悪夢、それはこの国の未来?
建国記念の式典に参加するために来訪してきたイチヤ王子、私は今彼と紅茶を味わいながら気まずい時間を過ごしている。
「本当にすまないね、これまでまともに話すことすらできなくて」
「いいえ、イチヤ王子もお忙しいのでしょう?別に気にしていませんわ」
“忙しかった”……姉とやることやっていたのでしょうと言う言葉を飲みこみ、私はホホホと笑いながら表向き和やかにお茶会は進んでいく。
本当にツラい、胃がキリキリとする。
「本当にごめん……。
この国、どんどんと変な方に進んで行ってる。この国は一体何処に行くんだろう、元からおかしかったけどね」
「なにかを感じたのですか?
イチヤ王子、この国はここら辺が転換点かもしれませんね」
なんとなく思ったことを口にしたのだが、
「そうだね、君の言う通りだよ。
もう隠さないでおくけど、この国は腐りすぎてる。人が腐りすぎてるから国もオーラもどんどんと澱んでくる、だけれどもそれを止められる可能性を持つ人材をこの国の先人達は最後の足掻きで残したんだろうね。
善と悪どちらが勝つかにかかってる、それだけだよ僕に言えるのは」
「イチヤ王子に賛成されるとは……。」
私は純粋に驚いた。
この国に一体どんな災厄が待っているのだろうか、“考えたくない未来”は“見て見ぬふりをして放置した現在”があるからやって来ると言う誰かの言葉を思い出した。
「この国は、平和を唱えていればそれが保障されるなんて言う変な考えを持つ者が多い。変えるべき所は変えなければいけないのに」
イチヤ王子はションちゃんと似たような事を言う。私には政治・経済などの難しいことは分からないがなんとなくそうなんだろうなくらいにぼんやりと思った。
「イチヤ王子、もしもこの国が滅んだらどうするんですか?」
「ん?……ああ、君の事をどうするかって事?この調子じゃ後何十年かは持つだろうから大丈夫。君が心配することは無い」
目線をややそらして言うイチヤ王子は本当にあの姉と密通していた彼と同じ人間なのだろうか?
私はなにか釈然としないと思った。
(見間違い、だった?いや、だけどあれは……)
「君は何も心配しなくて良い、絶対に幸せになれる。僕も、君も。」
なにかに耐えるような眼でイチヤ王子は真っ直ぐとエリザベスを見た。
「では、お先に失礼しますわ。」
私は席を立ち、その場から離れた。少し歩いたところで後ろを振り返ると姉のアン王女がイチヤ王子に駆け寄る姿が目に入った。
ああ、やっぱりあれは見間違いではなかったのかと少し残念に思いながらエリザベスはまた前を見て歩いていった。
エリザベスの姿を見送ったイチヤ王子は
「ごめん、ごめんね。
もう気づくのが遅すぎたんだよ。だけど、負けるとまだ決まった訳じゃない。」
懺悔するような言葉を苦しげに言ったが、すぐにその顔はいつもの儚いものに戻った。
___
その日の夜、イチヤ王子はこんな夢を見た。
『頑張ろうな、俺達がこの国を良くしていこうじゃないか!俺はこの国の力はこんなもんじゃない、眠れる獅子のように目覚めたら繁栄するはずなんだ』
『ええ、この国はまだまだ捨てたもんじゃない。そう皆に感じさせられるように頑張っていきましょう』
霧のようなものが視界にかかっていて具体的な場所は分からないが、声はベアドブーク公爵と婚約者の想い人のオンリバーン侯爵のモノだった。
2人の声は希望に満ちていた。
(もしかして、予知夢?)
イチヤ王子には、オーラを見る力の他に予知夢のようなものを見る力もあった。
だが、具体的になにか起こるような思わせ振りな夢を見るのだが何が起こるのかはその時になってみないと分からない、役に立たない力なのだ。
そう考えているうちに場面はさっきと変わったものとなった。
書斎のような部屋で2人はさっきとは違い、暗い顔をしていた。
『ヘンリー、私は生まれ変わったつもりで頑張ったけれど少し遅かったみたいだ。けれどもやり残したことがまだあるから諦める訳にはいかない』
苦しそうな顔をしたオンリバーン侯爵、
『ああ、まだ俺らは諦める訳にはいかない。レミゼが危ないから、諦める訳には……』
状況によっては綺麗事のように聞こえるその言葉を言うベアドブーク公爵の顔も暗い。
普段の豪快というか陽気な雰囲気はすっかり無くなっている。
『2人とも、今更悲観したところでなんになるんです。これが運命だったと受け入れましょう』
ドアを開けてアベル=ライオンハート侯爵が入ってきた。
そう言う彼の顔が1番悲観的だった。
『俺は悲観していない、俺はまだレミゼの力を信じている。』
人生に疲れているような絶望したような雰囲気だったが眼はまだ光を失ってはいなかった。
『2人とも聞いてくれませんか、私は今になって父の気持ちが分かった気がします。
私が官僚になったのは、父にはやり残した仕事があるのだろうと思ったからです。私もそれをやり遂げることが出来ない、それがこんなにも無念な事だったとは。』
『『ションちゃん………』』
『大丈夫です、私は2人を信じています。私はもう祈ることしか出来ない、だが2人はまだ終わっていない。』
最後まで道を貫き通す、おそらくはそうしたのだろう。
良くないことが起きた、考えたくない未来がやって来たのだろうか。
今度はまた真っ暗な靄のかかった空間だった。
『俺はもう許せない、自分も皆も……。』
静かに、怒りに囚われているベアドブーク公爵を必死にライオンハート侯爵は引き留めようとしている。
『ヘンリー、考え直してはくれないか?あんなにも君は__』
『アベル、人には限度ってものがある。
この状況を見ろよ、この国はもう終わりだ。終わってなきゃあんなにも酷いことが出来るはずがねえ……。
俺は考え抜いた末に決めたことだ、止めるな!』
そのままアベルを払いのけてヘンリーは行ってしまった。
『ヘンリー、私だって分かっていますよ……。』
アベルはその場に祈るようにして泣き崩れた。
そのまま視界は暗くなり意識は現実へと浮上した。
「はぁ…はぁ……」
汗でびっちょりと服がしっとりと濡れている。
(あんな話をしたからか?悪い方の予知をしてしまった?)
予知夢はあくまでこの先起こりうる可能性の高いものを夢として見せてくれるだけのものだ。
(絶対にそうなると限らない、この国がどうなろうとも彼女だけは守る)
イチヤ王子は胸に手を当てて目を閉じた




