会などの催しものの時くらいで極めて希薄な家族だった。
特に末っ子のエリザベスは部屋が王宮の端の方だった事もあり、なおさら訪ねてくることは珍しいことだった。
「お母様!お願いがあります。お母様のチューリップをわけてください!」
王妃は開口一番にそう言われて、どう反応すればよいのか分からなかった。
「……どうして?あれは私が嫁入りの際祖国から持ってきた貴重なチューリップよ、それをどうして貴方にわけなければいけないの?」
王妃の祖国はチューリップの名産地として知られていて、この後宮の温室にはこの国にはないチューリップをはじめ珍しい花達が咲いている。
「ええと、その……ショ、あ、オンリバーン侯爵に贈りたいので、」
娘の口からいきなりオンリバーン侯爵の名前が出たことに訝しげな視線を送った
オンリバーン侯爵と言えば有能な宰相候補の1人、そして切れ長で高い鼻、整った顔立ちで女性人気も高い方と有名である。
「…オンリバーン侯爵にチューリップを?」
「はい、迷惑をかけてしまったのに今までお詫びも出来ずにいたので。侯爵はチューリップがお好きと聞いたので、ならば皆が手に入れることの出来ない特別なものを贈ろうと思ったので」
どうしたものか、王妃は頭を抱えた。
そして、ホッとため息をついたあと何かを決心したような顔をして
「分かった、じゃあ庭へ行きましょう。」
こう言った。
温室には、チューリップの他にも薔薇、百合、多くの花が咲いていて、甘い香りで蒸せ返りそうだった。
「……このピンク色のチューリップにしなさい。」
「いいのですか?」
エリザベスはダメと言われると思っていたので少し驚いた、。この温室の花一輪たりとも持ち出してはいけないと王妃は常日頃から言っていたから。
「ええ、今回だけよ。確か、約束は水曜日だとか…水曜日にもう一度ここに来なさい。」
「ありがとうございます!」
エリザベスは鼻歌を歌いながら自室へと戻っていった。