春がはじまる
私の前世を聞いてからシス王女は気の毒そうに私を見る。
そんなことなら話さなければよかったと今更ながら後悔するもののもう遅い。
遅いと言えば、この頃は官僚達の遅刻が問題となっているらしい。この間もローザンヌ公爵が5分程遅刻した事が大騒ぎされた。
(そんなに騒ぐことなのかなあ)
と、私は思うのだが周囲は反対の反応だ。
「あら、シャルルは何を見ているの?」
シャルルは、新聞ですと答えた。
どうも聞くところによると、新聞は国の発行している『中央公報』しか認められていないはずで“無許可新聞”は取り締まりが行われているはずなのだが王宮内ではこのように回し読みされて取り締まりなど真剣には行われていないそうだ。
「王女、これ……」
シャルルは私にその新聞を差し出してきて、ある記事の部分を指さした。
《600年4月10日付・レミゼ新聞
独身貴族にまさかのお相手!?
今年で43歳になるオンリバーン侯爵に春がやってきたようだ。
お相手は社交界の3華の1人、クロエ=ガルティエ侯爵未亡人。クロエ夫人は少し前にローザンヌ公とも噂になった美貌のお方である。
__(略)
2人の恋に注目したい。》
大ニュースだ!!!
私の心はなんとも言えない気持ちになる、もしかするとあの建国記念式典の時につけていた柑橘系の香水も彼女が選んだのではないかという考えまで頭の中に浮かんでくる。
「これで、オンリバーン侯爵家の世継ぎ問題もなんとかなるかもね!」
「ええ、そうね。」
シャルルはやっぱりシャルルだ。
無神経な事を言う、世継ぎ問題が解決と言うことは……想像もしたくない、だけれどもションちゃんの幸せを考えれば私が口を出すべき事ではない。
「王女……顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」
「気のせいよ、私は大丈夫。
ションちゃんにも春が来たのね……何かお祝いに贈るべきかしら?」
私はシャルルを連れて、特別監査室の方へと向かった。
新年度になり、特別監査室も忙しいみたいだった。今年は7月に宰相選挙も控えていて尚更忙しい。
「ションちゃん、これ本当なの?」
私はすぐに確認をした。
「ん、いいえ?ガルティエ侯爵未亡人とはそういう関係では……」
「そうなの?」
「夜会で少し話しましたが、別にそういう関係ではありません」
ションちゃんはそう言う。
「ええ?でもぉ、随分と親しげに話してましたよねえ?」
「パレスくんまでそんなことを……。
彼女が私と結ばれるなんてありませんからね!どうやら彼女はカサンドラ伯爵とそういう仲になっているらしいですし」
割と爆弾発言をしたションちゃん、カサンドラ伯爵は奥方を亡くされて今は独身であるものの浮わついた噂1つない方だからだ。
「カサンドラ伯爵、これはまた“3華”の家族じゃないか……。」
「なんかなあ、お似合いなのかな?あの2人は」
微妙な反応ではあるものの後日、新聞では
《600年4月29日付・レミゼ新聞
ガルティエ侯爵未亡人、カサンドラ伯と結婚!
先日、ガルティエ侯爵未亡人とショーン=オンリバーン侯爵の恋を報じたが、なんとガルティエ夫人のお相手はカサンドラ伯爵だった!
__(略)
ということは、オンリバーン侯爵は恋のキューピットだったのではないか?》
このように報じられていた。
これに対して、ションちゃんは
「恋のキューピット?私が、ですか!?
いいえ、そんな事実はありませんからね。事実無根です!
大体新聞は取り締まらなければいけないでしょう!こんなに回し読みしてる暇があったら取り締まってくださいよ」
と新聞に書かれていたことを否定した。
ともかく、こんな感じで5年目の春が来た。
この年は、そんなに話すことはない。私の周りでは、大きな出来事は起こらなかったように思う。
こうして今になってみると、『平和の影で“悪”が育まれる』と言ういつだかションちゃんが言っていた言葉がよく分かる。
この年は、いろんな意味で転換点だった。




