男達の建国600年記念式典~in王宮~
建国600年記念式典は近年まれにみる豪華さで行われている。
ヘンリーは深緑の礼服に身を包み、中立派の貴族達と談笑していた。
(こんなので本当に良いのか?)
近年は不作が続いており、そんなときにこのような式典はいかがなものかと疑問に思いながらも話を続けた。
「やあ、ヘンリー!とても似合っているじゃないか」
グラスを持ったアベルがこちらの方へとやって来た。言葉とは裏腹にその顔は心なしか曇っていた。
「お前、なんだその顔は。祝い事の時くらい明るい顔をしろよ」
ヘンリーはそう軽口を叩くがアベルの気持ちはよく分かった。
アベルの悩みの種は潰れかけのメイデン子爵家に手を差し伸べた前バードミル公爵の件だろう。
「どうも、ベアドブーク公爵にライオンハート侯爵。」
噂をしていたらその本人がやって来たようだ。
真っ黒な礼服に身を包み、威圧感を漂わせる彼はニコリと笑って話しかけてきた。
「こりゃどうも……。マルクーガッキ公爵も珍しく参加してるみたいだぜ、そっちはもう挨拶したのか?」
「ふう、あんな使えない病弱な公爵に挨拶なんてするわけ無いでしょう……。」
彼の選民意識は常に高い。
我々より後に分家したローザンヌ家とマルクーガッキ家の2家を“公爵”と認めていない、特にマルクーガッキ公爵を一方的に馬鹿にしている。
「使えない、それならメイデン子爵家の方がよっぽど使えねえ気がするけどな。」
「まあ、今はそうかもしれません………。後に分かることですよ、では他にも挨拶しなければいけない方々がいますので」
ニヤリと意味深な言葉を言った後、彼は行ってしまった。
「あの言葉、どういう意味なんだろうな……」
「さあ………?」
嫌な予感がした、得たいのしれないなにかに心をぎゅっと掴まれるような感覚にとらわれた。
____
ジューン=マブークは妻と共に式典に参加していた、子供たちはまだ参加できる年齢ではないので家で留守番をしている。
「君も友人達と久しぶりに会うのだろう?話したいこともあるだろう、そちらに行ってきなさい」
「はい……お言葉に甘えてそうします」
妻は旧友達の方へと行った。さて、どうしようかと思っていると少し先の庭にカール=ペンヨーク伯爵の姿を発見したのでそちらの方へ駆け寄った。
「どうも、ペンヨーク伯爵。」
「どうも…。」
………会話が続かない、彼に声をかけたのは間違いだった。そう思っていると
「貴方ね、いい加減認めたらどうですか!自分がハゲだって」
「私はハゲではありません!」
ケンカしている声だ。声の主はコノユライン子爵とガブリエール伯爵、まだこの2人はその事でケンカしていたのですか…。
もうその議論はいいだろう。
やれやれと思い、広間に戻ると夜になったことを合図するダンスが始まっていた。
貴族たちは円を描くように手と手を取り合い踊っていた。
「さてと、私も妻と踊るか」
ジューンは愛しい妻の姿を探しに行った。
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アベルと別れたヘンリーはどうやってこの状況から切り抜けようかと思案していた。
元々口は悪いが顔は悪くないヘンリーはモテた。さらに、公爵という肩書きにつられて寄ってくる女は多かった。
「……ああ、ちょっと用事を思い出した!すまねえな、今日はもう帰るよ」
仕方なく用事を思い出した事にしてその場を切りぬけた。
「はぁ……取り敢えず特別監査室にでも行くか」
確か着替えもあるはずだし、昔は女と遊んで家に帰らなかったことだってある。別に今日1日くらい帰らなかったところでそんなに不思議には思われないだろう。
家に帰るよりもこっちにいた方が楽だというそんな単純な考えから向かうことにした。
「ん?灯りがついてる」
1番端の部屋にぼんやりと灯りが照っているのが見えた。
ジューンはデレデレしながら奥方と踊っていたし、ペンヨーク伯爵はパレスとガブリエール伯爵のケンカを止めていたし……
(アベルならさっき深刻そうな顔をしてフェルナンドと帰っていたから……ションちゃんか?)
2階へと階段を昇り、扉を開けると
「ションちゃん……何やってんだ、お前まさか!」
ベッドに寝かされたエリザベス、そしてそのベッドに浅く腰かけるショーンの姿があった。
「まさかって何ですか!別に何も」
「じゃあなんでベッドから離れねえんだ?」
「それは………彼女の事が心配になっただけです。」
いつものションちゃんからは考えられない小さな声だった。
「はぁ?……ああ、あの子爵令嬢の事でか?」
子爵令嬢とはジョアンナ=メイデン。この2人は知らないがこの世界の中心たるヒロインでもある。
「それだけじゃありませんよ、彼女は私達には分からないようななにかを抱えている気がするんです」
「ションちゃん、それはベスが解決すべき問題だ。俺らが心配したり口を挟むもんじゃない。」
ションちゃんは1つの事に凝り始めるとのめり込む癖がある、それ自体は悪いことじゃない。
だが、あたかも義務であるかのようにその物事に力を入れてしまう彼の悪い癖だった。
「ションちゃん、お前はいろいろと抱え込みすぎてんだよ!ベスの事はベスに背負ってもらうべきだよ。」
「そうですよね、ヘンリーの言う通りです。」
「随分と素直じゃねえか、本当に変わったな」
ションちゃんは変わった、前の彼だったらなにがなんでも突き通す。これはベスの影響じゃないかと少し思った。
「うぅん、………はぁ、はぁ……」
突然不意に、寝ていたエリザベスが小さなうめき声をあげた。
エリザベスは眠ったまま顔を歪めて、うなされていた。
「……ぁ、ヘンリー?」
起きた彼女は、顔面蒼白で汗が身体中から吹き出していた。
「おい、大丈夫か__ッ!」
ヘンリーは心配して駆け寄ろうとしたが、呆気に取られてこの光景を呆然と見ることしかできなかった。
エリザベスは切羽詰まった様子でションちゃんを抱きしめた。
ションちゃんは唐突な激しい抱擁に戸惑っていた。
「わっ………!エリザベスさん!?あの、その、人目が………!」
いくらここが密室で一応カーテンで仕切っているとはいえ人はどこで見ているか分かったものじゃない。慌ててそう言うが、ショーンは気づいた。
エリザベスは泣いていた。ショーンをきつく抱きしめて、声を殺して泣いていた。
「あの、エリザベスさん……?」
「ごめんね、だけど……今だけは、こうさせて!」
絞り出すように言った声にヘンリーは何も言えずその場でこの光景を見ていることしか出来なかった。
2人はしばらくそうしていただろう、それが何秒だったのか何分だったのかは分からないがとても長い間そうしていた。
そうしているうちに夜も明けてきた。
「ヘンリー、帰るから馬車借りても良い?」
「いいよ、王妃様に怒られねえうちに帰れ」
エリザベスがそう言って帰っていった。
その姿をショーンは2階から心配そうに見つめていた。




